闘争
「ぐぁあああああッ」
それは誰の叫びであったか。馬車に飛来した矢は、しかしてヴァーツェル一行に被害を与えることはなく、反対側の茂みに沈む。
そしてそこから、誰のものとも知れない叫び声が上がった。
「くっ、露見ていたのか!」
「お二人とも、伏せてください!」
矢が目前を通り抜けた瞬間の騎士と執事の行動は早かった。
騎士はすぐさま馬に鞭を打ち速度を上昇させながらも抜刀、左手で手綱を操りながら、襲撃に備えて右手の片手直剣をいつでも振りぬけるように構える。
執事は馬車内の二人に姿勢を低くするよう告げると、懐から細い杖を取り出し呪文を唱え、馬車を囲むよう防矢の結界魔術を発動させた。
護衛がこの二人だけなのは理由がある。大勢の護衛を連れていくほど襲撃に対しての備えはできるが、進行速度の遅れや人目に付くことで敵に情報を知られ対処されてしまう。よって少数精鋭で、かつ様々な条件を満たしていた二人が領主直々に選ばれたのだ。ドラゴンやワイバーンなどの飛龍系統、グリフォンやユニコーンなどの一級危険種には勝ち目がないが、高々人間の盗賊には後れをとることなどありえないのである。
「くっそ、ばれてやがった!行くしかねえ!」
「野郎ども!あの馬車ぶっ壊して滅茶苦茶にしちまえ!!」
「「うおおおおおおお!!」」
ヴァーツェル一行が防御を整えた後、一息遅れて矢が射られた側の茂みから8名の盗賊どもが飛び出してきた。ありあわせで継ぎ接ぎの多いボロ布服に頭部を守るバンダナ、各々の手には錆などが浮かぶぎらついた鉛の凶器が握られている。
それを確認した騎士は心の中で安堵した。その全員を一人で、さらに言えば無手で相手をしても無傷で勝てるであろうことが理解できたからだ。
それほど盗賊たちの挙動は拙く、戦いの本職から見れば子どもが過ぎた得物を振り回しているだけに過ぎない。つまり危険度は限りなくゼロであった。
(となると、注意すべきは先制の一矢を放った射手のみか・・・)
「バーンズさん、馬車を頼む」
「任されました!」
騎士は手綱を横にいる執事、バーンズに預けるとその場で立ち上がり跳んだ。
金色の髪が風に流され後ろへ靡く。それは騎士の強靭な脚力が成せる技、強烈な踏み込みで水平に飛んでいるように移動する特殊な歩法だ。
「まずは、一人」
右手の直剣を無造作に振りぬく一撃で、盗賊の戦闘を走っていた男の首を飛ばした。はねられた首が中空を回転しながらも、その口は未だ怒号を発せようとしており表情は怒りのままだったことから、死んだことに気が付かぬ間に切り裂かれたようだ。
「二人、三人」
振りぬいた状態から返す刃で一撃、そこから深く踏み込んでの刺突。たった数秒の間に三人の盗賊が無残に切り殺された。そこでようやく、盗賊たちは狩る側から狩られる側に回ってしまったことに気が付いたのだ。
だが、騎士の苛烈な攻めは止まらない。
悲鳴を上げさせる間もなく一閃。縦横無尽に動く刃が一つの軌道を描くたび、盗賊の数は減っていった。
そしてたった十数秒後、計八回剣を振っただけで襲撃してきた盗賊は全滅していたのだった。
何ともあっけない幕切れであった。