第百二話 帰ってきたパパさん その1
翌朝、朝食の席で、誰よりも低く五体投地してるルファーマさん。
彼はやはり、ここの族長であるフォルーラさんの旦那さんで、フォリシアちゃんのお父さんだったんだ。
彼の姿を呆れるような眼差して見下ろすフォルーラさん。
うん、あの目は笑ってない。
長いことグリフォン族の皆さんと仲良くやってきたからこそ、俺でもよくわかるってばよ……。
『フォルーラさんから聞きました。フォリシアの、命の恩人と知らず――」
確かに、魔獣に襲われていたフォリシアちゃんを、デリラちゃんが見つけて助けに行ったのは事実だけど。
でも実際、命の恩人っていうのは、どうなんだろうね?
だってさ、同じグリフォン族のルオーラさんは、鬼人族の勇者たちより強いんだよ?
あの爪で、あっさり真っ二つにできるくらいなんだけど。
『ウェル様』
あれこれ考えてた俺の背後へ、いつの間にか近づいていて、小声で話しかけてくれるルオーラさん。
「ん?」
『ウェル様が思っておられるように、確かにグリフォン族の爪や身体は人より丈夫です』
うぇ、……何で俺が思ってることを答えてくれるんだよ?
もしかして、口に出てた?
『……ですが、伺っていた状況ですと、危険な状況であったのは間違いなかったのです』
「え? そうだったの?」
『はい。特に、フォリシアのような子供は、魔獣相手では半日ともたないと思います』
「でも半日はもつんだ……」
『それ故に、姫様は命の恩人と言っても過言ではないと思われます』
「ありがとう。やっと理解できたよ」
なるほど、いくら強い種族とはいえ、成長していない子供だと限界がある。
デリラちゃんが気づかなければ危なかったんだ。
ほんと、よく気づいたね、ぱぱは誇らしいよ。
『ウェル様は、フォリシアの恩人デリラ王女殿下のお父上であり国王陛下、その上、精霊様でいらっしゃるエルシー様のご子息だと言うではありませんか? 昨夜の失態、本当に、申し訳ございませんでした……』
神妙な状態なのはルファーマさんだけ。
フォルーラさんはけろっとしてるけどね。
「……あなた、そろそろ助けてあげてください。あまりにも気の毒に思ってしまうので」
「うん。わかってるよ」
ナタリアさんが、俺にそっと寄り添って小声でそう言うんだから、そうなんだろうね。
まぁ、奥さんのフォルーラさんも色々と言いたいことはあるんだろうけど。
それはそれ、夫婦の間でお願いしますということで。
『フォルーラちゃんが言うにはね』
うん。
エルシーがこっそり、俺の頭の中だけに教えてくれるみたい。
『「毎年帰れるはずなのに、戻ってこなかった夫がいけないんです」って笑ってたわ。ウェルも、ナタリアちゃんには気苦労をかけないように、気をつけなさいね?』
なるほど、なるべくして──ってやつなんだ。
うん、そりゃ駄目だわ、肝に銘じておきます。
いくら長命だからといって、四年もナタリアさんとデリラちゃんを放っておくなんて、俺は絶対にできないわ。
ルオーラさんに良いお酒を振る舞ってでも、目一杯の速さで帰ってもらうつもりだよ。
『そう、それならいいわ』
フォルーラさんには言えないこともあるんだろうし。
ここは俺が、
「ま、まぁ、それくらいにしておいてください。ただ、ルオーラさんが言うにはですね。この大陸の果てにいたとしても、娘と奥さんのことを思うのなら、年に一度は帰れるのは間違いないとのことです。今後はそうするべきでしょうね。『娘に忘れられないためにも』」
ルオーラさん、フォルーラさんが頷いてるよ。
うわ、嫌味みたいに聞こえたらごめんなさい。
『は、はい。肝に銘じます。ごめんなさい、フォルーラさん。フォリシア』
『だいじょうぶ? おじちゃん』
今の声は、デリラちゃんじゃなく、フォリシアちゃんだったりする。
しかしまぁ、まだお父さんって呼んでもらえないんだね。
一晩では、無理か……。
いや、フォリシアちゃんももう五歳。
もしかしたら、ナタリアさんの時みたいにフォルーラさんが?
そんなはずはないと──
『大当たり。ウェルの思った通りよ』
まじめにかっ?
ほんと、人が悪いなぁ……。
俺はナタリアさんの耳元に、小声でそっと教えあげる。
「ナタリアさん。これ、フォルーラさんが言わせてるみたいだって、エルシーが」
「そう、だったんですね。心配してたんです。わかりました。ありがとうとエルシー様にお伝えくださいね、あなた」
「うん」
ナタリアさんがありがとうってさ。
『いいえ、どういたしまして』
それにしても、大変だったんだろうね、生まれてすぐから今の今まで。
一番手のかかる時期のフォリシアちゃんを、大好きなお酒を我慢してまで、一人で育ててきたんだから。
『そう、そこなのよ。フォルーラちゃんが言ってたのはね』
うん、だろうと思った。
ルファーマさんは、フォルーラさんから聞いていた通り、様々な国、種族を見て回る調査をしていたそうだ。
そこで四年ぶりに帰ってきて、たまたまこの騒動を起こしてしまった。
せめて定期的に帰ってきていたなら、起きない騒動だったんだけどね。
朝食のあと──
ルファーマさん、フォルーラさん。
元々、フォルーラさんの側近となる予定だったルオーラさん。
あと数名同席の上で、今回の調査報告が行われる。
そこに、俺とエルシーが混ざる感じになった。
デリラちゃんと、フォリシアちゃん。
テトリーラさん、ケリアーナさんは、ナタリアさん主導のもと、美味しいお菓子を作ってるんだ。
明るい話題だけじゃないということもあるし、子供には退屈な時間になってしまうからね。
『それで、どんな感じだったの?』
族長、フォルーラさんが口火を切る。
『人族の領域も、魔族の領域も広く見て回りました』
彼らグリフォン族は、空の上から世を見て回る。
何が起きていようと干渉することはない。
俺もそう、フォルーラさんから聞いてたんだよね。
『いつものように、芳しいものではなかった。そう言えると思います』
芳しいものではない。
どういうことなんだろう?
『どういうことかしら?』
そうフォルーラさん。
『人族の領域で、二つ。……国が滅びて、散り散りになったと思われます。魔族の領域でも、小さな集落と思われるところが、一つ滅びようとしてるところでした』
なんてこった……。
『そう、それは仕方のないことだわ。助けを請われて、見捨てたわけではないのよね?』
『──それは勿論だよ』
フォルーラさんの亡くなった父親、先代の族長までは、他の種族への介入をしてはならないという考え方があったって、聞いてる。
この里に比較的近い場所にあった、鬼人族の集落に悲劇が起きていたのを知ってはいても、何をするわけにもいかなかった。
それこそ、滅びていく様を見ていることしかしてはならないと言われていた。
そうだったと、彼女が言ってたくらいだから。
ルファーマさんの話では、魔族の領域でも稀にあることらしい。
人間の国では、俺のような勇者が生まれなかった時期もあるんだろう。
コルベリッタさんのような、聖女を派遣する国はあっても、魔剣などを扱える勇者を派遣する国はなかったのか?
どこの国も、自分の国を守るので精一杯なのか?
クレイテンベルグには、魔剣や魔槍を扱える勇者が四人、俺や母さん、父さんを含めると七人いることになる。
勇者のいない国があることを考えると、もしかしたら俺の国は異常なのかもしれない。
勇者がいないけれど、魔獣に怯えることのなくなった、クレンラードもそうだろう。
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