第百十八話 バラレックさんちの実情。
「――何やら騒がしいと思ったら、陛下、いえ、ウェル殿じゃないですか」
奥にあるドアから顔を出したのは、声の主のバラレックさん。
「あ、どうも」
「どうぞどうぞ、お待ちしておりました」
「どうぞぉ」
マルテさんまで、バラレックさんの真似するんだ。
「あ、はい。あ、あの、マルテさん」
「なんでしょぉ?」
「あとで、魔法のこと聞いても」
「いいですよぉ。マルテは今日もぉ、お仕事がありませんからねぇ。逃げませんからぁ、まずは長さんとのお話をどうぞぉ」
ひらひらと手を振って、笑顔でそう言う。
逃げないって、なんとまぁ。
俺のことを子供みたいに扱うんだよね。
あ、もしかしたら、魔族だし、俺よりも年上なんだろうか?
「マルテさん、引き続き頼むね」
「了解ですよぉ」
彼女に見送られて、俺は奥の部屋へ入っていく。
部屋というより通路になっていて、奥には上の階へ繋がる階段があった。
二階、三階と上がっていく。
一階、店舗の敷地はそれなりだったけれど、搬入口兼倉庫は大きかった。
そんな広さの上にあることを考えると、部屋数もかなりあるんだろうね。
三階に上がると、一番奥かと思ったら、一番手前の部屋にあるドアに手をかけようとしていた。
一番奥は何かと聞くと、苦笑しながら言うんだ。
「奥はほら、姉様が来たときに利用するんです」
「あぁ、なるほどね」
俺が母さんに頭が上がらないように、バラレックさんも同じなんだなと思っちゃった。
「私の私室はこっちに」
一番近いドアが開くと、手前の部屋は俺の工房私室みたいな感じ。
机が二つくらいあって、奥側には低いテーブルと、ゆったりと低めの椅子が四つ。
そのまた奥には、もうひとつドアが見える。
ここは、いわゆる会長室。
バラレックさんの私室であり、彼がお客さんを迎える部屋は別にあるってきいてる。
ここは部屋が二つ繋がってるんだ。
手前は執務室、奥が私室になってるっぽいね。
食事をしたり仮眠をしたりは、奥を使うんだろう。
「まだ夜じゃないですから、お茶でよろしいですかな?」
「あぁ、そうしてもらえると助かるかも。デリラちゃんと一緒だし」
テーブルの上にある、円錐状の金属でできた何かを持ち上げると、バラレックさんはそれを振る。
すると、『チリリン』と音を立てる。
ドアがノックされ、『失礼いたします』という声と一緒に、女性が入ってきた。
「お茶を二人分、お願いできるかな?」
「はい。かしこまりました」
深々とお辞儀をして女性は出て行く。
おそらくは、この商会の従業員なんだろううね。
商人とは別に、現地で複数人雇用するって聞いてたから。
「さて、お茶が来る前に軽くご報告を」
「はい」
「まずは、アレイラさん。かなり助かっています。何も教える必要がないので、販売とお客様の相手は任せておいても何の不満もありません」
「それはよかった」
「お客様の要望に対して、より良いものを提案できる力。これは彼女がまだ若いとはいえ、経験として培ってきたものだと思うんです。実に立派でした」
「本人を褒めてあげてください。きっと喜びますよ」
「えぇ、そうさせていただいております」
お茶が来て、温かいうちにいただくことにする。
うん、ナタリアさんがお茶、好きだからこれも飲んだことある感じ。
美味しいと思うよ。
「それとですね、クァーラさん。彼女とはとても素敵な出会いだったとしか申せません」
「といいますと?」
「彼女には今、我々の商隊へ、物資の補給と物品の回収、連絡の一手を引き受けてもらえているんです」
「ほほー」
「彼女の積載能力は、私らの馬車半分に該当します。その状態で、馬車を追いかけて、あっという間に戻ることが可能。彼女がいることで、交易が別物に進化してしまったかのようです」
確か、魔獣よけの魔術具を使ってるって聞いたけれど。
「クアーラさんから伺ったのですが、進んで魔獣退治を行ったことはありません。ですが、もし敵わない魔獣がでたとしても、上空からのやりようによっては、退けることも容易いと聞きます」
なるほどね。
あの爪を使った近接戦闘ではなく、遙か上空から何かを落とす方法もあるって聞いたっけ。
それだけでも、かなりの威力になるって言ってたな。
「以前にも増して、安全に交易を行うことができると、我々商会員も喜んでおりました。本来は私が直接出ていくところだったのですが、こうして新しい仕事もすることができており、本当に助かっているんですね」
なるほどね。
確かに、こう、バラレックさんがこの国に滞在していられる機会が増えたのは、クァーラさんが入った後からだもんね。
「あ、そうそう、ところでさ」
「はい、なんでしょう?」
「バラレックさんのところにはさ、マルテさんのような魔族の皆さんはどれくらいいるんでしょ?」
「あぁ、その件ですね。ウェルさんに隠しても仕方がないので、正直に申しますが。我が商会には、現在稼動している馬車が八台ありまして、二台一組で活動、キャラバンが四つあることになります」
「うんうん」
「商隊ひとつににつき一人、魔族の方が同行する形になっています。人より力が強く、人とは少し違う力を持っているのも特徴、このあたりはご存じですよね?」
「うん」
「その上、クァーラさんが新しく加入。そこにマルテさんを入れると、六人になるでしょうか?」
「なるほどね。それってやはり?」
「はい。私が魔族領へ伺った際、私の商売に共感いただいた方に話を聞いてもらい、直に採用させていただいたということになります」
ふむふむ、変わった耳や、変わった尻尾を持つ人もいるんだってさ。
こんな感じで、魔族さんや商人さんの話をあれこれ聞いたんだ。
「そういやさ」
「なんでしょう?」
「マルテさんが言ってただけど、『ちょうほう』ってどんな仕事なんです?」
「あ、……あぁ、口を滑らせてしまったのですね。本当は秘密なんですが、ここだけの話にしてくれたら助かります」
「あぁ。他言はしないよ」
「諜報とはその言葉どおり、様々な場所へ秘密裏に潜入して、情報収集などの活動を行う仕事になります」
「……と、いいますと?」
「そうですね。最近では、ウェルさんがクレンラードを出られた後、あなたの汚名を晴らすべく、あらゆる情報を得るよう、姉様から指示がありました。その際、あちらへマルテさんに潜っていただいたのです」
「あ、なるほど。周りに同化できるって、あの話」
「えぇ。彼女は同族でもかなり上位に位置する、同化の力を持つと聞いています。実際、本気で彼女に隠れられたら、私たちでは探すことは難しいでしょうね」
「ほー」
「姉様にけん制してもらった状態で、王家へ潜入。そこで手に入れた情報を、姉様へ。それが私に課された仕事のひとつでございました」
「そりゃすげぇわ。それであれだけの情報を持ってたってことなんだね?」
鬼人族の集落で彼から聞いた話。
あれはマルテさんが集めてた情報だったんだね。
「えぇ。彼女には、危ない橋を渡っていただいたので、今はこうして有事に備えてもらっている、ということなりますね」
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「――ウェルさんのお作りいただいた宝飾品は、うちの商会でも人気商品となっています。いくらでも仕入れさせていただいてかまいません」
「そうなんだ。作ってる俺も、やりがいがあるってもんだね」
そんな話をしつつ、できあがってた腕輪なんかを納品して、週末に少し飲む約束をして、俺はバラレックさんの私室を出てきたんだ。
階段を降りて、マルテさんのいる受付に戻ってきたんだけど、ありゃりゃ?
アレイラさんと一緒にいたはずのデリラちゃんが、マルテさんの膝の上にちゃっかり座ってるし。
「あ、ぱぱ。デリラちゃんね、マルテちゃん、大好きなのっ」
「姫様にそう言っていただけるとぉ、とても嬉しいですのよぉ」
最近人見知りの傾向が薄れてきてるデリラちゃん。
もしかしたら、持ち前の『遠感知』がそうさせてるのかもしれないね。
ぱぱとしては、とても嬉しい限りなんだ。
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