クーラーのついた部屋でだらだらと過ごしている者達に告ぐ
ああ、なんて太陽の機嫌がいいんだろう……。
リョウは手をうちわ代わりにして仰ぎながら、雲一つない青空を半ば放心状態で見上げた。ちなみにリョウとは漢字で涼しい、と書くというのは余談だ。
「リョウ、ちょっと、あんた白目向いてるわよ?」
大丈夫なの、と眉間に皺を寄せながらレイは首を傾げた。しかし、目はリョウに対しての同意を表していた。「そりゃあ、こんだけ暑い中に四時間もいたら、さすがにそんな状態にもなるわよね」と、物語っていた。ちなみにレイとは漢字で冷却の冷である、ということも余談である。
無事な彼女をちらっと見ると、なるほど、彼女は膝裏に保冷剤をくっつけている。すでに、完全に溶けてはいるが。ずるいぞ、などと言ってられる立場ではない。忘れた自分がバカなのだ。
「こうらあっ! そこ、ちゃんと話を聞いているのかね?」
そこ、とは多分僕と彼女のことだろう。もろに彼の指がこっちを指しているのだから。
僕と彼女が同意の印に頷くと、彼はしばらくこちらを丸眼鏡越し見つめていたが、よろしい、と言ってまたスピーカーに口を近付けた。
「さて、だから、ともかく、私はクーラーのついた部屋でだらだらと過ごしている者達に告ぐ!」
そう言って、彼の演説はまた始まるのである。
地球は、今から数えて約八十年前あたりから、地球温暖化が急激に進んできた。今となっては、もはやクーラーの設定温度を二十八度に設定している家なんてないだろう。だって、今更もう手遅れなのだ。もっとも、演説中の彼のように扇風機をこよなく愛する者は別として、だ。
彼は扇風機と同じように地球も愛しているのである。
よって、リョウやレイなどまだ地球にいるわずかな人類が、こうして毎日のように呼び出され、彼の演説を延々と聞かされているのである。
その演説の、長い事と言ったら!
日によっては、十時間以上喋りつづけることもある。
しかし、誰も彼に抗議しようとはしない。彼に抗議をする気力は、全て暑さに吸い取られているからだ。
「つまり、私はクーラーのついた部屋でだらだらと過ごしている者達に告ぐ!」
今日で何回目のフレーズだろう。そう考えていると、隣に座っていたユキが「もう百八十七回目だ……」と呟いているのが聞こえた。そうか、この台詞も今日は百八十を越したか。ちなみに、ユキとは漢字で書くと雪となるが、これは余談である。さらにつけたすと、この残された多分最後であろう人類の名前はみんなどこかしらひんやりとしている。両親が、名前だけでも涼しいものをとつけてくれるからだ。
「最後に、クーラーのついた部屋でだらだらと過ごしている者達に告ぐ!」
彼が記念すべき百八十八回目のフレーズを言い、それに相応する扇風機の素晴らしさをたらたらと話した後、リョウたちは釈放された。―――かと思ったのはとんだ間違いであった。
「P.S.クーラーのついた部屋でだらだらと過ごしている者達に告ぐ!」
長いP.S.はその後十時間にも及んだ。
今日もまた、数人の人類が倒れていった。
まさしく、人類は地球温暖化よりも、滅亡の危機に陥っていた。