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第九十九話 ナタリアさんと一緒に、グリフォン族の里へ その3

「あ、ぱぱ」

『あ、おじちゃん』


 出窓のような場所から俺たちを覗くのは、我が愛しき愛娘のデリラちゃんと、グリフォン族族長の娘さん、フォリシアちゃんだった。


「あれ? まま?」

『デリラちゃんの、ママ?』

「うん」


 二人ともきょとんとした表情。

 きっと、なぜナタリアさんがここにいるのか、ってことだと思うんだよね。

 俺は『おじちゃん』で、ナタリアさんは『デリラちゃんのママ』、……か。

 まぁ、ナタリアさんはまだまだおばちゃんって歳じゃないから、いいんだけどね。


「デリラ、良い子にしてたかしら?」


 すると笑顔で。


「うんっ、だいじょぶ」

『いいこいいこ』


 二人そろって、奥へ戻ったかと思うと、何もないはずの場所から、聞き覚えのある声がする。


『あらあら、ウェル様と奥様』


 声の主はテトリーラさんだった。

 デリラちゃんたちがいた少し左側。

 何もなかったように見えたテラスの壁から、突然現れたかのようにドアが開く。


『こちらからお入りくださいな?』

「あ、ありがとう」

「ありがとうございます。テトリーラさん」

『いいえ、どういたしまして』


 俺はちょっと驚いたけど、ナタリアさんは平然としてる。

 もしかしたら、女性同士で色々と話をしてたのかな?


 建物の中に入ると、そこは廊下のようになっていて、天井、壁、床、どこを見ても見覚えのある暖かな色の木造り。

 デリラちゃんたちがいたあたりを見ると、部屋の中ほどで二人が手を振る姿があった。


「まま、ここね。フォリシアちゃんの、おへやなの」

「あら、そうだったのね」


 柔らかな布製の広げられた床。

 壁際に、更に肌触りの良さそうな布地のベッド。

 この辺りは、あちこちから仕入れた情報をもとに、作ったんだろう。

 グリフォン族は、方々を旅して情報を集める、探索を続けていると聞いてるから。

 確か、フォリシアちゃんのお母さん、フォルーラさんの旦那さんも、その役目についてるって聞いた覚えがあるんだよ。


「デリラちゃん」

「なぁに? ぱぱ」

「エルシーはどこいったのかな?」

「んっとね、あっちでフォルーラちゃんといっしょにいるの」

『エルシー様とフォルーラ様は、先ほどからその、ですね』


 何やら申し訳なさそうな声を出してるテトリーラさん。


「うん。大丈夫。知ってるから。お楽しみ、なんでしょう?」


 俺は、グラスを煽るような仕草をして見せる。


『ご存知だったんですね。はい、その通りです。フォルーラ様も、楽しみにしていたようなので……』

「あの、テトリーラさん」

『はい。なんでしょう? 奥様』

「台所、見せてもらえますか?」

『はい。構いませんが』

「あなた。少し行ってきてもいいですか?」

「あぁ、行っておいで」

「はいっ」


 そうだね。

 城の台所は基本、ナタリアさんが管理してるようなものだし。

 こっちに来たら来たで、ここのにも興味があったんだね。


「ぱぱ。あとでね」

「ん?」


 振り向いたら、フォリシアちゃんに乗ったデリラちゃんがテラスを飛び立とうとしてた。


「遠くへ行っちゃ駄目だからね?」

「うん。だいじょぶよ」

『だいじょぶよ。おじちゃん』

「あははは。うん。気をつけて行っておいで」

「あいっ」

『デリラちゃん、いくよー』

「あいあいっ」


 これまた上手に飛ぶんだね。

 俺は手を振って、二人を見送った。

 二人が飛んでいく先には、数人のグリフォン族の人たちがいる。

 きっと、危なくないように見てくれてるんだろうね。


「じゃ、俺も、ナタリアさんとこ行きますかね」


 俺は、ナタリアさんが歩いていった、広めの通路をついていく。


「──こちらがそう、なのですね」


 ナタリアさんの声が聞こえてくる、突き当たりの部屋へ入ってみた。

 彼女の声が若干驚いていたというか、感心してたというか。

 そんな風に聞こえたのは、理由があった。

 台所と思われるその場所は、天井が高くて、一風変わっていたんだよ。


 グリフォン族には、テトリーラさんを始めとした木工職人さんが多いと聞いてる。

 そのほとんどが女性で、族長のフォルーラさんもその一人。

 彼女は嗜む程度だと謙遜してたけど、家の調度品は自らが作ったものらしい。

 だからこそ、この里にあるものは、すべて木材を使ったものでできてると思ってたんだ。

 勿論、台所も木造りの部屋を予想してたんだけど、ここだけは違った。

 手のひらよりも更に大きい、一片が五十から百くらいある、石材を積んである石造りの部屋。

 こりゃ予想の上を行ってて、驚いたね。


「あなた。ここが台所(そう)なんですって」

「あ、あぁ。驚いたわ」


 同じ石材でできた、火を起こすだろう竈門(かまど)らしきものがある。

 そりゃ俺も元は宿屋の息子だから、こういう場所は馴染みがあるんだ。

 ある程度何をする場所か予想はできる。


 俺たちが、この里を初めて訪れたときにも聞いたんだけど。

 グリフォン族の人たちは、金属の加工ができないから、金物がないって話だった。

 けれど竈門の位置ははすぐにわかったよ。

 なぜならね、金属製の大きな炒め物や、煮物に使うと思われる鍋があったからなんだ。


 ナタリアさんたちが使う鍋とはちょっと違う形をしてるけど、それはおそらく、ここの人たちの手の形に合わせて作られてるんだろうね。

 勿論、この鍋を作ったのは誰かわかってる。

 間違いなく、グレインさんだろうね。


『ウェル様も驚かれてますよね。えぇ。私どもの料理は、鬼人族の方々と交流を持つ前は、鳥や獣の丸焼きが殆どでした。おかげさまで、料理の幅も広がり、食事の楽しみも増えましてその。……夫も喜んでいました」


 うん、ルオーラさんからも聞いてたから知ってる。

 テトリーラ(おく)さんの料理が美味しくなって、仕事を終えて家に帰るのが楽しくて仕方ないってね。


 ここが石造りになっている理由は、思った通り火災の対策。

 火を使うのは基本、料理をするときだけ。

 グリフォン族の人たちは、明かりをあまり必要としないとのこと。

 マナを目に込めると、暗い場所でも見通せるからなんだって。

 俺たちみたいに、明かりを必要としていないなら、部屋で火を点す必要もない。

 それなら、燃えやすい木材で作られていても、何ら問題はない、そういうことなんだそうだ。


『ウェル様と奥様。デリラ姫様が、こちらへお越しになることを想定した準備はあるんですよ』


 そう言うとテトリーラさんは、あるものを見せてくれた。

 それは、小さな箱。

 そこに複雑な紋様が刻まれていて、小さな魔石が嵌め込まれてる。


「あなたこれ」

「うん。魔法回路、だっけ?」

『えぇ。夜に細かい作業をする際、とても便利なんです。目と爪、両方にマナを通すことも可能なのですが、どうしても気が散ってしまいがちです。そのため、夜は木工細工をしないようにしていたんですね。ですがこの道具を使えば、小さな魔石でも、かなり長い間灯りを灯すことができるのを知り、とても驚きました。お陰様で、暗い部屋でも作業を続けられるようになったんです』


 実は俺も、クレイテンベルグに移る前は、知らなかったんだよね。

 あっちの王都のごく一部でしか、使われてなかったし。

 俺たちも普段は、油に灯りを灯してたから。

 その代わり、人間の国は石造りが基本。

 部屋の中に油で明かりを点しても、燃えやすいものを近くに置くなど、油断するようなことが無い限り、そこまで危険じゃなかったから。


『これまで、私たちの里でも、魔石の使い道がなかったのは秘密ですけどね』

「あたしたち鬼人族も、同じです。数年に一度、バラレックさんたちが来てくれたときだけ、換金させてもらっていただけですから」


『──あ、先生。……いえ、奥様。いらしていたんですね』


 声の方を振り向くと、そこには三人の女性がいた。

 その一人は見覚えがある。

 この人は確か、テトリーラさんの妹で、ケリアーナさん。

 最初に、フォリシアちゃんの脱走を監視するために、鬼人族の集落へルオーラさんと常駐してたんだったよね。


 ナタリアさんは最初ケリアーナさんに料理を教えてた。

 けれどそのうち、テトリーラさんにも料理を教えることになったそうだ。

 鬼人族でも、一番料理が上手だって言われてたくらいだし、ナタリアさんも物事を教えるのが好きだって言ってたからね。

 だからかな?

 ケリアーナさんはナタリアさんのことを先生と呼び、テトリーラさんは奥様と呼ぶようになったって聞いてる。


「ケリアーナさん。お元気でしたか? あたしのことは、いつも通りで構いませんよ」

『はい。ありがとうございます。先生もお元気そうで何よりです』


 そりゃそうか。

 クレイテンベルグへ移る前から、ナタリアさんは先生だったんだろうから。


『あら、ケリアーナ。もうそんな時分なの?』

『姉さんも一緒だったのね。今夜は姫様もご一緒ですから、少々早めに準備しようと思ったの』


 デリラちゃんがいるから、そっかなるほど。


「あなた。邪魔になるといけませんから」

「そうだね」

『あら、申し訳ありません。奥様とウェル様は、お部屋を用意しましたので、そちらでお寛ぎください』


 ケリアーナさんたちが、お辞儀をしてくれる。

 俺たちは、テトリーラさんの案内で、廊下を歩いていく。

 グリフォン族の人たちの大きさに合わせてあるからか。

 廊下も広いね。

 余裕ですれ違えるくらいだから。

 俺たちなら四、五人が並んで歩いても、余裕で通れるくらいだし。


「あなた。ここは本当に、良い香りがしますね」

「そうだね。俺たちみたいな石造りじゃなく、木で出来てるからかな?」

「えぇ、おそらくは」


 この族長宅へ来る前、下を歩いていたときも、まるで森の中を歩いていたように、気持ちの良い匂いがしてたんだ。

 ここはエルシーが言うように、マナが濃いだけでなく、こんな良いこともあるんだね。

 マナの濃さは、匂いでわかるのか?

 それとも肌で感じるのか?

 さっぱりよくわかんないんだけどさ、木の香りくらいはわかるよ。

 俺にだってね。


『こちらです。お食事の時間まで、ゆっくりお過ごしくださいね』

「はい、ありがとう」

「あ、ありがとうございます」

『では、私も家の掃除などがあるので、後ほど』


 テトリーラさんが部屋を出ていく。


 いや、凄いな。

 しっかり雨戸が閉められるようになってる、広く開いた大窓。

 そこからは、森の濃い香りと風が入ってくる。

 クレイテンベルグよりも高地にあるから、冷えるんだけどね。

 厚着をしてきてるから、そんなに寒くは感じないかな?


 木製の美しい造りをしたベッドが二つ。

 ふかふかの寝具も用意されてる。

 全てが真新しい、誰も使ってない感じがする。


「あなた。もしかしたら、あたしたちのために」

「うん。用意してくれたんだろうね。ありがたいと思う」


 ベッドも寝具も、ナタリアさんのために用意されてる、姿見もそう。

 テーブルから、その上に載せられてる水差しまで。

 グリフォン族の人たちじゃなく、俺たちの身体の大きさに合わせて作ってあるとしか思えないからなんだ。

 いつ俺たちがここへお邪魔するかわからないのに、それだけのために用意されてるこの部屋。

 俺たちって、本当に大事にされてるんだって、改めて実感するよ。


「これもさ、デリラちゃんがフォリシアちゃんを助けたことから始まったんだんだよ」

「えぇ。あのデリラが」

「俺を見つけたのもさ、デリラちゃんなんだよね」

「そうですね……」


 俺たちは窓際に用意されてる椅子に座って、低い位置を飛ぶ、グリフォン族の人たちを眺めてたんだ。


お読みいただきありがとうございます。

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