世界を変えよう。
[宛先]
里乃ちゃん
[件名]
聞きたいことがあります!
[本文]
夜遅くにごめんね(^^;
変な質問しちゃうけど……
『音楽で世界を、変えられると思いますか?』
いや~
今日友達とその話題で盛り上がっちゃってさ(笑)
同じバンドのメンバーの意見が聞いてみたくなって(^-^)/
あんま深く考えないでいいから、どうぞよろしく!
……こんな文章でいいのか?
センスなくなくなくない?
20分ほど考えて作ったんだが……
――ま、いっか。とりあえずこれで送ってみよう。
うだうだ迷っていたら、お日さん昇っちゃうっつーの。
俺は半ば自棄になった気持ちで、メールの送信ボタンを押した。
――実際、この話題で里乃ちゃんと話してみたい気持ちはあった。ちょっとカッコつけの、青臭い話題ではあるが。
音楽の可能性を模索するギタリスト――はは、なかなかカッコイイかも。
こんな風に、軽く自分に酔ってみたりもする。
――――15分ほど過ぎ、里乃ちゃんから返信がきた。
キタキタキタ! 里乃ちゃんから!
……やばい緊張する。たかがメールなのに……
「落ち着け、落ち着け俺よ……」
大きく一回息を吸い込んで、ゆっくり吐き出す。
――――よし、メールを開こう。
[送信者]
里乃ちゃん
[件名]
Re:
[本文]
いかにも若者ミュージシャンって感じの話題ですね(*^o^*)
じつは私も、よくそんなことを考えたりするんですよ~(^^)v
私の持論なんですけど
一生懸命作った音楽は、まず身近な人…
その曲を聞いてくれた人の、心を変えてくれたり、勇気や元気を与えてくれたりすると思うんです。
そうやって影響を受けた人達がどんどん増えていくと、世界は変わるんじゃないかって(^^)v
私たちにそんな大それたことはできなくても
私たちの音楽で
身近な人達の心は動かせると思うんです(^-^ゞ
音楽で世界を変えられるとは限らないから
その音楽を聞いてくれた人の、心の世界を変えるようにしよう
って思ったりしてます(笑)
強烈な目薬を注したときのように、はっと目が醒めた。
――――そうか。俺がやりたかったのは、こういうことかも知れない。
さっすが、マイスウィィィートエンジェェェル!
……俺より年下なのに、自分の答えをしっかり持っているなんてさ。
自分がこれからすべきことが、霞みが掛かっているけれど、ぼんやりと見えてきたような気がした。
手を伸ばせば掴めそうで、掴めない。だが、ジャンプすれば届きそうだ。
それなら、跳ぶしかない。
「サンキュー、里乃ちゃん」
里乃ちゃんにお礼のメールを送り、俺は地下の音楽練習部屋へ向かった。
あれから一週間後――――
相変わらずの真夏日。
学校はとっくに終わり午後5時を過ぎているにも関わらず、陽射しが容赦なく照り付けている。弦を押さえる左手にも、ピックを握る右手にも、じんわりと汗が滲んでいた。
八王子駅北口のロータリー、バス停乗り場へと降りるエレベーターの近くの地面に腰を降ろし、俺は【レトロ】を弾き語りしていた。アコースティックギターのコードに乗せて、心の底から叫ぶように歌う。
【Magnolia】に加入してからは路上で弾き語りなどしていないので、実に一年ぶりの試みだ。
八王子駅は常に、人の出入りが激しい駅だ。何人もの人々が俺の前を世話しなく歩いているのだが、歌い始めた頃は誰も見向きしてくれなかった。
しかし、1番のサビに入る頃に一人、サビが終わりイントロに差し掛かると一人、イントロを終えAメロを歌い出すとまた一人……と、徐々に俺の前に立つ観客が―――
――観客なんて大袈裟かな。少し気になったから眺めてるだけ、そんなものか――
とにかく、人は増えてきていた。
しかしながら、ほとんどの人は一瞬立ち止まってはすぐに去っていく。そして次の人が立ち止まり、10秒もしないうちに行ってしまう。その繰り返しだ。今歌ってる曲を最後まで見てくれそうな人は、3人ほどしかいない。
――分かってんよ。路上ライブで人を集めて大盛況、なんて上手くいく人はほんの一握り。八王子駅のロータリーで弾き語りしている人を何人も見てきたし、俺自身もかつてやったことがあるから知ってるっつーの。
けど……
構わない。届けるんだ、俺の歌詞を――――
俺が、伝えたいことを。
大それたことは、しないでいい。
聴いてくれている人の、世界を変えるんだ――――
汗がだらだらと頬を伝うが、まったく気にかけずに俺は歌い続けた。
――もともと音楽なんて、『やってればなんかカッコ良さそうだな』なんて軽い気持ちで始めたものだったな。音を奏でたいという欲求よりも、カッコイイ自分を誰かに見せたいという欲求のほうが、当初は大きかった。
『へえー。俺んちって、アコースティックギターが持ってたんだー。父さん、弾かしてくれよ』
『ギターって案外面白いじゃん。ところでコードって何んだ?』
『弾き語り? コレがあればそんなのができるんだ――』
『バンドかぁ……かっこ良さそうじゃん! ――どうせやりたいことがあるわけじゃないし、組んでみようかな――』
『つーか誰と組めば良いんだよ……。こんなんなら軽音部ある高校受けとけば良かったなぁ――』
『……よし、決めた! 俺にはこのアコギと、持って生まれたこの歌声があれば良い! ……路上で弾き語りだ!』
『バンド組まないか、だって? ……まさか見ず知らずの人から言われるなんて……、もちろんOKに決まってるじゃん!』
楽器を始める人なんて、みんな案外俺と同じで、きっかけは些細なことかも知れない。初めから、『俺はプロになる』って決意して楽器手に取る人は、はたしてどれだけいるのだろうか。
――始まりは適当で良い。けど、俺はいつまでもふわふわしてられない。そうだろ、修くん、里乃ちゃん。
【Magnolia】のメンバーでやれるところまで――それこそ、プロになるとかCDデビューするとか――やっていくって決めたんだろ!
――俺は甘かった。いつも心のどこかで、修くんや里乃ちゃんに頼っていた。『俺は二人と違って楽器歴浅いから』と、自分に言い訳していた――
【生きて。でも、忘れないで】だって、せっかく俺が作った曲なのに、メッセージ性の強い曲にしたのに――
俺は自分が本当に伝えたいことなど、一つも入れていなかった。
良い歌詞がたまたま書けた、見てくれだけの中身がスカスカな曲になった。歌い手の俺が、真に感情を込められないんだからな。
こんな俺が、いくら頑張って歌歌っても、人の心に届くはずなんてない。
――――だから俺は、歌詞を書き直した。
修くんが電話で聞かせてくれた話。頭の中で何回も思い浮かべて、修くんに何回も感情移入して、何回も悩んで何回も書き直して何回も悶えて、それでも歌詞を考え続けた。
俺の想像で書いた部分も多くある。それでもいいと思った。想像なら想像なりに、感情込めて書ければ。
そうして出来上がった歌を、何回も何回も練習した。想いを伝えられるように、修くんが認めてくれるように、一生懸命。
――パチパチパチ。
【レトロ】を歌い終わった。
俺の前で歌を聴いてくれている4人が、小さく拍手をしてくれている。
会社帰りと思われる40代くらいのサラリーマン。
同じく会社帰りだろうか、20代後半だろうスーツ姿のOL。
スタジオ練習に行く途中か、もしくは練習を終えて帰る途中かもしれない、ギターケースを背負った青年。
買い物袋を手に持った、30代くらいの主婦。
みんなそれぞれ年代も風貌も異なる人達が、真っすぐに俺を見ている。
間を空けずに、【マテリアル】【影法師】と、続けて歌う。【影法師】を歌い終わる頃には、さっきの4人に茶色に染めた髪の女子高生が加わり、計5人の人が耳を傾けてくれていた。
「僕の歌、聞いてくれてありがとうございます」
本当に、ありがとう。
見ず知らずの人が路上で5人も聴いてくれているなんて、俺にとっては正直感動ものだ。
「次で最後の曲です」
――次が、1番聴いてもらいたい曲なんだ。
「タイトルは」
――結局、タイトルは変えなかったな。
「生きて。でも、忘れないで」
――館腰ひのき、17才。
本気で人に、想いをぶつけます――――