第百一話 ナタリアさんと一緒に、グリフォン族の里へ その5
まるで大木から削り出したかのような、見事な一枚板の木製テーブル。
縦七百の横三百くらいの大きさだから、間違いなく継ぎ足しをしてるんだろうけど。
継ぎ目が全くわからない、この仕上がりは凄いと思う。
俺も宝飾品を作るようになったからか、こんな見方をするようになったんだ。
そこに並べられた料理は、なんとも見覚えのある、ナタリアさんが作ってくれるようなものばかりなんだ。
根菜と肉の煮込みから、魚の塩焼き。
そのほか、どれも美味しそうな料理の数々。
前に、グリフォン族の料理は、鳥や獣肉の炙り焼きくらいだって聞いてた。
テトリーラさんたちがナタリアさんから習ってから、あまりの料理の変化に、ルオーラさんが泣いて喜んだと逸話があるくらい。
彼らの味覚は、俺たちとあまり変わらない。
目でも舌でも匂いでも楽しめるナタリアさんの料理は、里の皆さんも喜んだんだろうね。
「ぱぱ。すわって。ごはんたべよ?」
「そうだね。ほら、ナタリアさんも」
ナタリアさんを見ると、なにやら申し訳なさそうな表情をしてる。
きっと、料理に携われなかったのが悔やまれるのかもしれないね。
王妃になった今でも、朝昼晩の料理は彼女の仕事だもんね。
「あ、はい。そうですね」
「そうそう。俺たちは招待されたお客さんなんだから」
「わかってますって、……もう」
ちょっと拗ねたような表情をするナタリアさんが愛らしい。
それでも彼女は、デリラちゃんとフォリシアちゃんの分を、お皿に食べやすいように取り分けてるし。
駄目でしょう、テトリーラさんたちの仕事を取っちゃったらさ。
三人ともナタリアさんを見て苦笑してるみたいな目をしてるから、よーくわかるってば。
「それじゃ、いただきますか」
「いただきます」
『いただきます?』
フォリシアちゃんは、デリラちゃんを見て、こてんと首を傾げる。
「うん。ごはんをね、たべるときのごあいさつなの」
『……そなのね。それなら、いただきます』
「はい」
二人のいただきますに、ナタリアさんが答える。
「んまい。ナタリアさんが作った料理そっくりだね」
「んまい」
やっぱりデリラちゃんが、俺の真似をしてる。
『んまい?』
フォリシアちゃんはさっきと同じように、デリラちゃんを見て首を傾げる。
「おいしーってことなの」
『そなのね。それなら、んまい』
ナタリアさんが、苦笑してるし……。
俺が勇者になったばかりのとき、
『子供は近しい大人の背中を見て育つから、勇者は一番見本にされるもの。だから気をつけるようにね』
そう、母さんからそう教わったっけな。
もちろん、エルシーの声が聞こえるようになった後も、母さんと同じような内容で注意されたんだ。
これってさ、俺自身が言葉遣いを気をつけないと、駄目なのかもしれないね。
そういえば、フォリシアちゃんはデリラちゃんと一緒にご飯食べてるけど、フォルーラさんは一緒に食べないものなのかな?
それとも、今日はエルシーと一緒にお酒を飲んでるだろうから、たまたまなのかな?
友達のデリラちゃんと一緒に食べてるから、寂しさを感じないのかな?
そう思えるんだけど、実際はどうなんだろう?
フォリシアちゃんは見た感じ、デリラちゃんと同じように、実に美味しそうに、楽しそうに同じご飯を食べてる。
彼女たちグリフォン族には皆、口元に嘴がある。
大きく口を開けて、器用に木材から削り出したであろう、匙を使って煮込みを食べてる。
嘴の奥には舌が見える上に、ルオーラさんの話から察するに、味覚も俺たちと同じはずなんだ。
おまけに大人になると、同じお酒も美味しいと楽しむことができてるんだ。
唇と嘴の違いはあっても、同じものを食べ、同じ味を感じてる。
嘴の中ではきっと、俺たちと同じように舌が器用に動いてるんだろうね。
見た目は違っていても、鬼人族や人間と同じ『人』なのかもしれない。
そう、俺は思ってるんだ。
『いいところに気づいたわね。ウェルの思った通り、間違ってはいないわ。見た目で判断してはいけないことがこの世にはあるの。忘れちゃ駄目よ?』
はい、肝に銘じておきます。
エルシーこそ、飲みすぎないように。
『あら、心配してくれるのね。ありがとう』
いえいえ、どういたしまして。
「あなた」
「ん?」
「ケリアーナさんたちの手先、知ってますよね?」
「ん、あぁ。木工品を作るときの、爪なんかのことだよね」
彼女も確か、お姉さんのテトリーラさんと同じ、木工職人だったはずだよね。
鬼人の集落に、初めて泊まったとき、ナタリアさんが料理を勧めたんだった。
その味に驚いて、その場で教えてもらうことになったんだっけ?
「はい。あたしの手より大きいのに、これだけの料理まで作れるようになってしまうんです。あたしよりも少し年下なのにとても貪欲で、教えがいのある人でした」
「そうだったんだね。ルオーラさんがさ、テトリーラさんの料理に涙を流して喜んでた話を聞いてね。そこまで俺たちが、グリフォン族の人たちの生活を、変えてしまったんだな、って。本当にそれで、よかったのかな? そう心配した時期もあったんだけど」
俺たちと交流を持つ前のグリフォン族では、多種族に干渉するのは禁忌とまでされてたって、言ってたっけ。
それでも、グリフォン族の生活を変えてしまうきっかけは、鬼人族で造ってたお酒だったことがまた、面白くはあっただけどね。
亡くなった親父さんのこと、フォルーラさんが怒ってたっけ。
「大丈夫ですよ。みなさん、喜んではいても、困ってしまったことはなかったと、そう、聞いていますから」
「そっか。それなら良かったんだけどね」
「ぱぱ」
俺を呼ぶ、デリラちゃん。
「ん?」
「あのね。デリラちゃんもきょう、かえっちゃうの?」
上目遣いでじっと見つめてくる。
「あ、あぁ。そういうことね」
俺はナタリアさんを見て、ひとつ頷いた。
「デリラ、大丈夫よ。明後日くらいまでゆっくりしていくことになってるわ」
「ほんと?」
デリラちゃんは、ぱぁっと花が咲いたかのような笑顔になるんだよ。
「あぁ。本当だとも。おじーちゃんも、おばーちゃんもね、ゆっくりしてきなさいって。そう言ってたからさ」
父さんも母さんも、デリラちゃんは大好き。
二人が言ってることだから、嘘はない。
「やったのっ、フォリシアちゃん。あしたもあそべるの」
『うん。やったね。デリラちゃん』
「だから、行儀よくご飯は食べるの。いいこと、デリラ? フォリシアちゃんも」
「うんっ」
『うんっ』
そんなときだったんだ。
俺たちに用意された客間とは反対側の入り口。
そこから誰かが入ってくる。
あっちって、確か、テラスしかなかったような?
姿を現した人は、毛色から見るに、グリフォン族の男性のようだけど。
『おや? お客様かな? いやしかし、なぜ他種族の人がここに?』
彼は、右手で頬を掻く仕草をしながら、ぶつぶつと独り言を言い始めた。
聞き覚えのない声。
グリフォン族の人たちは、目元や全体の毛色の違い、声などで判断してるけど。
初めて見る感じの人だと思うんだけど?
その証拠に、ナタリアさんもデリラちゃんも、フォリシアちゃんまできょとんとしてる。
「おじちゃん、だれ?」
デリラちゃん、いつもの調子。
けれど、驚いたり逃げたりする感じはない。
すると、デリラちゃんと同じように、
『おじちゃん、だれ?』
フォリシアちゃんも、そう言うんだよ。
『いや、おじちゃんって。俺はここの、族長の夫で──』
族長の夫?
あ、もしかして、フォルーラさんの?
そう言おうとしたとき、
『あら、ルファーマ様ではありませんか?』
両手に鍋を抱えて入ってくる、ケリアーナさんの声。
ルファーマさん?
『フォリシアちゃん。あなたのお父様ですよ』
『え? このおじちゃんが?』
「そうなの? フォリシアちゃん」
『わかんない……』
首を傾げて問うデリラちゃんに、曖昧な答えのフォリシアちゃん。
何より、大きく見開いた目を点のようにしながら、絶望の色濃く嘴を開けたままのルファーマさん。
『……フォ、フォリシアなのかい?』
『フォリシアだけど、おじちゃんだれ?』
鍋をテーブルに置いて、俺とナタリアさんにこっそり話してくれるケリアーナさん。
『旅に出たのが、四年前なので、フォリシアちゃんはきっと、憶えていないんでしょうね』
「あー。そういう」
「何というか、かけてあげられる言葉が思い浮かびません……」
鬼人族もグリフォン族も、まぁ俺もそうなんだろうけど。
長命な種族の四年って、ある程度大人になると短いものかもしれない。
けれど、デリラちゃんやフォリシアちゃんみたいな、子供にはどうなんだろう?
それより何より、自分の娘に『おじちゃん』って呼ばれたルファーマさん。
立ち直れるんだろうか?
エルシー、聞こえる?
『聞こえてるわよ』
あのさ、フォルーラさんに、
『大丈夫よ。彼女ならね、お腹抱えて転がりながら大笑いしてるわ』
俺も最初はおじちゃんって呼ばれたけどさ、それはナタリアさんが言わせてただけで。
裏では『ぱぱ』って呼んでくれてたのを知ってるし。
いやはやそれでもさ、実の娘に『だれ?』とまで言われちゃった彼の心中は、さもありなんというかなんというか。
俺だったらきっと、立ち直れないよ。
泣くになけない、ものだったんだろうなと、思ってしまうのです、はい。
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