~Epilogue~
「いや~、まさか修くんが見てたなんてねー! ほんと驚いたわ~」
言葉や仕草こそ明るく振る舞っているが、俺は内心の動揺をまだ抑え切れていなかった。
「俺の方こそ、だ。――お前が八王子で、弾き語りしているなんてな」
俺と修くんは、高尾方面行きの電車の座席に座っている。時刻は既に午後6時を回っていたが、車内には眩しいくらいの日の光りが差し込んでいた。
――そもそも、さっきまで八王子駅前で弾き語りをしていた俺が、何で修くんと一緒に電車で帰っているのかというと……
【生きて。でも、忘れないで】を演奏し終わった後。観客の一人だった女子高生にキャーキャー言われ褒め殺しにされ、モテ期キタ━━━!!と浮かれていたとき――
数メートル先にいる、目つきの悪い二枚目――
修くんの存在に、気付いた。
……ハイ、気まずい空気の出来上がり。
……とりあえず、修くんは家に帰るところだったらしいので一緒に帰ることにした。
――という流れがあったわけです。
――あのときは超びぃぃぃっっっくりしたわ! 口から心臓飛び出るかと思ったし!
――修くんがスティック買いにたまたま八王子来ていて、その帰りに俺の演奏聞いてたなんて……
いやはや、偶然って恐ろしいものですなぁ――
……っていうか計算違いで計画台なしなんですけど!!
「っつーか、何で駅前で弾き語りだ? お前最近そういうことしてねえって言ってたろ」
「……練習、しようと思ってね。……本気で、作り直した曲だから。明日のスタジオ練で修くんに聞いてもらう前に、リハーサルしとこうと思ったんだ」
「……そうか」
修くんの表情は、いつも通りムスっとしていて、感情を深く読み取れない。それでも、激しく怒ったりしているわけではないことは、言葉使いなどからなんとなくわかる。
俺が今日、八王子駅前でわざわざ明日の予行を行った理由は――
実際に、人に想いを伝えるように歌っておきたかったから、だ。
人に聞いてもらうというのは、何も今回に限らずいい練習になるものだけれども。
「……でさ、どうだった? あの曲……。けっこう本格的に、気合い入れて作り直したんだけどさ……」
修くんが聞いていたのは、修くんが一回ボツを出した――
修くんの過去をなぞるような歌詞の、あの曲。
俺は、修くんの心を動かすような歌を歌えていたのだろうか。本気で歌ったとはいえ、あくまで今日のは練習だったわけだし、修くんがいることを意識していたわけじゃなかったから……
「…………」
「…………」
ううっ、気まずい。
何だこの間は……
修くんは腕を組み、目を閉じて考えこんでいるようだった。
――そして永遠とも思える沈黙――実際には10秒ほど――が過ぎ……
「……良いんじゃねえか。……バンドでやれるくらいの出来だったしな」
「ホント!? マジで!?」
「っつっても、来週のライヴじゃ無理だぞ。間に合わねえしな。……次の、8月のライヴまでに完成させるか」
「うんうん! 全然オッケーだよ!! ササササンッ、キュー修くん! よっしゃー!」
「おい、うるせえぞひのき」
思わず席を立ち上がり歓喜の雄叫びをあげていた俺を、迷惑そうに注意する修くん。周りの乗客の咎めるような視線も耐え難く、すぐさま俺は席に戻った。
――認めて、くれたんだ……
嬉しかった。
俺の自作曲が初採用されたから、じゃあない。
――俺の歌が修くんの心を、少なからず捉えたらしい。
そのことが――
ただただ、嬉しいんだ。
「……あのよ」
「ん? なに?」
「……お前の歌、よかった。正直……感動した」
「そっか……。ありがとね」
修くんの世界は、多分
ちょっとだけでも、変わったのだと思う。
楽しかった想い出も、辛かった過去も受け入れて
それでも前へ歩き出せるように
――そういうメッセージを込めた、俺の歌で……
――大それたことができなくてもいい。
けど、俺の歌を聞いてくれた誰かの世界を、変えてみたいんだ。
――音楽には、それができるだけの力が、あるんだと思う。
「さ~て、明日の合わせ練も、来週のライヴも、とにかく頑張ろうぜ! もうチケット5人分売ったからな! けっこう苦労したんだぜ!」
「甘いな。俺は10人だ」
ほんの僅かに、修くんの口元に勝ち誇ったかのような笑みが浮かんでいた。
「な、なにー!? バ、バカな……。これがイケメンと凡人の戦力の差だというのか」
「イケメンいうな。俺の人脈の賜物だ」
ガタンゴトン。
電車のリズムを肌で感じながら
ずいぶん久しぶりに思える何気ない会話を
俺達は続けていた。
第1章
世界を変えよう
――完――