ギターとメールと。
めいいっぱい叫んだ
裏切られた気がして
俺から世界を
嫌ったくせに
【レトロ】1番サビより
家に着くと、真っ先にギターを弾き始めた。物置き同然だった地下室を改装して作られた音楽練習専用部屋で、【Magnolia】の曲……【マテリアル】【crazy world】そして【レトロ】を、歪んだエレキギターに乗せてノンストップで歌い上げる。演奏している瞬間だけ、俺は無我の境地に突入……
厨二設定です、ハイ。
――まあ、極度の集中状態になれるってことで、わかって頂けるかな?
歌詞の情景が脳内でフルカラーで再生されていき、冷静さを保ちながらも気分が激しく高揚していく。クールにアツく、そんな状態に。
「ふー! 終わったぁ!」
3曲完唱したから、一先ず休憩。やっぱギター弾きながら歌うのって、最高に気持ちがいいよね。
俺はギターをスタンドに立て掛け、床に仰向けに大の字にねっころがった。ほてった体に、ひんやりとしたフローリングの感触が心地良い。
――音楽は世界を変えられる。
ただし……俺にできるかなんて、わからない。それに、変えようだなんて思ったこともなかった。
昭敏は、世界を変える発明をするのが夢だと言っていた。発明が世界を変えるなら、音楽でも世界を変えることができるのだろうか。あのとき、ふいにそう思った。
修くんの悲しい過去を聞かされ、俺は知らなかったとはいえ――その過去をなぞるような歌詞を、書いてしまった。
今日の帰り道、昭敏との会話で中学時代の辛い過去を思いだし、唇を噛み切るほど悔しくなってしまった。
ふわふわとしたドス黒い真綿に、心臓を直接じわじわと締め付けられるような感覚がする。じっとしていたら、鼓動が止まってしまう。何かやらかしたい。どうせなら、何か…
音楽で世界を変える。
それくらいの、でかいことを。
しかし、バンドに5曲持ち込んで1曲も採用されてないという、甘くない現状がある。
そもそも、歌はともかくギターの腕なんてお粗末なものだし…
「ああもう! また、もやもやしてきちゃったじゃん!」
俺は、何のために音楽をやっているのか。何が楽しくてギター弾いたり歌ったりしているのだろうか。わからないが、音を奏でたいという欲求だけはどんどん膨らんでいく。
「まあ、四の五の言わずに練習あるのみ! やるときはやる、遊ぶときは遊ぶ、それが人生! アーユーオーケー?」
隣に誰かいるわけでもないが、とりあえず疑問形。自分で自分を奮い立たせ、ガバっと床から起き上がる。まあ、自分に問い掛けてるってことで、アーユーオーケー?
「よし今度は……コピー曲を弾くことにしようかなっと」
俺は再びギターを持って、最近練習中の曲、【オリオン】の【トライアングル】に取り組むことにした。この曲はギターボーカルパートではなくリードギターパートを練習しているので、ギターをひたすら掻き鳴らすことになる。
黄色のフェンダージャパンストラトキャスターを、肩に掛けた。ピックを人差し指と親指の間に挟み、ギター本体のボリュームつまみを右に回し音量を最大にする。
――とりあえず、原曲流さないで一回弾いてみるか。
呼吸を整えてイチ、ニ、サンッ――
ピックを弦へと引き下ろす。
さあ、【トライアングル】の始まりだ――――
――ひゃっほう! 今俺、輝いてんじゃね? カッコイイんじゃね?
【トライアングル】の情熱的なギターソロが終わり、ますますノってきた。
気分はさながら、【オリオン】のギタリスト、川内サノスケ。跳びはねたり、頭降ったり、ギター振り回したり……。
決して広くはないこの部屋を、縦横無尽に駆け回る。
そして大サビが終り、一旦落ち着こうと思った矢先――
「ちょ、おまっ、うわー!!」
ズコーンッ!!
ギターとアンプを繋ぐシールドに脚を引っ掛けて、ド派手に転倒してしまった。
―――あっぶねー。後ろ向きに倒れたのがせめてもの救いだったぜ。
ギターの神様ありがとう! お陰で僕のギターは救われました!
前向きに倒れていたら、床におもいっきりギターぶつけていたからね。
帰宅してからの時間はほとんどギターと歌の練習に費やされたので、夕飯を食べて風呂を済ませると、俺の部屋の時計はすでに11時を回っていた。
練習場所がいくら地下だといっても、防音設備はそれほど良くない。午後7時を過ぎたら歌をフル音量で歌うのはやめ、ギターはアンプにヘッドフォンを繋いで練習するようにしている。
そして、近所迷惑と家族迷惑と肉体疲労を考慮し、今日はもう寝るべく寝支度を済ませてベッドの上に横になったのだが……
「メールしたい! 里乃ちゃんに!」
――あの病気がまた、発病しちまった。
最初の発作から1年、治るどころか悪化してませんか? ブラック・ジャックでも治療不可能でしょコレは。ピノコちゃんも真っ青だよ。
――ブラック・ジャックは確か、外科医だったような気がするけど――
まあそれは置いといてっと。
俺はこの病気―――世間一般に言う【恋の病】とやらを、【スウィートエンジェルシンドローム】と呼んでいる。要するに…
「里乃ちゃん好き好き大好きマジ愛してる死ぬまで一緒にいたい片時も傍を離れたくない顔が見たい声が聞きたい匂いが嗅ぎたい触れてみたい抱きしめたい見つめられたいその瞳、里乃ちゃんマジ天使!」
と、他人に聞かれたら恥ずかしすぎて顔から火が出るどころかマグマ噴き出すレベルの恥言を、本来頭を乗せるだけの枕を抱き枕みたいにギュッと抱きしめベッドの上で二転三転しながら叫ぶなどの、滑稽なピエロもドン引きな奇行をとってしまう病気である。
『だって!仕方ないじゃない!思春期だもの!』
とは、発作が治まり冷静になった後で、このような奇行をしていたことを思い出し、穴があったら墓穴にしたいほど恥ずかしくなったときに唱える呪文だ。効能は自己の正当化。
―――夜、寝る前にベッドの上で発病することが多いんだよね、この病気。
里乃ちゃんのことが頭から離れなくなって…あらぬ妄想もしばしば。
あらぬ妄想に関しては、自主規制ってことでどうぞよろしく。
「メールしようかな? どうしよう? 迷惑じゃないかな? いやいやいや、それよりもまず、メールするような内容あるのか?」
好きな女の子にメールするかしないかで、ふだんあまり使わない頭をフル回転させている。
ここで使わない頭なら、腐って落っこちてしまえばいいさ。
ああだがしかし、悩む、躊躇う、踏み出せない……
こんな風にウジウジしちゃうのが、俺の悪い癖なんですよね。
――おっかしーな。中学の頃はもっと軽く、積極的に女の子にアプローチしていたのに。
昔の恋は本気じゃなかったってことなのかい? まあ、あながち嘘じゃないと思うけど。
中学の頃の俺の女性遍歴は、あまり誇れるようなものじゃない。告白した人数は5人、告白された人数は0人、交際した人数は2人。
自分の見た目にまったく自信がないのかと言えば嘘になるが、いくら待っていても告白してくる女の子は皆無だった。
二人ほど告白にOKを貰えたのはよかったが、こちとら部活熱中少年だったもので―――
釣った魚に餌を与えなかったのが災いし、二人とも一ヶ月経たずに破局。もちろん、フラれたのは俺のほうであることは言うまでもない。
―――所詮中学生の恋なんて、お遊びでしょ? だってよく考えてみてよ。中学生の頃からのカップルが結婚したとか、そんな話実際みんな聞かないでしょ! そう! 中学生の恋愛なんて疑似恋愛!
将来大人になったときに意中の異性と上手くお付き合いするための、練習…そう、練習みたいなもの!
もしくは青春の一ページを華やかに彩るための絵の具!
未来へと継続していかない、期限付きの不毛な関係なのだよ!
ドゥーユーアンダースタン?
――それに高校生の恋愛だって、中学の恋愛の延長のようなものだろ! 近い内にいつかは別れがくることわかりきってるじゃん!
だったら、高校入ったら適当な女の子見つけてお付き合いして、大人になって本気の恋愛をするときに困らないための訓練と、『彼女がいる高校生活を送った』という想い出作りに励んでやる!
――と意気込んでいたわけだけれども……
――見つけちまったのさ。トゥルーラヴを。
――こんな恋は初めてだった。胸が焼けるように痛く、だけど心地いい。痛みと快楽が表裏一体の、不思議な感覚。
その感覚を今日も、俺はベッドの上で味わっている。
「メールの内容かぁ…」
――さて、メールを送るとしたらどんな内容にしようか。
――里乃ちゃんと俺は、同じバンドのミュージシャン。下心がバレないような内容なら、音楽の話題が好ましいだろう。とすると……
「そうだ、アレ、聞いてみようかな」
――思い浮かんだ。よし、早速メールしてみよう。
里乃ちゃんにメールを送るべく、俺はケータイの新規メール作成画面を開き、世話しなくボタンを押し始めた。
〔用語集〕
・【レトロ】
【Magnolia】が3番目に完成させた曲。作詞:館腰ひのき 作曲:名取修
自分が上手くいかないのを周りのせいにし、世界に嫌われていると思い込んでいたひのきの経験を表現した曲。歌詞が
先に作られ、それに合わせるように修が作曲した。
・【川内サノスケ】
4人組ロックバンド、【オリオン】のギタリスト。オールラウンドに卓越したギターテクと、圧倒的なステージパフォーマンスは同業者の間でも評価が高く、音楽雑誌で定期的にギターの練習方法を綴ったコラムを掲載している。新世代のギターヒーローとして高い期待が寄せられている。
・【スウィートエンジェルシンドローム】
世間一般に言う恋の病。ただし、ひのきが里乃ちゃんに抱く恋心の場合のみを指す造語。