天使と2人で。(2)
「うーむ。里乃ちゃん。なかなか面白いこと言うねぇ」
高尾方面行きの電車に乗るべく、俺達は3番線ホームの階段を降りている。
「はい。普段は修さんがひのきさんの師匠みたいな感じですけど」
はい、ぶっちゃけそうです。
「でも修さん、よく言ってますよ。ひのきさんの才能は俺以上だ、うらやましいって」
「ほえ!?」
――っ!?
思わず間抜けなリアクションをとってしまったじゃないかいっ。
……修が? 俺のことを?
「いやいや~。冗談はやめてくださいよ里乃ちゃーん。俺が修くんより才能ある世界とか、パラレルワールド探し回っても見つからないからね」
そうそう。そんなの本当なわけがないって。
「冗談じゃありませんよ」
いつも通りの笑顔――
だが少しだけいつもよりハッキリした語気で、里乃ちゃんは俺の顔を見てそう言った。
「初めてひのきさんの歌を聞いたとき、こいつは大物になる、そう思ったらしいですよ。その分、ギターが許せなかったらしいですけど」
「すいまっせーん! ギター初心者であんな無謀なことしちゃったとかもはや黒歴史っす」
「でも、ひのきさんはギターもどんどん上手くなってるって。ひのきさんがいないときとか、よく褒めてますよ」
「え!? マジで!?」
「本当ですよ。10教えたら15くらいになるまで練習してくる、意外に努力家だ、とも。本人に言うとすぐ調子に乗るから、言うなって言われますけど」
「ごもっともです」
まさか修くんがそんな風に思ってくれていたなんて…
普段は厳しめの言葉が多いだけに、なんかこう…
心に、きちまったよ。
「私も、ひのきさんの歌とギター、大好きですよ」
その台詞にタイミングを合わせるように、ガタンゴトン音をならして3番線に列車が来た。
「え、す、すき!?」
「はい。大好きです」
(俺の歌とギターが)大好きです大好きです大好きです大好きです……
ちょ、え、ナニコレ幻聴? 俺の許容範囲を大幅に越える台詞が……
――冷静になれ、俺よ。コレは幻聴ではない。里乃ちゃんが現実に放った言葉なのだからな。
つまり――
喜んでオーケー!!
やべえ俺、今死んでも悔いないかも!
天にも昇るような気持ちで、俺は電車に乗り込んだ。
車内は思ったより空いていた。この車両には人が4人ほど見えるだけだ。先に俺が座席に座り、続いて里乃ちゃんが……
そして、気付く。
ガラガラに空いている車両だったのに、里乃ちゃんは……
俺の、真隣に……
ほぼ、ゼロ距離で……
――――ま、まじで?
ドキン、ドキン――心臓が派手にビートを刻む。
多分向こうは意識とかしてないんだろうし、客観的に見れば「それがどうした? 何勘違いしてんの? コイツ痛いわー」と嘲笑されるレベルの、些細なことだろう。しかし俺は、さっきの里乃ちゃんの発言もあり余計にドギマギしてしまう。
「い、いやー里乃ちゃん、さっきのありがたいお言葉、どうもっす……」
こ、言葉が続かない……
せっかくあんなに褒めてもらったんだろ! もっとほら……言うことあるだろ、俺よ!
ちょ、どうしよう――
「ひのきさん」
「ハ、ハイ!」
思わずかしこまってしまった。背筋がピンッと伸びる。
「さっきも言った通りですよ。ひのきさんのこと、頼りにしてますから」
頼りにしてますから頼りにしてますから頼りにしてますから頼りにし…………
「お、お、俺でよければ……い、いつでも! 頼ってくれてOKです!」
「じゃあ、そうしますね」
辛うじてたどたどしい言葉を搾り出した俺に、ニッコリと微笑む里乃ちゃん。電車の窓から差し込む光が、彼女の可憐さをよりいっそう際立てていた。
だからその笑顔……は、は、反則! 一発レッドなんだって!
何のジャッジの権限も持っていない俺が心の中で退場勧告を出しているとも知らず、里乃ちゃんは話を続ける。もちろん、笑顔で。
「もし、今日ひのきさんが聞かせてくれた新曲が【Magnolia】でできなくても…
ひのきさんなら、また良い曲作れますよ。だから、頑張って……いえ、一緒に、頑張りましょう!」
いつの間にか、電車は西八王子駅に着いていた。車掌のアナウンスなど一切耳に入って来ていない。
時間が経った感覚が皆無だ。楽しい時間は早く過ぎるというが今回は、実際に経った時間と体感時間の比が、過去最高に体感時間のほうが少なかった。
「それじゃあ、私はここで。さようなら」
「う、うん…また…ね…」
嬉しすぎて逆に素直に笑えない。
俺は引き攣った笑顔で彼女に手を振っていた。
そして――――
風呂上がり、自宅のベットなう。
……納得いかん!!
なんでなんでなんで
【生きて。でも、忘れないで】がボツなのだ!!
これは由々しき事態であるぞ!
俺は理不尽に堪えるためにストレス発散のはけ口として、ベットの上の枕をバンバン叩いたが、現在夜の11時半。隣の部屋で寝ているであろう妹の存在を思い出し、直ぐさまこの騒音生産活動を止めた。
そしてベットの上に仰向けになり、ケータイのメール画面を見つめ、「はぁ…」と深く溜め息をつくのだった。
あれから里乃ちゃんは説得メールを送ってくれたらしく、バイトで夜遅くまで働いていた修くんから返事が帰ってきたのは午後10時だという。ちなみに俺も修くんにメールを送ったのだが、返事はまだこない。なんでやねん。
そして里乃ちゃんに返ってきたというメールの、気になる内容は――
「すまん、あの時は熱くなりすぎたし言い過ぎた。……申し訳ないが、あの曲だけはやりたくねえんだ。ひのきにも頭下げて謝るわ。そんじゃあな」
という文面らしい。
――こいつはおかしい。
第六感ってやつがあまり発達してないと思われる俺だが、今回ばかりはこの予感は的中しそうだ。修くんには、‘何か’ある。ハイパー音楽野郎の修くんが、いつも的確なアドバイスをくれる修くんが―――
同じバンドのメンバーが創ってきた曲に対して、感情だけでこんなに反対するわけがない。
修くんは音楽の多様性―――よくバンド仲間に見られる、
『Jポップなんかカスだ』
『V系は気に入らないんだよね』
『何を言うか! 安直なロックバンドこそ日本の音楽シーンをダメにしているんだ』
など、自分が好きなジャンル以外に対する排他的な考えを持たず、そのジャンルやいろいろなアーティストそれぞれの良いところを認める、簡単に言えば音楽に対して懐の深い人で、今まで作曲した曲も、俺や里乃ちゃんの意見、ポップな曲創ってとか激しめのメタル調でとかジャジィな曲よろしく、とかを満遍なく取り入れて創ってくれた。
そんな修くんが、「どうしてもやりたくない」などと言い出すのは、やはり腑に落ちない――
今までボツにした曲は、曲の構成的に未熟さが目立つものばかりで、今回はそれを反省し本やネットで作曲の勉強を重ねてから創ったのだ。それでも修くんから見ればおかしなところもあるだろうが、里乃ちゃんの言うとおり充分許容範囲だ――と思う。
とすると―――
〔用語集〕
・【パラレルワールド】
現在いる世界から分岐した、平行世界。
パラレルワールドにはもっと成功している自分がいるはずさ、とは、自分を慰めるセリフとしてよく使われる。
・【黒歴史】
あんな過去、消してしまいたい・・・
恥ずかしい・・・忘れたい・・・
・【天然】
里乃ちゃんは天然である。天然はときとして、人を喜ばせるが、ときとしてもっとも残酷に人を傷つける――かどうかは不明。