第百三話 帰ってきたパパさん その2
俺が、鬼人族の若い勇者を連れてその国へ飛んでいって、脅威となる魔獣を駆除する程度は容易いことだけど。
ただそれはあくまでも一時しのぎでしかない。
俺たちは、その国で暮らすわけにはいかないし、フォルーラさんが言ったように『その国に請われたわけではない』んだ。
ただそこは、俺がいなかったころの鬼人族のようで。
そりゃ話を聞いただけでは、悔しくは思う。
『そうよウェル。あなたがいくら「お化け」でもね、できることとできないことだってあるの。あなたは一人しかいないのだから』
それもよくわかってる。
俺は、俺の国の、盾であり、ナタリアさんと、デリラちゃんの、剣だから。
『わかってるならいいの』
うん。
一通り、ルファーマさんの報告が終わった。
すると、フォルーラさんが、
『あなたがいなかったとき、フォリシアを助けてもらった日から、鬼人族の皆さんと、エルシー様と交流するようになったの。私の代からは、父が言っていた決まりは、守らないことにしたわ』
『ちょっと待ってくれ。そ、それってどういう?』
ルファーマさんの声の質が変わった。
ギョッとしたような表情のように、目と口を大きく開ける。
驚いてるんだろうな、きっと。
『あら? 聞いてなかったの? 助けを請われたら助ける。助けたいと思ったら助ける。ただそれだけのことよ。私たちの子供たちに、正しいと胸を張って言えることならね。人の国の勇者様だったウェルさんのように、私たちも助ける力を持ってるのだから、当たり前でしょう?』
『いや、だからって。古くからグリフォン族は、それに、お義父さんの遺言にもだな、「他の種族へ必要以上に関わってはならない」って──』
『そんなこと知らないわ。そりゃね、お父さんが族長だったときはそうだったかもしれない。でも今は、私が族長なの。それにね、助けたからって、私たちが滅びるわけでもないの』
確かに、俺が知ってるような魔獣に負けることはないだろうね。
ルオーラさんも、若い勇者たちより強いのは違いないし。
『……いや、だからってな』
言い伝えを守ってきたルファーマさんの言い分もわかる。
『勿論、助力の安売りはしないわ。もしそうなったとしてもね、ウェルさんのように、対価はもらうつもりよ』
俺たちがクレンラード側の魔獣を討伐して、見返りに金銭をもらってることだね。
『それにね──もう遅いのよ。ウェルさんの国とは深く関わってしまったんだもの、ね』
そりゃそうだ。
鬼人族の集落にいたときからもう既に、ルオーラさんたちが住んじゃってる。
フォリシアちゃんもちょこちょこ遊びに来てるからね。
確かに俺たちはグリフォン族の皆さんに、色々と助けてもらってる。
物凄く、感謝してる。
恩はしっかりと返せてるのかな?
そう思うときだってあるほど、深く関わってしまってるんだ。
こうして、仲良くしてもらってるのは、デリラちゃんとエルシーのおかげだし。
俺が直接、グリフォン族の皆さんに、何かをしたわけじゃないんだよな。
この先何ができるか、何を返していけるのか、色々と考えなきゃ駄目だよな。
『考え過ぎよ。フォルーラちゃんたちの、食糧事情も改善されてるわ。食事が美味しくなったって、皆、喜んでいるでしょう?』
だってそれは、ナタリアさんの功績であって、俺の──
『あなたがいなければ、ナタリアちゃんもここにはいないの。謙遜は良くないって言ってるでしょう?』
うん、ごめんなさい。
そう言ってもらえるなら、俺も嬉しい。
「ルファーマさん」
『はい。何でしょう?』
「人族側の国が散り散りになったのはさ、つい最近のことじゃないよね?」
『そう、ですね。三年ほど前になりますか……』
「魔族の集落の話はさ、魔獣が原因、だよね?」
『はい。その通りだと思います』
良かった。
人間が攻め入ったわけじゃないんだ。
「その場所はさ、どれくらいの位置にあるんだろう?」
「ウェル。それってどういう?」
「うん。できるかどうかわからないけどさ。俺はほら、暇なわけじゃない?」
「確かにそうかもしれないけれど」
魔獣を討伐してるわけじゃなく、開拓してるわけじゃない。
やることなくなって、宝飾品を作ってるわけだからさ。
「魔獣を倒すだけなら、俺一人でどうにでもなると思うんだ。その後に、友好的な関係を結べるなら、俺の国に迎え入れてもいいと思うんだけど」
『ウェル様』
俺の話の腰を折るように、ルファーマさん。
「ん?」
『その種族は、その。もはや、「滅びてしまっているかもしれない」のです……』
「だったらすぐに行かなきゃ駄目じゃないのさ」
「仕方ないわ。この子は、言い出したら聞かないものね。ほら、ナタリアちゃんたちに行ってきますしなさいね?」
「ありがとう、エルシー」
「えぇ。ここで待ってるわ」
「ルオーラさん、ルファーマさんと一緒に来てくれる?」
『かしこまりました』
「じゃ、準備をお願い。俺はすぐ戻るからさ」
『ルファーマ殿。詳しい場所を』
『は、わ、わかった』
俺はナタリアさんたちがいるはずの、厨房へ。
近づくにつれて、香ばしい良い香りが漂ってくる。
多分、ナタリアさんがよく作ってくれる焼き菓子なんだろうな。
「ナタリアさん」
「あら? あなた、……何かあったんですね?」
ナタリアさんは俺の表情を見てすぐに、わかっちゃったんだろう。
俺の元に小走りで駆け寄って、両手で俺の右手をぎゅっと握って、胸元へ抱くようにする。
そのまま心配そうな表情で、俺を見上げてくるんだ。
デリラちゃんも足元にきて、軽く跳ねて俺の右腕にすとんと腰掛ける。
ナタリアさんを見上げて、言うんだ。
「まま、だいじょぶよ」
あ、デリラちゃんの『だいじょぶ』ってこれなんだ。
「そう? デリラがそう言うならそうなんでしょうね」
心配そうな表情から、落ち着いた表情に変わっていく、ナタリアさん。
「デリラちゃんにはさ、俺がいく場所、見えてるの?」
「んー、……だいじょぶって、おもったの」
こてんと首を傾げてデリラちゃんは、ちょっと困ってると言わんばかりな、眉を寄せた表情で言う。
なるほど、そういう感じがするんだ。
見えてる場合と、感じる場合と。
デリラちゃんの遠感知って、遠い場所を見通すだけじゃないんだ。
俺が魔獣に負けないことも、あのときわかってたくらいだから。
この能力は、ナタリアさんだけじゃなく、俺にまで安らぎをくれるんだ。
俺はデリラちゃんとナタリアさんを抱きしめた。
デリラちゃんは嬉しそうに、ナタリアさんは恥ずかしそうにしてる。
あ、そりゃそうか。
フォリシアちゃんも、テトリーラさんたちもいるんだっけ。
「うん。俺なら大丈夫。ナタリアさん、デリラちゃん。ちょっとだけ行ってくるね」
「うんっ、いってらっしゃい。ぱぱ」
「いってらっしゃい。あなた」
俺はエルシーと、ルオーラさんたちが待つ場所へ戻る。
そこからすぐに出られるテラスへ。
「じゃ、わたしは戻るわ」
エルシーはそう言うと、瞬時に青白く光を発して、大太刀へ姿を変えた。
大太刀姿のエルシーを抱えると、俺はルオーラさんの背中に乗る。
「じゃ、行こうか」
『かしこまりました。ルファーマ、先導を』
『お、おう』
背中の上で聞いた話。
ルファーマさんはやっぱり、ルオーラさんから見て少し年下の従弟。
かといって、族長の旦那さんという立場もあるけど、ルオーラさんにも世話になってるようで。
なかなか、複雑な立場らしいんだ。
お読みいただきありがとうございます。
この作品を気に入っていただけましたら、ブックマークしていただけたら嬉しいです。
書き続けるための、モチベーションの維持に繋がります、どうぞよろしくお願いいたします。