夢~アニムスと白い階段~
明晰夢。それは確かに明晰夢と言った。
自分が今夢の中にいるという感覚。確かにある。
いままで見たことなんてなかったのだが、確かに私は今夢を見ていて白い階段の前に立っている。階段だけではない、ありとあらゆるところが真っ白であまりの眩しさに目が眩む。
「なんでこんなところに」
呟いた声が虚しく響く。何回か自分に起きろ起きろと語りかけてみたがいつも目覚ましを大音量にしてやっと起きるような私のこと、全く起きる気配がない。
この階段を登ればいいのだろうか。よく辺りを見渡した結果、驚くべきことに気がついた。
「ここ、階段を登る以外に道がない」
ちょっと分かりにくいだろうが、まるで行き止まりなのである。階段とこの白い壁に囲まれたこの場所しかないのである。ああ、困った。この長い階段を登るなんて、と溜め息をついたが、そんなことをしたところでどうにかなるわけでもない。
諦めて階段に右足を乗せた時、少し先の踊り場に黒いマントをはおった青年が背を向けて立っていたのである。急に現れたのでもちろん私は驚いて、目を見開いた。が、よく考えたらこれは所詮夢。何が急に現れようが関係ないはずなのだ。はず。
しかしまあ、なんという現れ方だろう。頼りになりそうなので青年に話しかけてみる。
「あの、すみません。ここ、何処ですか?」
「……」
答えはない。ただ、顔だけ振り返ってくれたが。
…この反応だと、どうやら、知らないか教えたくないかなのだろう。どっちにしろ、分かりませんとか教えられませんとか言えばいいのになあ、とか思ったり思わなかったりで。ちょっと不親切だな、なんて。
青年の顔は、マントにフードというか何とも言えない、表現しづらい黒い布の影になってあまりよく見えなかった。ただ、なぜだろう、青年の眼光は分かるのだ。冷たく貫き通すようで、でも強い意志を感じるというか、導いてくれそうというか。極めて理知的な澄んだ目をしている気がする。
とかなんとか思っていたら、青年が青年の口を指さす。……あ、口をきけないってことなんだろう。なんでわかったのかはさっぱり分からないけれど、やっぱり、自分の夢なんだからなのか。
ついてこいと言わんばかりに、私に再び背を向け、階段を登り出す青年。その後ろ姿に少し胸がドキリとしなくもなかったが、流石に夢の登場人物なんかに恋をしてたまるかなんて。なんていったって恰好悪い。私も無言でついていく。
しばらく登れば、階段が二つに分かれた。青年は右を選択しただひたすらに登り続ける。もう一つの道もきになったけれど、青年に置いてかれそうで怖くなり足を進める。
唐突に青年が振り向く。そして私――ではなく私のさらに後ろを睨んだ。あまりの迫力に驚かされる。忌々しげに舌打ちをすると、私を見つめた。急げ。早く登れ。逃げろ。というような眼だった。一、二秒も経たなかった。青年は――消えた。すっと。現れた時と同じように。
「待って! 行かないで!」
私の願いともとれなくない叫びは届かなかった。
青年が消えた瞬間だ。心細さと、連れ去られそうな恐怖が、私の頭を支配する。なにか、来る。手足が痺れる。しかし、逃げるためには走らなきゃならない…あれ、何から逃げるのだろう。分からない。分からないけど、でも青年が消えた今、身の安全は保障されてなんかいない。いや、もともとされてなんかいなかった。
走れ。声が聞こえた気がした。階段を駆け上がる。そういえばさっきから後ろだけ寒い気がする。怖いって。後ろを振り返れば、黒い人影。嫌だ、来ないで、どっかに行って。気持ちの悪い黒すぎる手をまるでゾンビのようにだらしなく両手を伸ばし、私に迫ってくる。捕まるわけにはいかない。頂上が見えた。どうやら外に通じているようだ。早くあそこまで行こう。
今気が付いたのだが、全く疲れていなかった。あんなに登ったのに。じゃあ、と全速力で走る。登る。ああ、あと5メートル…。
外へ出た。頂上は空中。気付いた時にはもう遅かった。私は、踏みとどまろうとしたのに。跳んだ。そして堕ちていく。空は青く透き通っていた。ああもう、私死ぬんだ……というか夢なのに死ぬわけないじゃないか。なんてリアルな感覚だろう。頭から落ちていくこの感覚、空気の流れ、落ちるごとに加速されていく私の身体。そこに急にファンタジックな演出がかかった。身体が金色の光に包まれ、流星の如く流れ落ちる。なんだい、一体。
そこからなぜか青年の姿が映る。青年は足から落ちていた。まるで立っているみたいに。これ物理的におかしいよね? なんて考えは捨てることにした。
青年は何かを唱えた。なんだこの人ちゃんと話せるじゃないか。
舞台は暗転した。
目を開けたら、青年が私を見た。上から覗き込んできた。顔が見えた。整った顔立ちに、想像通りの理知的な意志の強い、そして空のように青く澄んだ瞳と、青年のマントと同じ色をした漆黒の髪が見えた。さよなら、と青年が呟いた、気がした。結局、言葉は聞けずじまいだった。さっきの呪文らしきものを、会話とするなら別だけれど。
私は本当に目を開けた。狭い部屋のベッドで。夢から醒めて。
そして不思議なことに、夢自体は完璧に覚えているのに、青年の瞳と髪以外の身体的特徴は全く思い出せなかった。
でも、きっと青年は――私のアニムス。
初作品です。表現、ストーリー共に稚拙ですがどうぞよろしくお願いします。
ちなみにアニムスというのは、簡単に言ってしまえば女性の夢に出てくる理想の男性像のようなものです。
詳しく知りたい方は、「アニムス 夢」などと検索してみてくださいね。