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俺の全て

 沙由さゆは、俺の全てだった。

 腰まで伸ばした美しい黒髪も、

 透き通るような白い肌も、

 少し切れ長で気の強そうな目も、

 拗ねたかと思えば今度は猫撫で声で甘えてくる、といった、バリエーションに富んだ性格も……


 その全てが、狂おしいほどに愛しかった。


 沙由は……

 俺の全存在を懸けて守ろうと決めた、掛け替えのない―――


 『恋人』

 ――だった。



 生れつき病弱だったという沙由は、俺と交際を始めた中学3年の春からすでに、家で横になっていることが多かった。たまに一緒に出かけるときも、人込みの多いとこや車の通りが多くて空気の汚れた場所は避け、河原や公園を散歩したものだ。

 本人もあまり込み合ったところは好きではないらしく、年頃の女子なら誰でも行きたそうな、街中のショッピング等にも興味を示さなかった。

 ――いや、俺にはそう見えただけで、実際はどう思っていたかはわからない。

 だが、俺と一緒にいるときの沙由の心底楽しそうな笑顔には、何の偽りもなかった。

 これだけは、確信を持って言える。


 そんな沙由だが、自分から一カ所だけ、苦手なはずのある場所に行きたいと、よく言っていた。

 ―――ライブハウスだ。

 沙由は音楽が好きだった。俺が勧めたのも、そうじゃないのも、よく聴いていた。音楽がきっかけで俺と知り合ったというくらい、音楽の話題について話すのが好きだった。

 昔俺がいたバンドや今俺がいる【Magnolia】の音源を聴かせると、興奮したように喜んでくれた。

 生でライブを見たいと毎日のようにせがまれたが、あんなタバコの煙にまみれ人口密度が高く窓もない空間に、沙由を連れていけるわけがない。

 断る度に見せる拗ねた表情は……

 その――

 可愛かった――

 のだが、何か代わりに埋め合わせをしなきゃと、いつもそういう気持ちにさせられた。

 だから、そういうときはだいたい、沙由が満足するまで、自分のふとももや雑誌をスネアやタム代わりに、沙由に見せるためだけに練習したスティック捌きを見せてやったり、ギターで沙由のその日聞きたい歌を弾き語りしてやるのだった。

 それが俺の1番の楽しみでもあったことは、口には出さなかったが沙由も気付いてくれていたようだ。



 高校1年の12月――――

 沙由は入院した。退院のメドがない、長期入院だ。

 病院での度重なる検査にも、沙由は耐えた。検査の前には、【Magnolia】の曲や、俺が弾き語りした歌を録音したやつなどを聞いて、勇気を出していたという。

 バイトや練習の時間を削り、沙由の見舞いには毎日行った。時間がなくて10分しか会えないときも、だ。家計のこともあり、バイトは辞めるわけにも行かなかったので、バンド練習や自主練習の時間はよく潰れた。

 ――【Magnolia】のメンバーには、すまないことをしたと思っている。事情はほとんど説明しなかったが、あの二人は詳しく問い詰めるようなことはせず、どうしようもない事情があるのだろうと察してくれ、練習にしばらく参加できないことを受け入れてくれた。



 俺の夢―――将来音楽で成功すること―――を知っていた沙由は、余り無理して見舞いにくるのではなく、もっともっと音楽を練習して、夢を追い掛けて、良い曲をたくさんを創って欲しいのだと、よく言っていた。

 ――自分が俺の足枷になっているとでも、思っていたのだろうか。

 ――沙由がいたから、俺は頑張ってこれたのに。


 沙由に残された時間があまり長くないと知っていた俺は――――


『心配するな。退院したら、ライブハウス借り切って観客は沙由だけのライブをやってやる。新曲たくさん聴かせてやるから待っとけ』

 ――半ば自分に言い聞かせるように、沙由に宣言していた。

 貸し切る金は、働いて節約して貯めて売って……とにかく、なんとかする。

 沙由のためだけのライブが実現できるなら、死んでも構わない。

 だから――――



 思うだけ無駄だったと、最期の瞬間になるまで知るよしもなかった。



 最期の時……

 「俺が一緒に死んでやる!」

 と泣きじゃくる俺に、小さく笑いかけ、

 病床で沙由は、こう言った。


「私の分まで生きて…大好きな音楽、いつまでも頑張って…

 でも、私のこと、忘れないでね」


と――――――――

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