10話
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私の降りる駅まで時間にしてあと3分ぐらいで着くだろう。
彼からの返信はまだない!
私にジワジワと恐怖が近づいてくる。
短編小説を持っている手が小刻みに震えているのが自分でもわかった。
震える自分の手を見て余計に怖さが増してきた。
もう、返信を待っている余裕なんてない。
彼に電話をしてスグに駅まで来て貰おう。
車内も空席が、かなりの割合を占めているしドアの所で小声で話せば迷惑もかからないはずだ。
わざとあの男に聞こえるように駅まで来てよ、と言うのも効果的かもしれない。
私は同じページで止まったままの短編小説をカバンへしまい、立ち上がった。
ドアの所で携帯電話を包むように身体を小さくして帽子を被った男には背を向ける形で携帯電話の発信ボタンを押した。
プププ、、ププ、
私と彼が使う携帯会社特有の会社を特定する為の音が鳴る。
この後に呼び出し音が鳴るのだけれどそれまでの時間が
とてつもなく長く感じる。
携帯電話を持つ手というよりも身体全体が震えたままだった。
携帯を持つ手に一粒の水滴が零れ落ちた、私は知らない間に泣いていたのかと思ったが水滴の正体は額から垂れた汗だった。
いつからだろうか、私は顔にも身体にも沢山の汗をかいていた。
自分でも驚くほどの汗をかいていた事に更なる恐怖を覚えた。
私は今までに無いほどの危機的状況にいる
頭の中にある信号がそう伝えている。
プルルル、、プルルル、、
携帯の発信音がなり私は我に返った
汗だらけの手で携帯を耳に当てた
耳にも沢山の汗をかいていたが気持ち悪さを感じる余裕はなかった
早く。早く出てよ。
私は祈りながら携帯を強く握っていた
私はいったいどんな顔をしているのだろうか?
恐怖に怯えた顔なのか、泣き出しそうな顔なのか。
まだ少しだけ私にも余裕があったのか、ただ偶然に目が止まっただけなのか。
私の目に隣りの車両にいる20代前半位の少年が移り込んだ。
私が恐怖に怯えた物凄い顔をしていたからか
泣き出しそうな顔が心配だったのか
少年が私の方に目を向けていた。
もしかしたら少年に話しかけられたら、この恐怖から抜け出せるかもしれない。
私は私も気がつかない所で周りにSOSのサインを出していたのかな?
でも、少年の表情は心配をしている顔とは少し違っていた、どちらかと言うと嫌なモノを見る目に見えた。
なんで?
なんでそんな目で私を見るのだろう?
私は今、かってない恐怖に怯えていて彼に助けを求める為に電話をしているというのに。
そう思った時にある言葉を思い出した。
電車の中で話すなんて軽犯罪みたいなものだよ
そうだ、私が携帯電話を耳にあてている事をよく思っていないからだ。
だからあんな顔で私を見ているのね。
でも私はたった一言、
「すぐに駅に来てお願い」
それだけは伝えたかった。
気がつくとさっきまで聞こえていた発信音が聞こえなくなっていた
私は咄嗟にもしもし、もしもしと大きな声を出していた。
しかし彼からの返答はない。
なんで?
私が慌てて携帯を見ると携帯電話はぷつりと電源が切れていた。
通話が切れただけでなく、電源が切れ、ただの鉄の塊になっていた。
放心する私の頭の中では以前に聞いた不思議な能力の事が壊れたラジカセのように何度も再生されていた。
「神様は皆に平等なんだよ。」
「老若男女関係ない。」
「日本だけでも10人はいるかもね。」
「一気にパニックでしょ。」
「悪い奴がもってなければ良いよねー。」
悪い奴が、、
私は目の前のドアが開いた事で悪い夢から覚めたように
震える手を強く握りしめて、電車内から駆け出した。