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神ドラマーの憂鬱

 ったく……

 何やってんだか……

 買って間もないスティック折っちまうたあ、まだまだ俺も未熟者だ。

 ――精神状態でプレイがこんだけ左右されてんだ。‘神ドラマー’なんていわれていようが、所詮はただの人の子なんだよ、俺だってな……


 苦虫をかみつぶしたような顔をしているであろう俺は、鳥村とりむら楽器のレジ袋を提げ、電車で帰宅するべく八王子駅構内へと向かっている。

 八王子駅はなかなかに大きな駅であり、俺が現在いる北口には、構内に直接続く階段1つと、弾き語りや路上ライブによく使われる広場に続く階段が2つ、つまり3ヶ所の階段がある。

 俺は広場に続く階段のうちの一つを、自分の不甲斐なさを噛み締めるようにして昇っていた。


 今から40分ほど前、

 日野市にある、都立遥台はるかだい高校――俺の通っている学校――からの電車帰り、本来は自宅の最寄駅である西八王子駅で降りるはずだったのだが、俺は途中の八王子駅で降りた。八王子の楽器屋でドラムスティックを買うためである。

 昨日、バイトから帰ってきて夜の10時からドラムの練習を始めたのだが、開始間もなくスティックを折ってしまったのだ。


 『原因』は、わかっている――

 『力みすぎ』だ、くそっ。


 あの時の俺は、普段からは考えられないほど力を入れて、スティックを振るっていた。まるで、身体に纏わり付いた何かを振りほどくかのように。


 基本的に、ドラムスティックは脱力して振るもの。必要以上に力を入れていればスムーズなスティック捌きは不可能なうえに、スティックにも負担が掛かってしまう。

 経験を積めば積むほど、無駄な力も動きもないドラミングができるようになっていくはずなのだが――

 昨日の俺の有様は、小学生から練習してきたドラマーとは到底思えないほど無様なものだった。


 じゃあ、なんだって俺は力みすぎていたのか――

 『原因の原因』も、わかっている。

 ――『イライラしていたから』、だ。


 負の感情を演奏に持ち込まないように心掛けている俺だが、ここ最近はてんで話にならん。四六時中、イライラしっぱなしだ。物をブチ壊したくなるほどまでは感じていないが、とにかく、何もない状態でも気がつけばイライラしている。

 じゃあ、『原因の原因の原因』――なぜイライラしているのか――は?

 ……わかっている。

 俺が、俺自信が……

 弱い――

 脆い、とも言えるだろうな――

 そんな自分に腹が立っているからだ。


 『――ごめんな。あんな歌、創っちまって』


 一週間前、ひのきが持ち込んできた自作曲のことで、あいつに電話をした。ついでに、沙由さゆのことも、話せるだけ話した。

 あの日から、俺の精神は均衡なバランスを保てなくなった。

 沙由さゆのことを思い出し、泣きたくなる日々が続く。沙由の死を乗り越えて沙由のためにも音楽を頑張ろうと誓ったはずが、あれから4ヶ月以上も経っているのに未だに前に踏み出せていない。その事実に気付かされ、自分を死ぬほど殴りたくなるのだ。


 ――なんであいつに、沙由さゆのこと、話そうと思ったんだっけな。説得するだけでもよかったのによ。


 今さら考えても遅い。そんなことを考えるより、明日のスタジオ練習であいつに会うときにどうやっていつも通りに接するか、そっちのほうが重要だ。


 ――ったく……

 気が重いぜ……


 ドラムセットを丸ごと背負ったかのように、押し潰されそうだ。階段を踏み締める足どりも自然とゆっくりになる。

 そしてどうにか階段を昇り終えたとき――


 歌が、聞こえた。

 街頭で流れるような、BGMの類ではない――

 マイクもスピーカーも通していない、『生の』歌声と――

 アンプもエフェクターも使っていない、透明感のあるアコースティックギターの音色――


 弾き語り、だろうか。それにしては、普段からよく聞いているような――

「――っ!? この声……ひのきじゃねえか!」

 間違いない。この伸びやかな高音、感情のこもった力強い歌い方――

 1年以上も馴れ親しんできた、館腰ひのきの……

「あいつの声じゃねえか!」

 歌が流れてくるほうへ、小走りで向かう。

 なんであいつが!? 弾き語りはもうしていないって言ってたはずだが……

 そしてすぐに……

 見つけた。5人ほどのギャラリーの後ろで茶色のアコースティックギターを抱え、大気圏で燃え尽きようとしている星のごとく、『熱唱』している――

 【Magnolia】のギター&ボーカル、館腰ひのきを。


……あいつ、いったい何を歌っているんだ?

 【Magnolia】の曲じゃない……いや、コレは……!


 一度だけ、聞いたことのある、あの曲。

 もう二度と、聞くことはないだろうと思っていた、あの曲。

 あのとき聞いたものとは大分変化してはいるが、間違いない――――


 偶然にも、俺と沙由の過去をなぞるような歌詞になっていた、あの曲――

 【生きて。でも、忘れないで】

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