第百十六話 バラレック商会の皆さん その1
「若様、姫様、いってらっしゃいまセ」
オルティアが見送ってくれる。
もはやこの光景は、珍しくないんだ。
俺が外出するときは、絶対にそこにいるんだよ。
前にルオーラさんも同じようなことをやってたけどさ、あれってもしかして、『エリオットさんの真似をしてたりしないか?』って思うくらいなんだ。
多分、執事には執事なりの何かがあるんだろう。
俺はそう思って、あのとき考えるのをやめたんだよね。
そんなこんなで、同じ事が起きてる。
だから考えるのをやめようと思ったんだ。
まぁ、今のルオーラさんは執事といいながら、城の中だけじゃなくクレイテンベルグの国全体を見て回ってるらしいんだ。
『これも執事の仕事です』って言ってたっけ。
もしかして、エリオットさんは、領都で同じことをやってたんじゃないの?
そう勘ぐってしまうのも、やめておこうと思ったんだ。
考えたってしょうがないからね。
「うんっ、いってくるねっ」
「あぁ、いってくるよ」
前はこっそり出かけたもんだけどさ。
今はこう、ちょっとした外出でも、見送られるようになった。
オルティアの手首には、デリラちゃんとおそろいの、俺が作った魔石製の腕輪がある。
聞いた話では、ナタリアさんやデリラちゃんとまではいかないけれど、それなりに使いこなせているってさ。
この地は、グリフォン族の里のように、マナが多いわけじゃない。
けれど俺とナタリアさんは、人より多いマナを持ってるし、回復も早いほうだ。
俺はマナを使い切れないときに、身体の調子が悪くなることはないんだけど、ナタリアさんはそういうのがあるみたいだから。
オルティアにマナをあげないときは、ナタリアさんの余ったマナはエルシーがもらってくれるらしい。
だからこっちでも、エルシーは人の姿で安心して過ごせていると、教えてもらったよ。
城からそれほど離れた場所へ行くわけじゃないから、エルシーはお城でお留守番。
時間になったら、いつものとおり、鬼人の勇者さんたちの指導に行くんだろうね。
その辺はもう、エルシーに任せっきり。
だから俺は、装飾品に打ち込めるってわけなんだよね。
「ぱーぱーとーおでかけー」
俺の手を握って、俺のとなりを歩くデリラちゃん。
前は俺の頭の裏が、デリラちゃんのお気に入りの場所だったけれど、強力を覚えてからか、自分で走り回るようになっちゃって、歩くのが楽しいらしいんだよね。
ほんと、お姉さんになったなぁ。
ぱぱは嬉しいよ。
デリラちゃんは、領都に初めて行ったとき、母さんとナタリアさん、三人で買い物に出かけたんだ。
きっと、そこにいる皆さんが温かく迎えてくれたのがわかったんだろうね。
あのあと、六歳の誕生日を境に、デリラちゃんの人見知りは徐々にだけど、緩みつつあると思う。
城外へひとりで出歩くことはまだないみたいだけど、俺やナタリアさん、母さんたちとこうして出かけることは多くなったよね。
城の中を縦横無尽に走り回るデリラちゃんだ。
そのうち、城だけでは狭くなっちゃうはず。
ひとりで外へ遊びに出るのも、近い将来ありえるんだろう。
まぁ、お姫様だから、本当は駄目なんだけどね。
城の裏手から出て、表通りに出ようとした瞬間、すぐに道行く皆さんに見つかる。
デリラちゃんを連れてる俺は珍しい。
それどころか、デリラちゃんがこうして外を歩くこと自体が珍しいんだ。
でも皆さんは、声を上げたいところをぐっと堪えて、ただ笑顔で手を振ってくれる。
そうなんだよ。
俺たちがお願いしたわけじゃないんだけど、城下の皆さんは暗黙の了解を守ってくれている。
俺が一人のときは、直接声を掛けてくれるけど、ナタリアさんと二人きりのときは、遠くから見守る感じ、いわゆる『見ないふり』をしてくれる。
今みたいにどうしても、無理に見ないふりが間に合わないときは、無理をすることなく、手を振ってくれるだけにとどめてくれるんだ。
今日みたいに、デリラちゃんと二人だったりしてもね、同じように手を振るだけに留めてくれる。
皆さんね、デリラちゃんが人見知りをしてたこと、知っていてくれるんだよ。
だから無理に、声を掛けようとしたりしない。
鬼人族の皆さんだけじゃなくさ、ここには元々領都に住む人たちも遊びに来ている。
彼らは父さんと母さんが守ってきた、領都に住む人たち。
俺がほら、クレンラード王国でえらい目にあってたときも、俺を信じて疑わなかったと聞いてる。
本当に、心優しい人たちだと思うんだ。
裏手から表通りへ出てくると、領都へ向かう街道が始まる十字路の角。
一等地とも言えるその場所にある、石造りで三階建の建物。
鬼人だけじゃなく、領都の人たちもひっきりなしに出入りするのが見えるそのお店。
俺の良き理解者のひとり、バラレックさんの『バラレック商会』。
俺は今日、装飾品の簡単な打ち合わせに来てるわけなんだ。
本来は一応、お客さんではないから、正面の入り口からは入らない。
商会の建物裏にある、搬入口からと言うわけ。
ただ今日は、デリラちゃんと一緒だから、お店でお菓子などを物色するためにもお邪魔するよと、伝えてもらってある。
「ぱーぱ、デリラちゃんね、あまいのがほしいのねっ」
集落にいるときから、デリラちゃんは甘いものに目がない。
わかってるよ、買っても全部は食べないからって、デリラちゃんの目もそう言ってる。
「はいはい。どれにしようかね?」
すると、
「あら? 族長さん、じゃなくて、へい──じゃなくて、ウェルさんじゃないですか」
「あ、アレイラおねーちゃん」
俺の手を離して、アレイラさんに駆け寄ってひしっと抱きつくデリラちゃん。
あ、ちょっと寂しいかも。
「うはぁ……、これですよこれ。最近こうして、なついてくれて、あ、姫様なのに。いけないことなのに──」
雑貨屋の娘、アレイラさん。
姫様って、あなた、心の声だだ漏れでしょうに。
お客さんとして来てる皆さんも、生暖かい眼差しで見守ってるし。
なぜ彼女がバラレック商会にいるかというと、別に遊びにきているわけじゃないんだ。
彼女の家は元々、鬼人族の集落にあった雑貨屋さん。
ただ、この国にバラレック商会の拠点ができるとなって、不公平があってはいけないからと、バラレックさん本人からの提案があってね。
彼女の家のお店が、この一階の入り口近くに置かれることになったんだ。
なんだかんだで、アレイラさんは、バラレック商会の看板娘にもなっていたりする。
だからこうして、いてもおかしくはないってことなんだよね。
「アレイラおねーちゃん、あまいの、あまいのっ」
「はいはい。どれがいいかな? ほら、こんなに沢山あるんだからっ」
「うわぁ……」
看板娘として仕事をしている彼女の腰帯には、二振りの小太刀が差し込まれている。
いつのときも、対処できるように、魔剣を持ち歩いてる勇者の一人でもあるんだよね。
あ、そうだ。
彼女が一緒なら大丈夫だろうから。
「アレイラさん」
「どうしま──あ、はい。なんでしょう?」
デリラちゃんを抱き上げて、俺に振り向く。
ほんと、人見知りが緩くなってよかったよ。
「あのさ、俺、奥に用事があるから、デリラちゃんをお願いしても、いいかな?」
「はいっ、お任せ下さい。この命に換えても、お守り致しますので」
「だいじょぶよ、ぱぱ」
いや、そこまで気張らなくてもいいから。
デリラちゃんも『だいじょぶ』って言ってるからね。
デリラちゃんの『だいじょぶ』は当たるから、本当に大丈夫なんだよ。
「デリラちゃんがいいなら、お願いするよ」
「はいっ、任されましたっ」
だから、腰の魔剣に手をやらなくてもいいからね。
こうしてみると、アレイラさん以外にも、女性の店員さんが数人いるんだね。
お客さんも多いから、彼女一人で回すのは無理なんだろうから。
店舗部分を抜け、細い通路があって、裏の搬入路に繋がってる。
建物の外へ出ると、その場所は天井がないから日が差してくる。
明るいはずの場所に、少し日差しを遮るようになったと思ったら。
『あ、ウェル陛下』
俺の真上あたりから、俺を呼ぶ、女性の声があったんだ。
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