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第百十二話 オルティアとデリラちゃん その1

「――ぱーぱ、ぱーぱ、おきて」


 ん?

 デリラちゃんが俺を呼んでる。

 あぁ、そういや俺、帰ってきてたんだっけ。


 ばちっと目を開ける。

 うん、よく眠れたみたいだ。

 身体を起こして左右を見る。

 やっぱり寝ていたのは俺だけだね。


「はいよ。起きたよ」

「ごはんできてるよー」

「うん、ありがとう」


 ぱたぱたと、デリラちゃんの足音が遠ざかっていく。

 ひとつ背伸びをして、ごそごそと起きる。

 さくっと着替えた後、顔を洗うために風呂へ。

 集落にいたときは、屋敷の裏庭だったんだけど、こっちでは風呂場の脱衣所にある洗面台で顔を洗うんだ。

 これはさ、領都にある父さんの城にはない設備なんだよ。


 あると便利だからと、ナタリアさんの希望で簡単なものを作ったんだ。

 でもって、俺が最近、魔石制御の応用で、マナを使って作り直した。

 表面がつるつる、水も吸い込まない、粉っぽくならない。

 排水も、風呂場へ直通、便利に作ったと思うんだよね。

 実は、ナタリアさんが絶賛してたんだ。


 居間兼食堂にやってくる。

 おや?

 珍しいね、朝から父さんと母さん。

 あ、そっか。

 最近はふたりとも、こっちで生活することが多いもんね。


「ぱーぱ、こっちこっち」

「はいはい。あ、父さん、母さん、おはよう」

「おはよう、ウェルちゃん」

「おはよう、ウェル君」

『ゆっくりね、ウェル』


 仕方ないでしょうに、久しぶりに柔らかい布団で寝てたんだからさ。


『わかってるわよ』


 デリラちゃんの横に座る前に気づいた。

 珍しくナタリアさんも早くに席に着いてる。


「おはよう、ナタリアさん」

「おはようございます。あなた」

「どうしたの? いつもならまだ――」


 すると、背中に衝撃が走るほどの痛みが。


 パァン――


「うぁ、痛ってぇ……」


 衝撃と音に驚いて俺は後ろを振り向く。


「久しぶりだね? 元気にしてたかい? わ、か、さ、ま?」


 見覚えのあるなんとも懐かしい女性の笑顔。

 名前は昨日知ったばかりだけど。

 この人、名乗ってくれた覚えがないんだよ。

 エリオットさんと違って、決まった場所にいないし。

 とにかく、明るくて、忙しい人だったから……。


「フレアーネ、さん。……どう、だったかな? 十と二、三年ぶり?」

「そうだね。若様が独り立ちしてからは、年に数回顔を見せる程度になってしまったものね」


 名前を忘れてたなんて、言えないよ、絶対。

 俺あのころはほんと、人の名前を覚えるの苦手だったんだよな……。


『あんなによくしてもらっていたのに、本当に忘れてたのね。まぁウェルだから仕方ないんでしょうけど』


 ありゃりゃ、エルシーまで呆れてるし、……ってそういやエルシー。

 どこにいるのさ?


『昨日はちょっと、イライザちゃんと飲み過ぎちゃってね。眠いのよ。もう少し寝るわ……』


 なんともまぁ、ゆっくり休むといいよ。

 エルシーは大活躍だったからね。


 黒茶色の侍女服を着たフレアーネさんは、本当に背が高い。

 昨日母さんが言ってたとおり、俺よりちょっと低いくらいかな?

 見た目は昔と、全然変わってないんだよ。

 まるで俺と同世代、それこそ三十半ばくらいにしか見えない。

 最近若々しくなった母さんと、変わらないくらいだね。


「あの、あたしももう少し、お手伝いを――」

「料理の仕込みまではお手伝いしてもらったんです。それももう終わったんですよ? 駄目でしょうに。若奥様なんだから、どっしり座っていないと、ね?」


 ナタリアさん、フレアーネさんに(たしな)められてる。

 いつもは給仕までしてたもんね、わかるよ、うん。


「そうは言われてもですね、なんとも手持ち無沙汰で……」

「このあと若奥様はお務めがあると聞いております。無理をなさってどうするのですか? おっと、私は仕事がまだ残ってるから――あらあら、そうそう。上手だよ」


 台所の奥から、ポットと茶器を持ってきた背の小さな、漆黒の侍女服を着た女の子。

 まだ若そうだけど、……とよく見ると、首の後で結われた髪が白い。

 フレアーネさんは、すれ違いざまに、彼女の頭を撫でる。

 あぁ、お尻や背中を叩いたりはしないわけだ。

 お茶、こぼしちゃうからね。


「おはようございまス、若様。お茶をどうゾ」

「ありがとう、オルティア」

「いいエ、どういたしましテ」


 表情は乏しく見えるけど、口角だけは上がってる。

 嬉しいんだろうな、ありがとうって言われて。


「若奥様モ、おかわりいかがですカ?」

「え? あ、はい、あたしはまだ大丈夫です」

「そうですカ、若奥様。姫様ハ、まだでございますネ」

「うんっ、ありがとっ。オルティアおねえちゃん」

「いいエ、どういたしましテ」


 両手で侍女服の裾をふわりと持ち上げるあの姿勢、最近ナタリアさんもするようになった美しいお辞儀そっくりだね。

 首は固定されてるから、やや窮屈そうにだけど、気持ち傾げる程度に、っていやちょっと待て。

 両手で裾?

 今、茶器を乗せたものが浮いてなかったか?

 あれ?

 ちゃんと手で持ってるよね?

 俺まだ、疲れてるのかな……。


 オルティアの服の裾がくるぶしすれすれの丈なのに、よく(つまず)かないもんだ。

 滑るように、頭の位置を揺らさず歩いてる。

 気づいたらもう、向かいに座る父さんたちの横にいるよ。

 まるで、母さんに似た足運びのような、そんな感じもする。


「奥様、お代わりいかがですカ?」

「ありがとう。オルティアちゃん」


 羊魔族の集落でほとんど寝て過ごしてたはずのオルティアが、昨日の今日でまるで別人みたいに動き回ってる。


 父さんのことはお館様、母さんは奥様。

 俺は若様、ナタリアさんは若奥様。

 デリラちゃんは姫様、まぁ最初から姫様(そう)だったけど。

 それぞれそう呼ぶようになったのってきっと、エリオットさんの影響なんだろうね。

 父さんと母さんの後ろに控えてる、彼の目がさ、ナタリアさんを見るときの父さんみたいなんだよね。


「でハ、また後ほどでス。お館様」


 実に綺麗な所作の後ろ姿ってあれ?

 やっぱり茶器が浮いてる――あ、首の装具、その隙間から。


『みょぉおおおおん……』


 その隙間から黒いもやもやしたあのときの何かが出てて、それが茶器を支えてるんだ。

 僅かにあの可愛らしい音が聞こえると思ったらあれだったんだ。

 そういやさっきも、僅かに聞こえてた。

 あれって、あんな使い方ができるのか……。


 ▼▼


 食事が終わると、俺より先に立ち上がった父さん、母さん、ナタリアさんを見送る。

 さて俺も行きますかねと思って、デリラちゃんに行ってきますを言おうと戻る。

 するとね、デリラちゃんとオルティアが残って何かをしてるんだ。


「そうそう。それでいいの。うん。よくできました」

「はイ。ありがとうございまス」


 デリラちゃんはオルティアに、読み書きを教えてるみたいなんだ。

 そういやこの間まで、デリラちゃんは父さんから色々教わってたって聞いてる。

 もの凄く覚えが早かったって、父さんも驚いてたんだ。

 俺もよく、勇者として恥ずかしくないようにって、母さんから教わったっけ。


「あ、ぱぱ」


 俺が声をかけるわけでもなく、後から近づくだけで、こう、こっちを振り向くんだよ。

 おそらくはデリラちゃんが持ってる『遠感知』だと思うんだけど。


「うん。俺これから工房に行くからさ」

「うんっ、いってらっしゃい」

「若様。あノ、ですネ」

「ん? どうしたの?」

「そノ、魔力をわけていただけるト、助かるのですガ」

「あ、あぁ。そっか。別にかまわないよ」


 俺はそう言って、二人の向かいに座った。

 あ、そういえばエルシーは大丈夫なの?


『大丈夫よ。さっき、ナタリアちゃんから分けてもらったわ』


 ならいいんだけど。

 起こしてごめんね。


『心配してくれたんでしょう? ありがとう』


 いいえ、どういたしまして。


「まりょく?」


 デリラちゃんがオルティアを見て、俺を見て、首を傾げる。

 あ、そっかそっか。


「デリラちゃんは、マナを知ってるかな?」

「うん、しってるよ」

「うんうん、あのね、魔力というのは、マナのことをそう呼ぶ地域があるんだ」

「……おぉー」


 デリラちゃんは『わからない』という感じに首を傾げない、何やら納得してくれたみたいなんだ。

 きっとナタリアさんやエルシーあたりから、マナのことを教わったんだろうね。


「オルティアはね、そうだな、……エルシーが疲れてるときに、大太刀に戻ってるときがあるでしょう?」

「うんっ」

「エルシーにさ、ままがマナをわけてあげてるのを見たことあるかな?」

「うんっ。デリラちゃんはね、もっとおっきくならないとあぶないからって」


 なるほどな。

 デリラちゃんなりに理解できてるってことなんだ。


「そうだね。俺やデリラちゃん、ままなんかはね、ご飯を食べていっぱい眠ると、マナが戻るんだけど、エルシーやオルティアは、そうじゃないんだ」

「うんうん。……あのねオルティアおねーちゃん」

「はイ」


 デリラちゃんは、両手でぎゅっと、オルティアの手を握る。


「デリラちゃんがおっきくなったらね、マナ、あげるから。まっててねっ?」

「あ、ありがとうございまス……」


 うん、ナタリアさんの娘なんだから、きっと、マナも多いはず。

 グリフォン族の里にいるとき、空を飛べるフォリシアちゃんに負けずと、それこそ一日中強力を使って飛んだり跳ねたり、していたんだって。

 そのとき、マナが切れて倒ることもなかったって聞いてるからね。


 デリラちゃんがもし、調子が悪くなったとして、それはナタリアさんが調べられるから、心配しなくていいって言ってた。

 大きくなれば、マナが余ってるかどうかは、自分で感覚的にわかるようになるらしい。

 余りまくってるマナの残量なんて、俺には全くわからないんだけどね。


「さて、どうしたもんかな。どう、わけてあげたらいいもんかね?」


 俺が腕組みをしてると、となりでデリラちゃんも『したもんかな』と腕組みを真似てくる。

 すると何かにひらめいたかのように、パァっと笑顔になるデリラちゃん。



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