第九十六話 烙印の変化? その2
『ウェル』
はいよ。
『デリラちゃん、テトリーラさんの背中に乗せたわ。楽しそうにしてる』
そっか、それは良かったよ。
俺がさ、部屋を離れられないからエルシーに見送り頼んじゃったけど、大丈夫そう?
『あのねぇ。デリラちゃんはもう、六歳なのよ?』
そりゃそうだけど。
『あなたが思ってるよりも、大人なのよ。信じてあげなさいな?』
俺もそう思ってるよ、勿論。
でもさ、最近前ほどべったりじゃなくなっちゃったんだよ。
『それが大人になった証拠なの。あら? ナタリアちゃんが、テトリーラちゃんに何か、お願いしてるわね』
きっと、やんちゃになったからって、お願いしてるんだと思うよ。
俺の見方と、ナタリアさんの見方は若干違うみたいだし。
『あらら?』
どうしたの?
『デリラちゃんがね、ナタリアちゃんにね』
うん。
『「まま、だいじょぶよ」って言ってるわ。ナタリアちゃんがね、ウェルのことを心配してるのがわかるんでしょうね』
そうなの?
『案外ね。ナタリアちゃんも顔に出やすいの。そこがウェルと似てるところなのよ』
うん。
デリラちゃんの『だいじょぶ』は、ナタリアさんからも聞いたことがあるよ。
直接その場にいてさ、耳で聞いたことはないんだけど、ナタリアさんが言ってた『遠感知』なんだね。
デリラちゃんにはわかってるんだよ、きっとね。
とにかく、お見送りありがとう。
『わたしもテトリーラちゃんに言伝があったの。だから気にしないで』
そう言ってくれると助かるよ。
――という感じに、デリラちゃんは朝ご飯を食べた後。
ルオーラさんの奥さん、テトリーラさんに乗せられて、グリフォン族の里に遊びに行くことになったんだ。
ナタリアさんがエルシーに『デリラちゃんにはあまり心配かけたくない』と相談して、エルシーもその方がいいだろうという判断を下してこうすることになった。
ルオーラさんが先に里へ飛んでもらって、話しを合わせてくれてるみたい。
テトリーラさんがデリラちゃんに提案する形で、遊びに行くことになったんだ。
今ごろはフォリシアちゃんと遊んでると思う。
エルシーと一緒にデリラちゃんを見送ったナタリアさん。
二人とも、俺のいる部屋に戻ってきたんだけど。
「ウェル、あのときの烙印よね?」
エルシーは、俺の首元に伸びてる代物を一瞥して、あっさりと言い切った。
「うん。あのときのままだと思ってたんだけど」
俺が隣のクレンラードで、勇者じゃなくなったときに刻まれた烙印。
「エルシー様。大丈夫なんでしょうか?」
ナタリアさんは、戻ってきてからずっと俺の傍を離れようとしないんだよ。
大丈夫だからって、言ったんだけどさ。
納得してくれないんだ。
デリラちゃんは出かける前に、『まま、だいじょぶよ』って言ってたって、その場から話してくれたエルシーから聞いたんだ。
きっと、ナタリアさんの表情見て、元気づけてくれてるんだと思う。
デリラちゃんの『だいじょうぶ』は、もの凄く安心できる強い力だって聞いてるから。
俺も大丈夫だと思ってるんだよ。
もちろん、ナタリアさんも信じたいと思ってるだろうさ。
でも、心配なんだと思う。
「あら? マリサちゃんが来たみたいだわ」
エルシーの感覚もかなり鋭い。
『さようでございますね、エルシー様。……大奥様と、大旦那様、それに珍しいお客様もおいでになったようです』
ルオーラさんも相当なもんだわ、……ってあれ?
珍しいお客様って誰だろう?
「ウェルちゃん。ナタリアちゃん。何があったの? ほら、さっさと来なさい」
「マリサさん。そんな言い方しなくても。ほら、彼は子供じゃないんだから」
母さんが誰かに注意してるような声。
母さんを父さん窘める声も聞こえてくる。
やっぱり、二人の他に誰か連れてきたのかな?
そう思って見ていた母さんの後ろに、真っ青な表情したバラレックさんがいた。
「……話しには聞いてたけれど、大丈夫なの?」
母さん、凄く心配そうな表情をしてる。
「あ、母さん。父さん。バラレックさんまでどうしたんです?」
「全くこの子は。何きょとんとしてるのよ。みんな心配してくれてるのよ?」
事情を知るエルシーは呆れてる。
「あー、これのこと……。いや、別にね。痛くもかゆくもなんともないもんだからさ。あまり気にしてなかったんだけど」
「そう? 無理はしていないわよね?」
ずいっと詰め寄って、母さんは俺の首元を心配そうに見てる。
「大丈夫。俺は嘘言わないの知ってるでしょう?」
俺は本当に、母さんにはほとんど、嘘を言ったことはない。
十五の時に一度だけ、魔獣討伐でちょっとしたミスで怪我をしちゃってさ。
かっこ悪いって思っちゃったから、大丈夫だよって我慢して。
結局後からそれがバレて、すっごく怒られたんだ。
そのとき治癒をしてくれたコルベリッタさんも、かなり呆れてたっけな。
おまけに母さんにさ、泣かれちゃったもんだから、俺の方が困りはててしまって。
あれから母さんにだけは嘘を言うまいと、心に誓ったんだよ。
「それはわかってるわ。バラレック。調べはついたの?」
「――はいっ。……その、ある程度なのですが」
「それで、『これ』は何なの?」
「母さん、そんなに急かしちゃ」
「大丈夫。このためにこの子には好きにさせてるのだから」
この子って。
バラレックさんって確か、俺より年上だったはずだけど……。
なんていうか、ちょっと不憫だわ。
「ウェル陛下、ご無沙汰しております」
「いいって。いつも通りで」
「助かります。その肩の烙印ですが、『罪人の烙印』、『邪龍の刻印』など。様々な名で呼ばれていたという話しはあります。『数年で消える』と、ウェル殿もお聞きになっているかと思いますが。実のところは『数年で消えてなくなる』ものという説もありました」
「どういうこと?」
「あくまでも一説ですが。首元に伸びた二頭の龍は、口を開くように伸びていき。最後は口を閉じて、何かを食い尽くすような形でその役目を終える。首に届いたときに、宿主のマナを暴走させて衰弱の後に死に至る。そう伝えられている、呪いのひとつだとしかわかっていません」
呪いねぇ。
直接目にしたことはないけれど。
世には魔石でできた剣や槍じゃないと傷をつけることが難しい魔物も。
ナタリアさんが使うような、ものすごい魔法もあるんだ。
そりゃ、呪いくらいはあってもおかしくないでしょう?
「ウェル殿が追放されたあの日以降、小さな町へまで予め、ウェル殿の風貌や特徴を、細かに通達されていた。魔法回路を記した紙で判別できるようになっていることまで、情報が伝わっている事実から考えるにですね」
「うん」
「あの姉妹も騙されていた、そう考えるのが普通でしょう。ある者たちからは、ウェル殿がどうしても邪魔だった。そのために使われていたこの致死性が高いといわれる呪い。最初から貴方を亡き者にするべく、仕組まれていた。そう考えるのが妥当だと思われるのです」
「なるほどね。でも俺は、死んでなかった。結果的に、魔獣に食われちまったあいつの、予定が狂っただけ。そういうことだよね?」
食われたやつは、隣の国の元騎士団長。
手を貸した、地図を書いたと思われるのは、その生家と考えるのが妥当か?
「はい。おそらくは――」
「ぬぁんですってぇ?」
あ、母さんが切れてる。
ナタリアさんが俺の腕にしがみついてびびってる。
うん、すっごく怖いでしょう?
わかるよ、俺も怖いもの。
「バラレック。あの家の者たちの動向は掴めているのでしょう?」
「はい。一応は」
「教えなさい。私が話しをつけてくるわ」
「マリサ。落ち着くんだ」
「だってあなた。このままだったら、ウェルちゃんが、死んでしまうかもしれないんですよ? 消し方だってあるはず。すぐに消してあげないとウェルちゃんが……」
「マリサちゃん。落ち着きなさい。母親が狼狽えてはいけませんよ?」
ぴしゃりとエルシーが諭す。
「は、はい。エルシー様」
「あくまでも『それ』はね。ウェルが『ただの人間だったら』のお話」
ほらきた。
「わたしが、たかが呪い程度で死んでしまうような子に育てたと思うのかしら?」
結局そこに、話しを持って行くんだよ。
「マリサちゃんや、クリスエイルさんのような普通の人だったらもしや、……ということになるかもしれないけれど。この子は大丈夫。わたしが育てたんだもの。十九年見ててわかったでしょう? この子の異常さを?」
「はい。それは十分にわかっていました」
ちょっと待って。
母さんもそう思ってたってこと?
「ナタリアちゃん」
「はい」
「もう、試したんでしょう?」
「はい、その。駄目でした」
「そうよねぇ……。ウェルのそれは痣のようなものだから、ナタリアちゃんの治癒の魔法でも消えたりはしなかったんだと思うわ。もしかしたら反対に、ウェルが烙印の呪いの効果を食い尽くしてしまったのかもしれない。どっちにしてもね」
烙印のおかげで、人間のいる領域に居場所がなくなって、魔族領へ行くことになって。
結果的に、ナタリアさん、デリラちゃんと出会うきっかけになったんだけどさ。
「あのまま。飼い殺しにでもなってたら、ナタリアさんとデリラちゃんに出会うことはなかったんだ。ナタリアさんと一緒にならなかったら、父さんと母さんの身体も癒やすことはできなかったと思う」
「あなた……」
「それにさ、これが俺に使われて良かったと思うよ。もしさ、俺じゃなく母さんに使われたとしたら。大変なことになってたと思う。そうだよね? エルシー」
「えぇ。そうね。勇者だったマリサちゃんも、称えられていた反面、恨みも買っていたのは間違いないわ。ウェルと同じように、わたしが見てきたんだもの。マリサちゃんに使われなかったのはきっと、クリスエイルさんに嫁いだからだと思うわ。彼が病弱だったから、影響は少ないと思われたのかもしれないのだけどね」
「エルシー様……」
「ウェルはね、とにかく運が悪かったの。あの小娘たちと同じ世代に生まれてしまった。騎士団長だったあの男の、恨みを買ってしまった。マリサちゃんより、弱く見えてしまっていた。きっと、そうよね?」
「あのときは、そうかもしれないね」
俺は改めて、手鏡で肩から首に伸びる烙印を見てみた。
こうしないと、見ることもなかったんだよね。
今日まで気づかなかったくらいだから。
「でもこいつがさ、いつ消えるかわからない。ずっと消えないかもしれない。でもいいんだ。こいつのおかげで、今こうして、皆と一緒に居られるんだ。ナタリアさんと母さんを驚かせて済まないと思ってる」
「そう思えるようになったのは、ウェルも大人になったってことだと思うの」
「あのねぇ」
「それにね」
エルシーが俺を見て、面白そうに笑うんだ。
「魔族の王。魔王らしくて、いいじゃないの?」
「結局それかい」
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