ボツだボツだ没だ。
「で、どうでした修くん?」
これはキタでしょう! 里乃ちゃんも「この曲すごく好きです!」って大絶賛してくれたし! けど――
修くん反応のは、ない。ムスっとした顔で腕を組み、若干俯いている。目を閉じて何かを考えているようだった。
「ひのきさん、この曲の歌詞って、もしかしてひのきさんの実体験ですか?」
「よーくぞ聞いてくれました!! 何を隠そうその歌詞は―――全て俺の妄想、もとい想像に基づいて創られたのです!!」
そう、この【生きて。でも、忘れないで】は、100%フィクション。俺の豊かな想像力による産物なのだ!
「そうなんですか~! 想像でここまでストーリー性のある感動的な歌詞書けるなんて、ひのきさんすごいです」
「いやぁそれほどでも~。ぶっちゃけ適当にそれらしい風景思い浮かべて書いた歌詞だしー。この前テレビでやってたドラマ、タイトル忘れちゃったけどあれの番宣見て、彼女が不治の病にかかって…的な曲を創ってみようかなーって思ってさ。ほら、俺らってバラード曲少ないじゃん? 本当に実力あるバンドはバラードで差がつくってどっかで聞いた気がするしねー、みたいな?」
照れた笑いを浮かべる俺を、パチパチパチとエンジェルスマイルの天使が手を叩いて祝福してくれる――
ああ、生きててよかった!
曲を創っては持ち込み、ボツにされてはまた創り…苦節5曲目!
母さん父さん妹よ! …ついに俺はやったよ! 今まで支えてくれてありがとう!!
「ボツな」
何も、聞こえなかった。
そういうことにした。
………………?
パードゥン?
…………………………???
おっかしいな~。俺、いつの間に聴力検査が必要な耳になっちゃったのかなー? もしかして、イヤフォンで曲聞くとき音量大きめで毎回聞いてたから、難聴になっちゃったのかなー?
アハハハハ、参ったねこりゃ。ギタリストは耳を大切にしなきゃいけないよね~。うん、以後気をつけよう。――――
というわけで、
「ん? 修くんなんか言ったかい? これ採用するって?」
「ボツだ」
「なんですとぅぅぅ!?」
落ち着きのある低音ボイスで告げられた、まさかのボツ宣告。
……プツリ。ひのきはめのまえがまっくらになった――
「え、なんでですか? こんなに良い曲なのに…」
ボツだボツだボツだボツだボツだボツだボツだボツだボツだボツだボツだボツだボツだボツだボツだボツだボツだボツだボツだボツだボツだボツだボツだボツだボツだボツだボツだボツだ…
修くんの切れ味抜群の妖刀、名は‘ボツだ’が、俺の五臓六腑をグサリグサリ。辛うじて心臓だけは守り通した俺が、岩沼衛生兵の救護を受け反撃のバズーカを…
「サビの盛り上げ方が無理矢理過ぎる。サビでキー変えるのは別にいいがこれは変わりすぎて不自然。歌詞もサビ同様無理矢理に感動を誘いすぎてて気に喰わねぇ。以上」
バズーカを……持った瞬間に、最後の一刺し。人体の主要器官のほとんどを失った俺は、里乃ちゃんのひざ枕で末期の水を受け取り、息を引き取ったとさ――――
めでたくねえ!!
なんでやねん!! これ、俺が悩みに悩んで、遊ぶ時間も削って、試行錯誤の末にやっとできたと思ったらそれは深夜は冷静な判断力がなくなり後々考えるとコレはないよな~的な現象が生み出す哀れなガラクタでした的なことを繰り返し――1ヶ月かかり昨日ようやくできた作品なのだぞ!
それがこんな仕打ちを受けたまま……
死んでたまるか!!
執念でゾンビ化した俺は、店の窓から差し込む日光にも負けず、反撃を開始する。
「そ、そこまで言わなくてもいいじゃん! なんていうか…良くない? もっと直感的にさあ…なんかほら、ググってこない?」
「こねぇ」
バッサリ。袈裟斬りにやられました。
ゾンビ、生誕2秒で死す。
「わ、私は来ましたよ! ググっと!」
ゾンビ、死から2秒で蘇る。
「そう言ってくれるかい里乃ちゃーーーん! ありがとう! 里乃ちゃん、マ、ジ、て、ん、しっ!」
世にも珍しい、天使に感謝するゾンビが、ここにいた。
「たしかに私も気になるところはいくつかありましたけど、私たちは今までそういうのはスタジオ練で練り合わせていって乗り越えてきたじゃないですか。今回もきっと、いけますよ」
「……いや、こいつはボツだ。練り合わせるもなにも、最初から材料が乏しい。そもそも歌詞が気に喰わん。」
ちょ、おまっ……
いやいやいや、修くん強情すぎでしょー。一歩も引く気がないじゃないかい……
「そんな…私はすごく…すごく良いと思いますけど…」
音楽に関しては俺の先を行く里乃ちゃんのさらにその先をバイクで駆け抜けている修くんの言葉に、さすがの里乃ちゃんも自信なさ気になってきた。
「ああ、悪ぃ。俺午後からバイトあるから、もう帰るわ。じゃあな」
トレイを片付けると、修くんは足速に帰っていってしまった…
ガッテム!!!
〔用語集〕
・【難聴】
とくにドラマーのみなさんはお気をつけください。
シンバルの音とか。
・【妖刀ボツ】
名取修が所持する名刀。
本来は適切な判断にしたがって使用される。
・【ゾンビ】
これはゾンビですか?
はい、ボツ(没)後のひのきくんです。