風呂上りの衝撃。
とすると――――
歌詞、かな。
あの歌詞の何がいけなかったのか……
修くんの心情を推測し、コミカルに思い浮かべてみよう―――
※悲劇のヒロイン風に
「あんな素晴らしい歌詞聞いて感動してたのに! 実はドラマの番宣見て適当に思い付いて書いただなんて! ひのきのバカ! 修くんマジがっかり!」
……キモっ!自分で思い浮かべておいてなんだが、修くんキモっ!
まあ、こんなアホな妄想はともかく―――
修くんがこんな風に考えていても、おかしくはないかもしれない。あくまで、俺の歌詞に感動していたこと前提だけれども。
俺はケータイを折り畳むと、目薬を差して目を閉じた。リラックスしたいときによくやる習慣だ。
……?
ふと、俺の脳裏に―――
修くんの俯き顔が、過ぎった。あれはたしか…新曲を聞いた直後、だったな。
あの時点ではまだ、歌詞の真相は知らないはずで…
あの俯き顔が、奥歯に何か引っ掛かったときのように、取れそうで取れない。
もう少しよく考えてみるか―――
『歌詞が気に喰わねぇ』
修くんはたしかそう言ってたな。無理矢理感動を誘うとしてる、とも。
もしかして―――
適当に創ったからとか関係なく、歌詞の内容そのものに問題が…
そのとき、俺のケータイから【オリオン】の新曲、【テンペスト】が流れ始めた。
要は、メール受信完了のお知らせだ。
まだ直接返事のメールをもらってない修くんではなく、里乃ちゃんかな? とか期待してしまうのが、悲しいかな片思いの男の性なんですね。致し方ない。
さて差出人は――――
……修くんでした。
「今から電話していいか?」
メールにはそう書いてあった。
電話? こんな遅くに?
不思議に思った俺だが、断る理由もない。すぐさま了解の返事を送った。
そして30秒程たった後、修くんから電話がきた。
「悪ぃな、こんな遅くに」
「だーいじょうぶだよ修くん! で、なんか話したいことあるんでしょ?」
電話越しじゃあまりわからないが、修くんの声は心なしか少し沈んで聞こえた。
「ああ。お前が持ってきた新曲のことなんだが…」
来たか、例の話。よーし! 納得のいく説明聞かせてもらうぞー!
「あの歌詞、俺が実際に体験したことにそっくりなんだよ」
耳に届いたのは余りにも予想外な言葉。無意識に息が止まり、なんのリアクションもできなかった。数秒後――――
「ちょ、修くんそれマジぃ? え、えーっと… 詳しくお聞かせ、願えますか?」
やっとのことで返事を搾り出した。少し震えていたかもしれない。
冗談でしょ? などとは思わなかった。修くんは冗談をあまり言わないし、電話越しにも伝わってくる真剣な声色だったからだ。
「俺が12月に、しばらく練習出れなくなるって言ったの覚えてるか?」
「ああ、アレね。モチのロンだよ。それがいったい…」
修くんは、去年の12月に、しばらく、春ぐらいまでになると思うが、スタジオ練習の回数を減らして欲しいと言われた。もしそれがダメなら、代わりのメンバーはちゃんと見つけるから俺をクビにしてくれ、とも言われた。
事情を聞かれたくない雰囲気だったので、俺も里乃ちゃんも詳しくは聞かなかったし、修くんがいない【Magnolia】なんて考えられない―――
何より俺は修くんとどうしても一緒にやっていきたかったので、修くんが元に戻るのを待つことにした。
修くんは音楽関連以外の自分のことをあまり話さない人なので――――
あくまで想像だが、家庭の事情か何かがあったのだと思っている。それも、財政的な。
修くんはたくさんバイトしているのに必要最低限のお金を使っているところしか見たことがない。かと言って、音楽機材にそれほどお金をかけている様子もない。おそらくバイトで稼いだお金は貯めているか家計に使っているのだろう。
何らかの理由で家計が春になるまで厳しくなってしまった。だから、修くんはバイトの時間を増やした――――
なんてのは、やっぱり俺の想像の範囲を出ないけれども。
結局、スタジオ練は月に1、2回しかやらなかったし、ライブも行わなかったが、3月からは元通りになった。
――その話がなんで今再び出て来るのか……
俺にはまったく読めない。
「あの頃、俺には―――大切な―――女がいたんだ。とても、大切な――――」
…女!? 嘘、修くんに?
浮いた話をまったく聞かない修くんだけに、何を言ってるのか理解するのに数秒かかった。理解しても、急転する話の流れについていけない。
「修くん、それどーゆー…」
「お前になら、聞かせてやってもいい話だ」
修くんはそう呟いて、「あの頃」の話を始めた。
本当は誰かに聞いて欲しい。そういう話し方だと、俺には思えた。