練習後、マックにて。
調和していく――――
四畳半もないこの空間で、3人の奏でる音が――――
ミキサーに野菜やら果物やらをかけてジュースにするかのように混ざり合っていくが、材料一つ一つの味はちゃんとわかる。そんな具合に。
――修くん独特とも言える、重厚なバスドラムと音抜けの良いスネアドラム、軽快なハイハットが、正確でいて生き生きと躍動するようなリズムを刻み――――
――里乃ちゃんの白魚のような指先で奏でるベースが音の厚みとリズムを支え、繊細ながらも勢いよく加速していく―――
そして――
――明るく軽やかな、カッティング向きの音作りに仕上げたギターサウンドを掻き鳴らしながら、俺は声を張り上げた――――
俺たち―――
Magnoliaの十八番曲、【レトロ】が、間奏を終え大サビに入っていった、土曜の朝。
現在9時25分――――
「いやいやいや~、今日は一段と息が合ってたんじゃないかい? 1年一緒にやってきた成果? 的な? 久しぶりに合わせて見てバリバリ感じたよー!」
容赦なく日本を襲う真夏の暑さにも負けずに2週間ぶりのスタジオ練習を終えた俺たち【Magnolia】のメンバー3人は、行きつけの八王子駅近くのマクドナルドで昼飯兼バンド会議を開いている。昼時のマックは大勢の客でごった返していたので、3人分の席を探すのにはかなり骨が折れたが、なんとか窓際に座席を確保し、今に至る。
現在俺の隣に座っている、ショートカットのおっとりとしたかわいらしい……いや、『超・絶・カ・ワ・イ・イ・!』女の子――マイスウィィィィーーートッ! エンンンジェェェーーール!!! こと、【Magnolia】のベーシスト、紅一点の岩沼里乃ちゃんと――
テーブルを挟んで俺のちょうど向かい側に座っている、ムスっとした不機嫌そうな顔だが、決して怒っているわけではない――目付きは悪いが、客観的に見ても『二枚目』や『イケメン』の部類に食い込むだろう男――‘神ドラマー’こと【Magnolia】のリーダー名取修くんを見回して、俺は今日のスタジオ練の感想を言ってみた。
「久しぶりに合わせたにしては違和感は感じなかったが、まだまだだろ。もっと修正できる箇所はたくさんある」
厳しい意見をおっしゃる、強面イケメン修くん。その静かでハスキーな声には有無を言わせないような説得力が感じられる。
「はい。【マテリアル】のBメロ―――Aメロからリズムが大胆に変わるとことか、いつもより合ってなかった気がしますけど―――あ、でも、ひのきさんと修さんの言うとおり、そんなに悪い感じはしませんでしたよ。テスト明けの合わせって、前はもっとぐちゃぐちゃだった気がしますし」
いつもニコニコ笑顔がマジ神!なマイスウィィィ…(以下略)―――まあ、とにかく可愛くてしかたがない女の子、里乃ちゃんが――その顔にその声は反則だろ! 一発レッドで即退場! 級の穏やかで優しげなスウィィィーーートボイスを俺の隣で! ……たまらん。
「そうそう! それが言いたかったのよ! さっすが里乃ちゃーん! わかってるぅぅぅ!」
拳を握って横にし、親指を立てる、日本でもポピュラーな「よくやった!」的なアレを里乃ちゃんに向けると、純心無垢なエンジェルスマイルで返してくれた。さすがマイス…(以下略)
「ったく…」
そんな俺達を見て、「はぁ……」と、深いため息をついた修くん。
――あれ、修くん呆れてる?いやいや、修くんこう見えてツンデレだからおそらく……いや、確実に呆れられてるけど――ま、いっか。
無言でブラックコーヒーをすする修くんは無視して、俺は里乃ちゃんと、この間買った、ロックバンド【オリオン】の新譜の話に話題を転換した。
「りの」じゃありません、「さとの」です(笑)
〔用語集〕
・【神ドラマー】
リズム、手技、足技、音作り、パフォーマンス、すべてに秀でたドラマーを指す俗称。
修はそう言われるたび、俺などまだまだだと謙遜している。
・【マイスウィィィィーーートッ! エンンンジェェェーーール!!!】
里乃ちゃんマジ天使。
・【一発レッドで即退場! 級の優しげなスウィィィーーートボイス】
CVは自分の好きな声優を当てはめてください。
・【拳を握って横にし、親指を立てる、日本でもポピュラーな「よくやった!」的なアレ】
間違っても、親指を下に向けないでください。
・【ツンデレ】
日本文化遺産の一つ。