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ソラミミ  作者: k_i
第1章
3/46

1-3.パレード潰しの日

 次の日の昼前に、草里は四副(しぞえ)さんと(こおり)さんを連れてきた。

 四副さんは同じクラスだけどあまり話したことないし、草里と仲が良いとも思わなかった。郡さんは隣のクラスで、草里から確か幻斬りの成績がけっこういいだとか聞いたことのある子だ。今日は三人とも、学園で支給されているピエロ斬りを背負っている。

 わたしは、丸腰。草里があなたは小象に言い聞かせるのに専念してくれればいいと言ったからだけど。

 いざ、パレード潰しへ。

 

 峠の道を、草里の家や他にも人家がまばらにある方向とは逆に向けて上っていく。家も木も何もなくなってくる。雲の流れもなくなる。

 黙々と歩く。

 前を、草里と郡さんが歩く。郡さんはどこか緊張した様子だし、草里は何も言わない。郡さんのことはあまり知らないけれどもともと、あまり喋らないタイプに見える。短い黒髪。背が高く、クールな印象を受ける。わたしは四副さんと並ぶ形で後ろを歩いていた。明るい栗色の髪の毛を結ぶデカリボンが、彼女の頭のてっぺんで揺れている。終始何も考えていないようににこやかで、「緊張しない?」と聞くと「あははっー、そうだね」と返事があって会話はその一度きりだった。

 わたしたちの後ろに、小象がいる。しっかりと、ついてくる。

 

 段々峠の高いところに来て、どこか空気が薄く、色も薄くなってくる。そろそろ頂だろうか。

 だだっ広いところ。ここはもう、この世界と、世界ならざるところのあわい。

 色が薄れて、大地と空との境がもう見えない。白の地平を歩くわたしたち。

 その高いところや遥か遠くに何かがぽつぽつと前へ前へと歩いているのが見えている。進むにつれ、段々はっきり見えてくる。明るい音楽も、かすかに聴こえている。パレード……だ。うわあ。もしかしてもう近くにもいる?

「いる……」

 草里の声が違っている。明らかに緊張している。

「そ、草里? ねえ何なら、やめようよ。無理だよ。この象だってまだ一昨日来たばっかりだよ。役に立つかどうか……ねっねえ。もうちょっと練習みたいなことしてから、来ればよかったよ」

「ここまで来て恐がってんじゃないよ。それにもう、領域に入った。やつらが持っている鍵を奪うかくすねるかしないと戻れない」

「えっ……は、はあ?」

 授業で習ってるだろ、聞いてないのかあんたはいつも昼寝してるもんな、と草里が苛々を募らせてぶちまけてくる。

「いいか。もう、わたしたちの真後ろに一個パレードが来ているんだ。音楽が聴こえるだろ」

「げっそんなっ」

「振り向くな」

「なっなんで……」

 ちらりと横を見ると、四副さんは相変わらず笑っている。

「し、四副さんはパレード潰しは上手?」

「えっ。したことないよーでも大丈夫なんじゃない」

「そっそんなっ、こ、郡……さんは?」

「……授業で」

「ほ、ほんと。じゃあ勝手はわかるのね」

「授業で習ったことがある」

 怒ったように言い捨てられた。

「そんなあ……ちょ、ちょっとこれやばいんじゃ」

「テンパってんじゃねえ。わたしはパレードなら二、三個潰したことがあるんだ」

「わ、そうだった。やった! さすが草里」

「こんなにでかくはなかったが」

「え……」

 三人がほぼ同時に、ピエロ斬りを抜いた。小象が、ぱぽーとラッパを吹く。始まった……振り向いた瞬間、まだかなり後ろにいたパレードが一気に近づく。

「いいかソラミミ。小象にだけ集中しろ」

 草里が真っ先に前に出る。

「郡はわたしの動きを補佐、四副はソラミミがやられないようにしろよ」

「やられないようにって……いやだよ、パレードにやられるなんて!」

 うわっ。

 ピエロだ。いる、いる。白と赤二色の衣装に身を包み楽しそうな笑顔。踊っている。たくさん……こんなに、斬れるの? それに、その後方に、かすんで見えた。象だ。パレードの象……大きい。こんな小象、一飲みにしてしまうくらいに。

 草里がもうパレードの真っ只中に飛んでいる。

 草里は紙を切るようにぱさぱさとピエロを切り開いていく。なんて鮮やかなんだろう。

 死んだピエロは尚踊るようにして舞ってくる。

 切り開かれたピエロのなかに、色んな風景や模様や色が見える。そのほとんどは、曖昧ではっきりとしない、景色とも言えない景色で、色とも言えない色で……はっ。そのなかの一つに、宝石の輝きが見えた。ピエロの死体のなかにわたしは手を伸ばす。内臓の感触。だけどたまらない快感がわたしを抉る。曖昧な色が目の前に拡がる。宝石、どこだ…………

「ソラミミ! 何だ。何をしている」

「えっ。だって、こ、ここに宝石が」

「なんだって。く、今そんなことをしている場合か!」

 草里がわたしの身体を持ち上げる。

 はっ。そうだった。取り込まれるところだった。これは、罠か……でもさっきのは本当に……

 草里はまた、随分先に飛んでいる。

「あ"っ」

 ひしゃげた声。

 隣。四副さんが、蹲っている。

 えっ。見ると、四副さんの足元に四体の小さな太っちょピエロがいて、四副さんのひざから下がふうっとずれたかと思うと、それを二体ずつがかかえて嬉しそうな顔しながら持ち去ってしまった。

「そ、そんな嫌。草里……どこ」

 声に、ならない。

 それからまたどこからともなく小デブなピエロが出てきて、四副さんの手首をぷっさりと切り取って、鼻の頭に引っ付けたり、頭のてっぺんのデカリボンに結び付けたりしている。皆皆笑っている。ああ、そう、それは楽しそうに。

 四副さんはもう、あ"・あ"・あ"とかも"・も"・も"とかよくわからないひしゃげた声を漏らしつづけるばかりで。

 ピエロたちは四副さんの服をぺらぺらと破って身体のあらゆる色んな出っ張りをすぽすぽと引っこ抜いて楽しそうに去っていく。ああ、うわあ。四副さん……

 わたしは彼女のピエロ斬りを見つけてそれで彼女を助けられないかと見渡したが、すでにピエロ斬りもピエロの手に渡っており、それをピエロは五人がかりでエイヤっと振り回して四副さんを切り開いてしまった。彼女のなかの見てはいけない秘密だとか過去だとかが惜しげもなく景色として拡がり始める。

 うわ。うわあ。やめて、やめてあげてよ!

「草里! 草里! 来てよ! どこにいるの!」

 わたしは逃げるようにもがくが、纏いつく重い水のなかを泳ぐみたいに、進まない。辺りはすぐに暗くなり、小さな星のような点滅が辺り一面にちらついている。ピエロの笑い声とあ"あ"あ"も"も"も"という気持ちの悪い声が混ざって一緒くたになってわたしの頭のなかに流れ込んでくる。

 ピエロが見ている。わたしを見ている。

 パレードにやられるなんて、ああいやだ。

 シュン、と一閃が閃き、うはー! という叫びともとれぬ声をあげて、紙きれのように破けたピエロがぺらぺらと舞ってくる。

 また、シュン、シュン、と閃きだけが暗がりのなかで舞う。その度、うはーうはーと言って紙きれのピエロが舞い散る。

 草里? これは、草里のピエロ斬り? 草里が、どこかで斬っているの?

 わたしは、はあっと息をして白い地平に倒れこむ。たくさんの紙のピエロが積もっており、更に降り積む。もう、閃きは見えないけど、シュン、シュン、という音だけはまだ響いている。

 わたしは自分の身体を確認した。無事……だ。どうやらどこもどうにもなってはいない。周りに、四副さんも郡さんも姿は見えない。ただ白があるばかり。

 はらはらと、破れて舞ってくるピエロ。

 一つ手に取ると、それは全く紙でできたピエロだった。紙の破けたところからは内臓が絵として飛び出ている。この紙のピエロは確かに死んでいる、殺されているということが表現されている。これが、ピエロの死なのか。これが草里のピエロ斬りなのか。

 わたしはへたっと座り込んでその風景がいつまで続くものか、ぼうっと見ていたが、ふと、ピエロの堆積の横に落ちている一枚の紙に目をやると、それは四副さんだった。さっきピエロに服を脱がされ、身体の色んな部分を除去されひどいことに手首を鼻や頭のてっぺんに取り付けられた裸の四副さんの、死体の絵だった。小さな絵のなかで、四副さんは死んでいた。

「これって……し、死」

「ソラミミ!」

 やっと草里の声が聴こえた。

 

「何をしている、象を、象を出せ! 何のためにおまえを、象を、つれてきたんだ!」

「はっ」

 象は。小象はどこ。無事なの?

「ああ、あなたずっとここに……?」

 小象は、わたしの後ろに、まるで動かぬ模型の象になったように、そこにいた。いや、これは……象じゃない。紙でできた模型の象だ。紙が破れて、デブのピエロがぴょこんとおどけた顔を出した。コンニチワ!

「いやあ」

 わたしの小象を、こんなにして。許せない。わたしは、四副さんの落としたピエロ斬りを掴み取り、ピエロに斬り付けた。斬れた……思いがけず。

 切り開いたピエロのなかから、長い鼻がひょこひょこ出てくる。

 えっ。

 わたしはそれを引っ張り出す。小象が、ぱぽーと雄叫びをあげて出てくる。

「よかった……どうなってるの。無事、ね」

 小象を、抱きしめる。傍らに、草里が降り立つ。

「やっとか。よし山場だな。ピエロはあらかた殺した。あとはおまえの象がパレードの象に勝てるかどうかだ」

「そんな……勝てないよ!」

 ぱぽー。だけど小象は一直線に、ピエロの紙屑を蹴散らしてこちらにのっしと向かってきている巨象に向けて突進していく。その姿はあまりに、無邪気で――

「ああっ象。だめ!」

「よし行け」草里は叫ぶ。「あいつを倒せば、このパレード潰しは成功だ。この成果はでかいぞ!」

 くしゅん。

 小象は、パレードの巨象の足の下に入って次の瞬間にそんな音を立てて、潰れて消えた。

 ああっ……あ……。

「ちっ。だめだったか」

「そんな……あんまりだ、こんな、あんまりだ……」

「ソラミミ。行くよ。鍵はすでに取ってある」

 草里の手のなかでチャリン、と黄色の鍵が廻る。

「はっ。草里……じゃあ、小象をみすみす行かせる必要はなかったじゃないの」

「もう言うな。これはまだまだ実験だったんだ。象ならまたソラミミがつれてこればいい」

 そんなっ……

「行くぞ」

「そうだ。四副さんは……それに、郡さんは?」

「郡なら、少しだけ先に帰らせた」

「ほ、本当でしょうね……?」

「ああ」

 わたしはさっきの紙の四副さんを探した。周囲の紙屑は近づいている象の風圧に流されて散らばっていく。

 象が来る。わたしの小象を踏み消した巨象。

 草里がわたしの背中を掴んで、鍵を廻した。

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