所謂ひとつのプロローグ
新規連載開始です。
御存知の方も居るかもしれませんが、この小説は「俺と私と“魔法の世界”」のリメイク的な何かです。全然内容違いますけども。
ですので、時々あちらに近い内容が登場しますが、気にしない方向でお願いします。
では、始まり。
しん、と静まり返る屋敷の廊下。
等間隔で並ぶ窓には、東からの日光が急角度で射し込んでいた。閉じられたガラス戸の向こうでは、夜明けと共に活発化し始めた小鳥達がちゅんちゅんとさえずり始めている。
貴族の屋敷そのものといった様を見せるその廊下には、しかし調度品の類は無い。
確かに床には生命を象徴するかの如く真紅のカーペットが敷かれているが、逆に言うとそれだけであり。強いて言うならば、歴代の主の肖像画が飾られている程度だった。
その厳かなる空間を進む、1人の姿があった。
光を反射する黒髪を肩口程で切り揃え。真っ直ぐ前を見据える心成しか目尻が上がった、黒く鋭い眼光。
襟元から膝先程度までを覆う、清潔感を全面に押し出した純白の前掛け。
汚れが目立たぬ様に黒染めされた、踝に届く程のロングワンピース。
両腰には仕事道具が入っているのだろうか、ポーチを下げており、周って背中側には前掛けから伸びる白の帯が後ろ腰で大きな蝶を形作り、唯一の装飾としていた。
細部こそ異なるものの、大雑把に見ればその格好はメイドと呼ぶに相応しい出で立ちの女だった。
廊下を黙々と歩き、身体を前へと押し進める両足でスカートが跳ね上がら無い様、両手を腹前に揃えて歩む姿は確かに従者然としているものの、いっそ主人であるかの様な威厳すら漂わせていた。
そんな彼女は等間隔の拍を以って歩み、目的地たる一室の前で足を止めると、戸を叩いた。
「お早う御座います、朝のご挨拶に参りました」
しかし返答は無い。
一拍置いて「失礼致します」と続け、音も無く扉を開き、部屋へと入る。
後ろ手に扉を閉め一礼、窓辺へと足を進める。しゃっと音を立ててカーテンを開いて日の光を取り込む。続けて、窓を開いて新鮮な空気を取り入れた。
そのまま、流れる様にベッドへと近付き、
「お嬢様、そろそろ起床のお時間で―――おや、蛻の殻ですね」
中には誰もいなかった。それ以前に、布団は丁寧に畳まれて居る。
ベッドの上には丁寧に畳まれた寝間着が置かれ―――触れてみれば、既に体温も残って無い。随分と早くに部屋を出た様だ。
彼女は思う。
部屋の主は、昨晩遅くまで勉学に励んで居たので寝坊すると踏んだのだが、
……今日は―――ああ、成る程。兄君の所でしたか。
主の所在は分かった。それなら、この部屋に長居する必要も無い。
結論を出すや否や、素早く部屋の掃除を始める。右腰のポーチから小袋を取り出し、クズ籠の中身を移す。続けてポーチから取り出したハタキを持ち、部屋の隅々まで埃を落とす。とは云え、毎日掃除を欠かさない為に然程汚れてはいないのだが。
最後に寝間着やシーツ等、洗濯物を回収し、窓を閉めて部屋を後にする。
「――――さて。では迎えに参りましょうか」
ただ“陸”とだけ呼ばれる大陸があった。
両手の指で足りる程の数しか都市の無いその地の中央に、その都市はある。
他の都市の数倍の敷地を誇るその都市は、周囲を強固な二層外壁で覆った歪な二重円形。
その上で、南東方面には第三の防壁を構造の外壁で覆った、砦の機能を持つ都市。
城塞都市アルクシアと呼ばれるその砦の街は、
―――その戦いを思わせる名前に反し、本日も平和な朝を迎えた。