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天使と2人で。

 ハンバーガーとコーヒーだけしか口にしなかった修くんとは違い、俺と里乃ちゃんはセットメニューを選んでいたので食べ終わるにはまだ時間がかかる。修くんが帰るタイミングに一緒に帰るわけにはいかなかった。

「まったくなんなんだよ修くんはさ……。そこまで言わなくてもいいじゃないかまったくもう」

「ひのきさん、そんなに気にしないで… 修さんもきっとわかってくれますよ! 二人でもっと説得してみましょ!」

「あああありがとう里乃ちゃん! そうだね! 二人で! 説得、頑張ろうか!」

「はい! …それはそうと、修さん、なんであんな頑なに拒んだんでしょう… 曲の良し悪し意外にも、何か訳があるんじゃないでしょうか?」

 何か訳、か…。

 言われてみればそうかもしれない。あんなに一方的に自分の意見を突き付けるやり方は修くんらしくないし、良し悪しを指摘することはあれど、歌詞が気に喰わない、なんて言ったことも一度もなかった。

「もしかして……歌詞は適当に書いたとか言ったのが、気に障ったのかな?」

「そうかもしれませんね… 修さんの性格的に、適当っていうのは受け入れがたそうですし」

「でもでもー! 結果的には良い歌詞になってるとは思わない?」

「はい。私もそう思いますよ。この歌詞けっこう気に入ったんですが…。私、帰ったら修さんにメールして説得してみますね」

「ありがとう里乃ちゃん!」

 里乃ちゃんはそんなに、俺が持ち込んだ曲をやりたいと思ってくれてるんだね、グスン。

 俺は心の中でしんみりと涙ぐんだ。

 ――よし、絶対あのムッスリ頑固野郎を説得してやるぞ!

 二人の方向性が修くんの説得に固まったので、とりあえずは新曲の話は置いておき――

 俺と里乃ちゃんは、行きつけのスタジオが料金値上げした件や【Magnolia】と仲の良いバンド、【JOINT】が次はいつライブやるのか、などの話で盛り上がった。

 気がつけば、俺は至福の時を修くん退出から1時間余りも過ごしていた。心の中の俺は彼女と会話するたびにガッツポーズをとり続けていたので、どうやら腕がお疲れのようす。




 マックを後にするとき、里乃ちゃんを楽器屋デートに誘おうと思ったのだが、「テスト前に買った小説を帰ってから読むのがすっごく楽しみなんですよ~」と言っていたのを思い出して自重した。

 まあ、今日はそれで良しとしよう。

 そうして午後2時頃、俺たちは帰ることになり、八王子駅へと向かうのだった。



「でも修さんって、なんだかんだ言ってもすごい人ですよね」

 八王子駅の階段を昇って改札に向かいながら、俺は里乃ちゃんとの残り少ない会話を楽しんでいる。

 里乃ちゃんは西八王子駅、俺はそのもう一つ先の高尾駅で降りるので、お別れまでの時間は―――残り10分ってところかな。

 最期の一秒まで、マイスウィィィートエンジェェェルと幸福を噛み締めるぞ!

 と意気込む俺。空回りしそうな予感がしないでもない。

「うん、そうだよねえ。いくら小学生からドラムやってたとしても、あそこまで上手くならないっしょ。まさに‘神ドラマー’の称号にふさわしい! それに他の楽器も万能で、作曲もできて――あれが天才ってやつなんだろうなぁ」

「はい。もちろん才能もあると思うんですが――――私、修さんには何か強い「意志」みたいなものを感じるんです。ドラムやバンドが好きってだけじゃなくて、絶対、何がなんでも、命懸けで、というか――――す、すみません。上手く言えなくて」

 強い「意志」、か……

 言われてみれば、そうかもしれないな――――

「ああそれ、わかるわかる。スタ練のときの修くん、目力強すぎで怖いくらいだもんね。ライブのときとか、終わったら死んでもいいってくらいの気合い感じるもん」

「そうですよね」

 里乃ちゃんは少しだけおかしそうに、ニコニコ笑っている。何度見てもその笑顔には癒されるんだよなぁ。

「恐すぎて、でも――逆に安心感を感じるというか。男らしくて頼もしいですよね、修さん。多くを語らずに背中で引っ張っていく感じとか、特に」

 むむむむ? 何やら不穏な空気だぞ?

 ……もしや里乃ちゃん、その発言からして――

 修くんに惚の字!?

 ……こーれはスルーできない緊急事態! エマージエンシー!

 すぐさま修くんの評価が下げるようなことを言わなければ――――

 ……思いつかねえ! だって修くん良い男だもの! 俺から見ても! 里乃ちゃんの言う通りだもの!

「? 修さん? どうかしました?」

 失恋の予感に胸を押さえて苦しんでいた俺を見て、怪訝な顔をする里乃ちゃん。無理もない。自分でやっといてアレだけど、今の俺はものすごく変、まさに変人そのものだったのだから。

「い、いやぁ…ななな、何でもないよ? 別に」

 かろうじて笑顔。顔面が微妙に引き攣っていたのは、スルーの方向でよろしく。

「そうですか……。あ、修さんなんですけど、やっぱりひのきさんと相性良いですよね?」

「はい? 相性?」

 改札を通ろうとしていた俺は、予想外の里乃ちゃんの発言に思わずSuica入りの財布を落として自分で踏ん付けてしまった。

 そんな間抜けな俺を華麗にスルーして、里乃ちゃんは続ける。

「はい。寡黙でちょっと怖い修さんと、陽気で明るいひのきさん。お互いがお互いの良いところを引き立てている、そんな感じがします」

 ――引き立てている!? お互いに!?

 呆気にとられて改札の前で固まっていた俺だが、里乃ちゃんに「後ろから人来てますよ」と教えられ、慌てて改札を通るのだった。

〔用語集〕


・【JOINT】

 八王子を中心に活躍する、4人組み高校生ロックバンド。

 【Magnolia】と仲が良く、何回か共演している。


・【ガッツポーズ】

 ひのきのガッツポーズは、みなさんのご想像におまかせします。

 自分が想像出来るだけ派手なポーズを想像してみてください。

 ――――そんなものは、ひのきのガッツポーズの前では地味すぎて霞みます。ひのきのガッツポーズは、そんなレベルです。

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