第九十四話 ぱぱの新しい仕事。
――ここをこうしてもう少し細く、じゃないと材料が……。
ん?
何をしてるかって?
空魔石を加工してさ、装飾品を作ってるんだよ。
デリラちゃんが六歳の誕生日を迎えて、十日ほど経ったあたりだったかな?
俺は何故かね、自分の工房を持つようになってしまったんだ。
この城が出来る前に、とてつもない数の魔獣をまとめて討伐した日以来。
俺が討伐に出たのは実に一回だけ。
ライラットさんたち勇者の成長も著しくてさ、今のところ、彼らでは危険と思われる魔獣の出現は確認されていないんだ。
勿論、グリフォン族の人たちの協力の下、上空からの調査を含めてだよ。
何かあったらすぐにでも飛んでいけるように、準備はしてるんだけどさ。
俺にはほら、街道沿いの農園つき住居の造成作業もあったから、まだやることがあったんだけどね。
それがある程度見通しがついてしまって、俺のやることがついになくなったんだよ。
鬼人族や領都にいた家を建てる職人さんたちの、仕事を取り上げるわけにもいかないし。
材料費はほぼタダだけど、空いてる土地へ無制限に家を造るわけにもいかないから。
昨日、父さんたちとの会議の結果、俺の仕事がなくなってることがわかったというわけ。
父さんはさ、『ウェル君が暇なのは、国が平和な証拠だよ』と笑って言うんだけど、一日ぼうっとしてるのもなんだかなと思うし。
俺が部屋にいられる時間が増えて、デリラちゃんは始めの頃喜んでたけどさ。
それでも、強力を覚えちゃった彼女は、ひとりで遊び歩くことが増えちゃったから、あまりかまってもらえなくなった。
それでついに、暇になってしまったんだ。
ぱぱはちょっとさみしいかも……。
▼
いつも美味しいナタリアさんの朝ご飯を食べて、日に日に活動的になってるデリラちゃんにいってらっしゃいをしてさ。
以前と立場が逆転してるのは、考えないことにしてるけど。
ナタリアさんからは『たまにはゆっくり過ごしてください。あなたは仕事をし過ぎだったんです』って、慰められちゃってさ。
そもそも本をあまり読まないから、本が少ない。
そんな形だけの俺の書斎で、お茶を飲みながらぼうっとしてたんだ。
俺ってやっぱり、仕事のし過ぎだったのかな?
『ナタリアちゃんの言うとおり。長生きなのに、生き急いでどうするのよ?』
エルシーからも言われちゃってさ。
わかりました。
しばらくゆっくり考えますよ。
そんな感じで、『この先どうすっかなぁ?』って思ってたときだった。
執事のルオーラさんからお声がかかったんだ。
「――ウェル様。お客様がおいでです」
「あ、いいよ。通してちょうだい」
やることがない今の俺にとって、お客さんは大歓迎だよ。
「かしこまりました。ではどうぞお入りください」
ルオーラさんが開けたドアに、後から入ってきたのは見知った顔。
「ウェル陛下。今よろしいですか?」
「あ、バラレックさん。帰ってたんですね」
「はい。昨日ですが――いえ、そうじゃないんです。これ、姉様から聞いたのですが……」
バラレックさんが言う姉様とは、母さんのこと。
彼は母さんの、実の弟なんだよね。
バラレックさんが身振り手振りで力説するのは、先日俺が作った魔石の腕輪のことだった。
「あ、それね」
「あの見事な工芸品。陛下が作ったというのは、事実でしょうか?」
「そうだよ。グレインさんから聞いてるでしょ? 俺が、屑魔石の結合できるって」
「はい。聞いてはおりました。ですが、あれはその」
「何かまずいことでもあった?」
「いえ。領都にいる、装飾品の職人にも作れないほどのものでして、その」
「え? そうなの?」
「はい。当方の商会にも、問い合わせがですね。数多く入っているものですから」
「あー。そんなに多くは作ってないんだよ。ナタリアさん、デリラちゃん。母さん。エルシー。イライザ義母さん。あと、どうだっけ? 全部で十個は作ってないはずだけど」
たしかそれくらいだったはず。
「それでですね」
「うん」
「姉様が持っている腕輪に必要な魔石だけでも、金貨百枚では足りないどころか……」
「あー、こんな大きさで金貨一枚だっけ?」
俺は右手の親指と人差し指で隙間を作ってみせた。
金貨一枚あれば、数日仕事しないで暮らすことができる。
それだけの買い物ができるんだよね。
母さんの腕輪も、そんな大きさの屑魔石が百個――いや、その倍以上必要かな?
多分だけどね。
鬼人族の勇者さんたちの武具を作り終わっちゃって、魔石があまり気味になってたから。
あまり考えないで、腕輪を作っちゃったんだっけ?
「そうですね。その大きさの魔石で、魔法回路が一月動かせますので」
「あー、だからナタリアさんが最初驚いてたんだ。そんな価値になってしまうわけだね」
魔法回路で明かりをとってる場所も少なくて。
正直、魔石ってあまり消費することないからさ。
この国を創る前に、まとめて討伐したときに、かなりの量が集まってるから。
そこまで価値があるっていうのは、実感がなかったんだよね。
「はい。ですのでその。空魔石だけで作ることは、可能でしょうか?」
空魔石は、領都で消費したものも、かなりの数があるらしいんだ。
日の光に反射して、綺麗に輝くからって、装飾品の一部に使われる程度の使用量。
使い道も少ないことから、魔石の一分にも満たない値段で、安く取引されてるっていうし。
「うん。できるよ。たださ、野暮ったくなったりしないかな? 透明な空魔石だけじゃ」
「いいえ。そんなことはありません。継ぎ目のない、あの螺旋状の意匠。女性の間で噂になって然りな状態なんです。私たちとしましても、ぜひお願いしたいという――」
「あー、別にいいよ。俺今、やることないし」
▼
そんなことがあってさ。
グレインさんの工房の隣が空いてたから。
そこに俺の工房を置くことになったんだよね。
グレインさんとこで必要な分の、魔石の結合をするにも便利だし。
思った以上に、腕輪の問い合わせもあるらしくて。
在庫がない状態で、バラレック商会で注文を取るのは、商道徳に反するんだってさ。
ちなみに、空魔石はどこから集めたんだか、かなりの量をバラレックさんが持ち込んできてくれた。
でも彼には、魔石の再生ができることは黙っているんだ。
彼から聞いてこなかったから、多分、母さんも言ってないはずだからね。
えっと。
まずは屑魔石をごっそり置いて。
屑魔石のインゴットを先に作っちゃう。
これは魔石のときと、やり方は同じ。
それこそ片手間に、えいやっとできちゃうんだよ。
屑魔石全部をインゴットにした後は。
ここから細い紐のような形にしていくんだけど。
ナタリアさんに作ったときの細さが限界だったから。
あれと同じ位の細さにして、作業テーブルの長さにしていく。
ひたすら、ひたすら。
何本も、何本も……。
あ、この作業テーブル実は、俺が土から合成したんだ。
表面もツルツルさせてあって、作業がしやすい。
グレインさんの工房も、ダルケンさんの肉屋にも、同じような作業台を作ってあるんだ。
木製だとね、削れちゃうから。
鍛冶屋と肉屋では重宝されてます、はい。
「ぱーぱ」
あ、デリラちゃんの声。
「ん? どうしたのかな?」
「おひるなのっ」
俺が外で作業してないから、こうして呼びに来てくれるんだ。
仕事が終わる時間にもさ、迎えに来てくれるんだよ。
嬉しいったらないよね。
「あ、もうそんな時間なんだ。じゃ、お昼食べよっか」
「うんっ」
俺は両手を広げる。
するとデリラちゃんは、飛び込んできて、背中にするすると回り込み、あっという間に肩車。
強力を使いこなしてるんだよね。
恐ろしいほどの上達ぶりだってばさ。
▼
昼ご飯を食べ終えて、また作業に没頭。
二本の細い空魔石を、マナを込めながら螺旋状にくるくると編み込むように絡めていく。
そうこうしながら、ずらっと並んだ、螺旋状の腕輪になる材料。
「こりゃまた豪快な作業だね」
俺の背中から聞こえるのは、となりの鍛冶工房のおかみさん。
マレンさんだった。
「あ、こんにちは」
「いいよいいよ。作業を続けておくれ」
「あ、うんうん」
マレンさんの腕にも、イライザ義母さんと同じ腕輪がぶら下がってる。
マナを使って作業をする人用に、何個か作ったものの一つ。
「これ、助かってるよ。ほら、私らは、旦那が怪我をするじゃないかい?」
「あー。グレインさんなら火傷、するんだろうね」
「そうなんだよ。治りが早くて助かるね。まぁ、ライラットは若人衆の嬢ちゃんたちが治しちゃくれるらしいから、私の出番はありゃしないんだけどさ」
なるほどね。
若人衆にも、女の子が多数いる。
彼女らもある程度、治癒の魔法が使えるだろうから。
魔槍を振るう勇者のライラットさんは、女の子にも人気なんだろうね。
「ほらほら。手が止まってるよ。職人は口を動かしても、手は止めちゃいけないよ」
「いや、俺。職人ってわけじゃ……」
「全く、どの口が言うんだかねぇ? 誰がどう見ても、立派な職人じゃないかい? うちの作業台。あれを見せられたら、ねぇ?」
「あははは。精進しますよ」
「私が話しかけるのがいけないんだろうね。じゃ、楽しみにしてるよ」
「はいはい。グレインさんによろしく」
「あぁ。またね」
そっか。
腕輪が役に立ってるんだ。
嬉しいよ、実際ね。
さて、作業再開。
あらかじめ、複数の腕輪の大きさがお願いされてるんだ。
その周囲の長さに、屑魔石を揃えて切断していく。
これも、マナを込めるだけで簡単な作業。
両手で空魔石を持って、ゆっくり曲がるようにマナを込める。
最後に、四カ所の継ぎ目を結合させて、ひとつ出来上がり。
マナはあまり消費しないから、いくらでも作業が続けられるんだ。
あとはひたすらくり返し、くり返し――。
「ぱーぱ?」
「……ん?」
「ばんごはんなの?」
作業に集中してたからか、時間の過ぎるのが早く感じる。
「あ、もうそんな時間か。うん、ちょっと待ってね」
「あいっ」
明日の作業がやりやすいように段取りをし、後片付けをして工房を後にする。
デリラちゃんを抱き上げて、家路につくわけだね。
まぁ、城の中だから、すぐなんだけどさ。
デリラちゃんの腕にも、俺が作った腕輪が光ってる。
お気に入りみたいで嬉しいね。
勿論、ナタリアさんの腕にも同じ腕輪が光ってる。
そのうち、魔石だけの腕輪も作ってみて、試してもらおうと思ってるんだ。
あ、デリラちゃんはまだだよ。
いくらマナが多いらしいと言っても、まだ六歳だからね。
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