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騒動

 「いったい、何が起きているんだ?」


 男は自分の状況を把握できていなかった。

 その感情は焦りで埋め尽くされ、得体のしれない不安感が押し寄せてくるようだ。

 舌がざらつく。あまりの緊張感に、一瞬で口の中が乾いていたためである。

 

 「俺は・・・、ここは・・・、いや、そもそもなにもわからない」


 男の記憶喪失は度を越えていた。

 名前に始まり、男が今まで生きてきた記憶全てがなくなっているのだ。

 いや、なくなってはいない。思い出せないだけである。

 その証拠に、男はいま言葉を話せている。自我も形成されたままだ。これは男が成長するにあたって、確かに培ってきたものだということは理解できていた。


 それゆえに、今この状況は男にとって不可解なことだらけだった。


 「落ち着こう。こういう時は落ち着くことが大切なはず・・・。」


 通常、人は自分の理解不能な事態に陥るとパニックに陥り、錯乱など精神に異常をきたすことがあるが、男は冷静になることを選んだ。

 それは男の経験からか、咄嗟の思い付きなのかは誰にもわからない。しかし、男が冷静に考える間は与えられなかった。


 たびたび雲に隠れながらも周囲を明るく照らしていた二つの月が、このだだっ広い草原に男以外の影を映し出していた。

 数にして五つ。どの影も人の形をしていなかった。


 「シャアアアアア」


 鋭い呼吸音とともに、男に急接近する五つの影。その正体は夜の草原に出某するといわれている狩人、月の狼ルーン・ウルフだった。

 小規模な群れを作り集団で狩りをおこなう狡猾な種族で、一個体の能力も高く、人間の狩人たちですら気を抜けば一瞬で命を刈り取られてしまうような危険な存在だ。

 そんな獰猛な月の狼たちは、未だ動揺が収まらない男に向かって駆ける。その頭には獲物を捕らえた後に己の腹を満たすことしかなかった。つまり、この捕食者たちは油断していたのだ。

 丸腰で、しかも頭を抱えて焦燥している人間に後れを取るはずがないと、狡猾で知能がある程度働くが故の油断、それがこの捕食者たちの生死を分けることとなる。


 「ッ!なんだこれ!?」


 男の動きは見事だった。

 背後から駆け寄り、首を一噛みで食いちぎろうとした捕食者からの一撃を、目視せずに体を沈めるだけで回避した。そして、目標がいきなり視界から消え動揺する捕食者が頭上を越えた瞬間、そのがら空きな胴体を蹴り上げたのだ。

 まるで地面から一本の太い樹が生えたかのような安定感。男は左足を軸に、垂直に右足で蹴り上げていた。


 それは本人の自覚なしに、体が勝手に動いていたといえる。

 捕食者からの初撃を躱し、見事な一撃で葬った後に男はギアを上げたように加速した。

 一瞬で捕食者たちに広がった同様に付けこみ、二体の首を右足の回し蹴りでへし折ると、恐慌状態になりとびかかってた一体を半身になって回避、がら空きの横顔に掌底を叩き込み顔を破裂させた。

 

 そして、勝てないとばかりに逃げ出そうとした一体に背後から急接近し尻尾を掴むと上空に放り投げた。なすすべもなく落ちてくる捕食者が、自分の間合いに入った瞬間、目にもとまらぬ上段回し蹴りでその胴体を真っ二つに切り裂いた。

 たった数十秒の間に、男は人間の狩人たちですら手こずる獣を五匹まとめて殺したのである。


 「・・・この動き、俺がやったのか?」


 呆然とした表情で血だまりに沈む月の狼の死骸を見つめる男は、この一連の動きを自分がやったことに驚愕していた。

 まるで意識しないうちに勝手に体が動き、信じられないような強さで獣を殺しつくしたのだ。驚かないほうがどうかしている。

 やがて、男は考えるのを止めた。


 すっくと立ち上がると、狼の死骸を手に持ち遠くに見える森へ向かって歩き出した。


 

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