第百八話 羊魔族の族長さんとお話 その1
そうそう。
この集落を襲っていたあの魔獣は、大足蛇という名前。
大足蛇は元々、後ろ二本足で走る足蛇という小さな龍種らしくて、それが魔獣化したものらしい。
あれね、魔獣になる前の足蛇は、この集落では食用にするんだって。
だから慌てて俺たち三人で解体してるんだよ。
聞くと羊魔族は、主食は俺たちと同じ麦なんかの穀類。
俺たちと違って、嗅覚が敏感らしくて、獣の肉は匂いが苦手なんだとさ。
だから主食以外は根菜、葉野菜が多いんだそうだ。
ただ、あの足蛇だけは例外で、肉の苦手な彼らも食べられるほど、癖のない栄養源なんだって。
まぁそもそも、あの魔獣化したやつは、羊魔族では狩ることができないんだけど。
元々は、両腕で抱えられるくらいの大きさらしい。
家畜を襲う害獣らしくて、通常は罠を使って仕留めるそうだ。
今の時期、こっちの大陸も寒いから、簡単に腐ることはないらしいけど。
集落のあった場所の近くに、小さな野池があるから、そこに沈めて冷やしておいて、後日何人かで取りに来ることになりそうだってさ。
ということで、ルファーマさんが解体してる。
終わり次第野池に沈めて冷やして、こっち戻ってまた解体。
『せっかくあれだけ倒したのに、同じ分以上に解体作業が待ってるなんて……』
泣き、入ってるね。
仕方ないって、できる人がやるべきなんだからさ。
俺?
俺は今、炊き出しをしてるわけだ。
だってほら、ルファーマさんもルオーラさんも、料理は苦手だし。
できる人がやるとなると、俺しかいないわけだ。
魔獣が突っ込んできて、破壊された家々。
そこに残ってた、潰されてしまった鍋なんかを、俺がそういうの得意だから形をある程度戻せるんだよ。
さっきまでそうしてたついでに、潰れてしまった鍋を融合させて、大きな鍋を作ってみた。
修理したあと、石を融合させて竈を作って、今、お湯を沸かしてる最中。
炊き出しを終えたら、比較的壊れていない家の壁を直そうと思ってるんだけどね。
ルオーラさんは、食べられそうな野草を探しに行ってくれた。
さっきもある程度持ってきてくれたし、とりあえずは持つと思う。
今はルファーマさんの方を手伝ってるよ。
今、エルシーは皆さんから聞き取り調査をしてくれてる。
見た目は魔族に見えるし、俺みたいな大男だと、警戒させちゃうから、エルシーがやってくれるのはとてもありがたいんだ。
族長さんがアティロさん、その奥さんがナティマさんなんだって。
他に同じ二十人ほどの羊魔族の人たち。
皆さんとりあえず、ルファーマさんが持ってきた携帯用の食べ物で、落ち着いてもらってるんだよ。
二日ほど、まともにご飯を食べる余裕なかったみたいだから。
それだけじゃ足りないってなって、炊き出しを始めることになったわけだ。
石で作った大きなまな板。
そこに、一頭分だけ捌いたお肉。
これ、淡泊で臭みも癖もないお肉なんだってさ。
どちらかというと、鳥に近いらしいんだ。
見た目からはわからないものだよ。
ちなみに、羊魔族さんは誰も食べられていない。
一人も欠けることなく、逃げ切れたんだって。
しろかみちゃんの手柄と言えばそうなんだけど、俺はけっして褒められたもんじゃないと、良くないことだと思ってるんだ。
まぁ、同じようなことをしてた俺が言えた義理じゃないけどさ。
『わかってるじゃないの。大人になったわね』
ひどいわ。
『そうそう。しろかみちゃんのお母さんがね、ここを出て行った理由がわかったわ』
何だったの?
『落ち着きなさいって。しろかみちゃんのお母さんもね、ウェルやマリサちゃんのような人なんですって』
それって?
『元々はね、この集落へ、数年に一度訪れる、魔道士なんですって』
魔道士って、もしかして?
『えぇ。ウェルの想像通りよ。魔法使いとも言うわね。魔獣を倒しながら、魔獣が発生する原因を調べていたそうよ』
なるほどなぁ。
俺や母さんみたいな人か……。
言われてみると似てるかもしれないね。
『九年ほど前にね、この子を抱いて集落に訪れたらしいの。なんでも、しろかみちゃんを連れて行くには、危険な地域に行く必要があって、それでこの子をここに預けたらしいわ』
魔獣に勝てはしないだろうけど、負けないこの子を連れていけない場所って……。
『えぇ。わたしにも予想がつかないほど、危険な魔獣か、それ相応のものが、いるということなんでしょうね』
俺も鍛錬も続けてはいるけど、絶対に安心してたらまずいな。
いままでやってきたことは、あくまでも現状維持でしかないんだ。
いや、それより、九年経ってもまだ戻ってないって、どうしてなんだろう?
あ、いや、もしかして、九年がたいした時間じゃないってことなのか?
『なんでも、その前に訪れたのが二十年ほど前らしいのよ。しろかみちゃんも、彼女のお母さんも長命な種族なんでしょう。だとしたらね、時間の概念に疎い人がいても、おかしくはないと思うの。グリフォン族さんや、鬼人族の皆さんみたいにね』
なるほど、そういうのもあり得るってことなんだね。
とにかく、しろかみちゃんのお母さんと、この羊魔族の皆さんとは、良い関係が結べていたと考えていいだろうね。
『えぇ。そうでないと、この子を預けることなんてできないと思うのよ』
俺もそう思う――お、お湯が沸いたみたいだ。
えっと、足肉を削いで、鍋で煮込む。
足骨も割って、鍋で一緒に煮込む。
骨は食べないけどさ、その周りについた肉と、骨の髄がね、いい出汁がでるんだよ。
灰汁が出てくるから、それを掬って、違う入れ物にいれて、煮込み続ける必要があるんだけどね。
『ほんと、器用ねぇ』
うん。
料理は嫌いじゃないから。
ナタリアさんが俺の上を行く人だから、俺はお手伝いをするにとどめてるけど。
それに、味付けはナタリアさんの方が、数段上だし。
正直かないません。
『それでね、しろかみちゃんたちはデュラハンで間違いはないそうよ』
そうなんだ。
それがわかっただけ、よしとしますか。
『彼女たちはね、わたし以上に、マナの消費が激しいらしいのよ。マナ切れを起こすと、眠ってしまうでしょう?』
そうだね、俺もそうだし。
……あぁ、それでもしかして、あの洞窟で眠っちゃった?
『みたいだわ。それでね、あそこにあった骨のことを聞いたんだけど』
うん。
『あれ、しろかみちゃんが無意識に食べちゃった可能性があるの』
へ?
『今はウェルのおかげで、お腹いっぱいらしいんだけど。普段はもの凄くご飯を食べるんですって。けれど、満たされることがないんでしょうね。だから寝て過ごすことが多かったという……』
なるほどね、……あれ?
もしやあの、黒いのが?
あれで覆って、俺からマナを取り込んだみたいに?
『彼らも見たわけじゃないらしいのだけれど、その可能性は否定できないって言ってるわね』
あー、うんうん。
確かにあの黒いのがしろかみちゃんに繋がってて、俺のマナを吸ってた感じはあったんだよ。
しろかみちゃんを追いかけていたあの大足蛇が、骨だけになっていた理由。
それ以外には考えられないんだろうね。
エルシーも一時期、大太刀で斬ってた魔獣からマナを取り込んでたし。
同じような理屈で、無意識に取り込んでしまったかもしれない。
ただ、エルシーと違っていたのは、マナが通っているだろう肉まで一緒に取り込んだだろうということ。
そういや、魔石も落ちてなかったから、一緒に取り込んじゃったのかもしれないね。
『それでね。羊魔族さんたちが飼育してた獣をね、連れて逃げることができなくてね。ぜぇえんぶ、食べられちゃったみたいなの』
あぁ、丸呑みだったんだろうか……。
『持って逃げた僅かな食べ物も底をついて、途方に暮れそうになったときにルファーマさんが現れたらしいのね』
それはよかった。
俺が我が儘言ってここに来たのも、結果的には悪くはなかったんだ。
『えぇ。それだけは褒めてあげるわ。よくやったわよ、ウェル』
あはは。
ありがとう。
あ、そろそろ肉の良い出汁が出てきた感じかな?
『ウェル様。野草は足りていますでしょうか?』
「あ、ルオーラさん。ありがとう、とりあえず大丈夫だと思うよ」
『今しがた、ルファーマに里へ行って、若い者を連れているように言いつけました。明日にはこちらへ戻ってくるかと思われます』
「あははは。相変わらず手厳しいね」
『少し本気で飛べば、里へ帰ることなど容易いのです。あやつが手を抜いていた罪に対し、多少の罰を与えたまででございます』
「俺も忘れないようにしないと。早くナタリアさんとデリラちゃんの顔見たいしね」
『えぇ。わたくしもそうでございます』
俺もルオーラさんも年の離れた奥さんを持つお仲間。
お互い一緒になってまだ短いから。
離れていて平気だったルファーマさんが、ちょっと考えられなかったりするんだけどね。
出汁の出方を見て、野草を洗って切って突っ込む。
根菜と葉野菜と、結構な量があるね。
これなら、全員に行き渡ると思うよ。
「あ、ルオーラさん」
『はい。なんでございましょう?』
「ルファーマさんにさ、麦粉持ってきてもらえるように言ってくれた?」
『はい。抜かりはございません』
「流石俺の執事さん」
『お褒めにあずかり光栄にございます』
肉と根菜はあるけど、麦粉がないっぽいんだよ。
二日くらいは、肉と野草だけでなんとかなるかもだけど。
流石に厳しいでしょう?
主食がないとさ。
灰汁取り、灰汁取り。
しばらく煮込んで、味付け。
うん、……悪くない。
んまい、にはほど遠いけど、普通でしょう。
これが限界、ナタリアさんに料理習おうかな? って思うんだけどさ。
『やめておきなさいね。ナタリアちゃんは、ウェルに食べてもらうのが全てなの。満足してもらえてないとか、不安にさせるようなことは駄目よ』
はい、感謝して食べるに徹します。
やっぱりそっか……。
できあがったから、食べてもらうように言ってくれる?
『えぇ。わかったわ』
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