第百十話 それなら一緒においで。
「本当にありがとうございます。これも、エルシー様のおかげです――」
「いいのよ。困ったときはお互い様ですものね」
コロコロと笑って答えるエルシー。
エルシーって父さんと同じタイプで、外交や交渉事などに長けてる性格なんだよね。
ちなみに、俺は母さんと同じで、頭であれこれ考えるより、慎重に動いてみる。
もし駄目だったら反省つつ、対策を考える、そんなタイプだと思う。
「――しろかみちゃんは、わたしたちがお預かりしてもいいのかしら?」
「はい。この子もそれを望んでいるようです。お願いできるのであれば、そうさせていただきたいと思います」
この地は、エルシーも実感するほど、マナが少ないそうだ。
俺は相変わらずわかんないんだけどさ。
しろかみちゃんはデュラハン族で、ただ普通に生活をしているだけでも、羊魔族の人とは比べものにならないほどマナを消費する。
頻繁にマナの枯渇を起こしてしまうため、以前は気絶するように眠ってしまうことが多かったらしい。
それに彼女は、目がよく見えないそうだ。
そのため最近は、食事以外の時間は、寝て過ごすことが多かったそうなんだ。
こんな小さな子供が、そんな生活を強いられるのは、俺としても避けたい。
クレイテンベルグなら、常に一定数の魔獣を狩ってるから、その際に獲れる、肉も豊富だし、果物などの収穫も豊富にある。
ご飯だけは好きなだけ食べさせてあげられるし、最悪、俺のマナだって分けてあげられる。
眼に関しても、グレインさんやマレンさん、父さんあたりに聞けば、解決策が見つかるはず。
「しろかみちゃんは、それでいいのかしら?」
「はイ。お腹いっぱいになるなラ、お願いしたいでス」
言葉から察するに、遠慮していた感もあるんだ。
彼女も今までの状況をきっと、良しと思っていなかったんだろう。
「そっか、それなら一緒においで」
俺は、彼女の首が取れてしまわないように、加減をしながら頭を撫でた。
「はイ。それにですネ」
「何かな?」
「ウェル様、とても美味しかったでスから」
「ちょ、俺、が美味しいってどういうこと?」
「馬鹿ね、あなたのマナのことよ。わたしも以前、そう思ってた時期があったから、きっと良質なマナがあるんでしょうね」
「それって、褒められてるんだか、よくわかんないよ」
皆さん、笑ってる。
もちろん、しろかみちゃんも、エルシーも。
ルオーラさんは我慢してる、さすがは執事さん。
▼▼
「お世話になりましタ」
「いいんだよ。いつでも遊びにおいで」
「はイ」
羊魔族の皆さんに見送られて、集落を旅立つときがきた。
グリフォン族のおかげで、この集落との交流はこれからも続く。
いつ帰ってくるかわからない、しろかみちゃんのお母さんが戻ってきても、それなら困ることはないだろう。
そういや、しろかみちゃんの話し方は少し特徴があって、語尾が少し上がる感じなんだ。
エルシーが聞いた話だけど、彼女のお母さんがこんな話し方だったらしい。
おそらくは、彼女のお母さんが沢山話しかけていて、なんとなく影響されたんじゃないかって話。
しろかみちゃんの、丁寧な言葉遣いは、族長のアティロさん、奥さんのナティマさん。
二人の言葉遣いが、とても丁寧だったからかもしれないね。
ルオーラさんの背中に乗って、俺が後ろから抱える形に座る。
「エルシー様は、どちらニ?」
『あら、……そういえば教えてなかったかしらね? ここにいるわ。ウェルの腰の大太刀の中よ』
「――っ!」
驚いて振り向いたしろかみちゃん。
その反動で結わえていた首が落ちてしまうんだよ。
『みょぉおおおおおおおん』
何やら可愛らしい変わった音がしたと同時に、俺は慌てて彼女の頭を捕まえた。
『よくやったわ、ウェル』
「おぉおおお、あ、あっぶね」
「……ここニ、エルシー様がいるんですカ? 驚きましタ」
いや、俺の方が驚いたってば……。
しろかみちゃんは、自分の頭が落ちそうになったのは驚いてないんだよね。
ルオーラさんとルファーマさん、あと数名の若手の人たちが一緒に飛び立つ。
本当なら、ルファーマさんもここに残りたいと言ってたんだけど、ルオーラさんが呟いた『また「おじちゃんだれ?」と、言われてしまいますよ』に驚いて、帰り支度をしてたっけ。
徐々に小さくなっていくように見える、羊魔族の皆さんに手を振るしろかみちゃん。
『そういえばウェル』
ん?
エルシーどうしたんだろう?
俺にだけ聞こえるように。
『ナティマさんからも、相談されていたのだけど。しろかみちゃん、名前どうするの?』
あ、仮の名前なんだっけ?
確かに、いつまでもこれじゃまずいだろうし。
うーん、……戻ったらさ、父さんと母さんと相談してみようよ。
『えぇ、そうね。それがいいかもしれないわ』
▼
往路は、集落を探しながらだったうえに、風向きの関係もあって七日もかかってしまったけれど、復路は、四日で戻ることができたんだ。
グリフォン族の里が見えてきたあたりで、ルファーマさん。
「では、私は里へ戻らせていただきます。近いうちにまた、ご挨拶に伺いますので」
「あー、うん。お疲れ様です」
『フォルーラ様、フォリシア様へ、よろしくお伝えくださいね』
「あ、俺からもよろしく伝えてください」
『はい。了解しました。では』
そんなこんなでややあって、クレイテンベルグが見えてくる。
「あそこが俺の国、クレイテンベルグだよ」
「……ということハ、ウェル様、一番偉いお方だったのですカ?」
白目の割合が少ない特徴のある目だけど、グリフォン族さんたちと違って、ちょっと感情が読み辛い。
きょとんとした表情だけど、眉があるからわかる。
若干、困ったようにも見える、……かな?
「あれ? 俺、言ってなかったっけ?」
『言ってないわよ』
すかさず、エルシーが突っ込み入れてきたし。
「そっか。ごめんね。ここはね、俺が作った国なんだ。まぁ、元々は俺の父さんが治めていたところなんだけど。今はそうだね、人間も魔族も住む、賑やかで良いところだと思うんだけどね」
『ウェル、わかりにくいわよ』
「はイ、少しわかりにくいでス」
『ね』
「はイ」
何気にくすくす笑いながら、エルシーと一緒に突っ込みが入った。
「そうだなぁ。……食用に耐えうる魔獣を沢山狩ってるから、お肉には困ることはないし――」
『ウェル様。そろそろ』
あぁ、降りるんだね。
うん、俺が引きとめてたもんだから。
「うん。お願い」
すぅっと、危なくないように高度を下げてくれるルオーラさん。
魔獣の多かった森を抜けて、農園上空を滑るように進む。
ここも、人数は少ないけれどたまにグリフォン族の人が飛んでるからか、皆さんにとっては珍しいわけじゃない。
それでもなぜか、見つかっちゃうんだよね。
『パパさんー』
『若様ー』
見つかっちゃったら仕方ない。
俺は声に応えるよう、手を振るんだよね。
外は寒いのに、皆さん元気だねー。
「パパさん? 若様? ウェル様のことですカ?」
「あぁ、そう呼ばれることもあるのかな? そのうちわかるよ。きっとね」
「そうですカ」
そろそろ王城が見えてくる。
十日以上空けてしまったからか、久しぶりに感じるよ。
いつものテラスへ降りてくれる。
『お疲れ様でございました』
俺はしろかみちゃんを抱えたまま、ひょいと降りる。
「うん、いつもありがとう」
『いえ、では失礼いたします』
「テトリーラさんによろしくね」
『はい、ありがとうございます』
ルオーラさんは、奥さんの元へ飛び立っていった、……はず?
瞬間、腰あたりから青白く強い光が。
「あ、本当に、エルシー様」
「そうよ。ウェル、そろそろでしょうから、しろかみちゃんをこっちに」
「え? あっ、うん……?」
俺はエルシーの言うままに、しろかみちゃんを預けた。
すると、遠くから聞き覚えのある足音が近づいてくる。
足音と言うより、連続した駆け足の音だね。
「――ぱーぱー」
なるほど、そういうことね。
俺から千近い距離から、たんっ、と踏み切る音。
もの凄い勢い、いや、それどころか、どこ走ってたのよ?
遠くに見えたときは、壁走ってたように見えたんだけど?
さておき。
「ただいま、デリラちゃん」
「うんっ、おかえりなさいなのっ」
勢いよく抱きついたかと思うと、その勢いを殺さずに、ぐるりと回り込んで俺の肩に座ろうとしたんだろうけど。
勢いが良すぎて、俺の胸元に落ちて来ちゃった。
「あ、しっぱいなのっ」
「ほんと、元気ね。ただいま、デリラちゃん」
「うんっ、エルシーちゃんもおかえりなのっ、……あれ?」
あ、デリラちゃんが気づいたみたいだ。
「……おねぇちゃん、だれ?」
▼
「――と言うわけで、いつまでになるかわからないんだけどさ。俺が、というより、クレイテンベルグの国で、預かることに決めたんだよね」
なった、じゃなく、俺がそう決めたんだ。
ナタリアさん、デリラちゃん、母さん、父さん。
エリオットさんに、ルオーラさん。
グレインさんにマレンさん。
エルシーはイライザさんとこで一休みしてる。
『ちゃんと聞いてるから大丈夫よ』
うん、わかった。
なんだかんだで、エルシーは大活躍だったから。
ルファーマさんからの報告、そこから独断で遠征を決定。
七日かかる距離を行き、羊魔族の皆さんたちの話。
そこで出会って、しろかみちゃんを引き取ることになった経緯を説明した。
最後には、新たな魔族領の探索の拠点として協力してもらえることにより、定期的にグリフォン族の人が通うことになりそうなことなどなど。
「とにかく、ナタリアさん」
「はい、何でしょう?」
「ごめんなさい」
俺はその場に立ち上がって、俺の右隣に座るデリラちゃんの、そのまた隣に座るナタリアさんに向けて、丁寧に腰を折った。
「はいっ? あなたに謝られるようなこと、あたしには記憶にないんですけれど……。 あたしは別に……」
「いや、ゆっくりできてない上に、グリフォン族の里へ行ったその日に置いて出ちゃったでしょう? それに十日以上も帰ってこなかったから」
「べ、別に怒ってたりしません。……確かに少しは、寂しくはありましたけど」
「デリラちゃんも、ごめんね」
「だいじょぶよ」
久しぶりに聞いたな、デリラちゃんの『だいじょぶよ』。
そういえば、グリフォン族の里を出る前も言ってくれた。
しろかみちゃんも、羊魔族の皆さんも、無事だった。
もしかして、そこまで見通してた、……なんて言わないよね?
『どうかしらね。わたしもデリラちゃんの遠感知は予想できないもの』
確かに言えてる。
ナタリアさんの隣に座ってるデリラちゃんは、変わらぬ笑顔。
俺が出てから八日後、ルファーマさんが着いたその日に、ナタリアさんと帰ったらしい。
それまでたっぷり、フォリシアちゃんと遊べたから満足してるって聞いた。
父さんと母さんには、テトリーラさんが知らせてくれたから心配はしてなかったそうだし。
「母さん、父さん、ごめんなさい」
「いいのよ。勇者なんだから。ねぇ、あなた?」
「そうだね。ウェル君の判断は間違ってなかった。僕たちは幸い、ウェル君や勇者君、勇者さんたちのおかげで、魔獣に怯えない生活を手に入れている。鬼人族のように、魔獣への対抗手段を持たない、羊魔族の皆さんのような困ってる人がこの世界にどれだけいるのか? 考えなければならない時期にきてるんだろうね。僕も考えさせられたよ」
母さんは予想通り、父さんもやっぱり勇者なんだね。
俺は間違ってなかったんだって、改めて思えたよ。
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