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音楽と科学と。(2)

「再来週の月曜日! 八王子LINERで行われる高校生限定ライヴに、我らが【Magnolia】は午後7時半から出演だ! チケット代はななななんと、特別特価で500円! 当日ドリンク代としてもう500円かかりますが、これはお得! 行かなきゃ損! 人生の32%ぐらいは損しちゃうよ?」

 俺は畳み掛けるようにライヴの宣伝文句を歌い上げ、昭敏の顔を横目でちらりと見た。


 八王子駅から徒歩5分くらいの場所に、八王子LINERというライヴハウスがある。俺たち【Magnolia】の知り合い、【ウルトラサンダーマウンテン】という厨二臭がプンプンするネーミングのバンドが、そこで今回のライヴを主催する。

 再来週だとたいていの学校は夏休みに入っているので、普段より集客が望めそうな気がしている。

 高校生バンド限定の出演、いわゆる高校生限定ライヴなので、出演者は全員高校生だ。こういうライヴは何回も出演してるから、おかげで高校生のバンド友達はたくさんできた。

 高校生ならではの盛り上がりっていうか、演奏はイマイチでも、観客もバンドもノリがすごく良いので、やっていてすごい楽しいライヴなんだよなぁ。

 昭敏が来たあの暗黒黒歴史ライヴも、高校生限定ライヴだったっけな。

 ――あのライヴから何度もメールで誘ってるのだが、あれからライヴに来てもらっていない。今回も内心では望み薄だろうと思っていたが…

「なるほど。良いだろう。その日は空いているし、君のギターがどれほど上手くなったのか興味がある。そのチケット、買おうじゃないか」

 予想外の展開、まさかのチケット購入発言が飛び出した。

「――っ!? マジで!? 昭敏キタ━━━━━━!! やった! マジサンキュー、昭敏!」

 マジかよ! あのがり勉理科系実験大好きオタクがライヴ観に来るとか、超レアじゃん! ナニコレ? 世界秩序の崩壊!? ……いや、そこまでは言わないか。前に一回来てくれた訳だし。でもまさか、昭敏が来てくれるなんて――――

 素直に、うれしい。向こうもおそらく思ってくれているだろうが――――

 親友、だからな。

 そのとき、昭敏の顔が少し寂しそうになったかに見えた。

「ひのきも、すっかりバンドマンになったみたいだな。お互い、バスケに熱中していた頃が懐かしい……」

 遠くを見るような顔で、昔を懐かしみ始めた昭敏に、俺も興奮を一時中断して同調する。

「ああ、そうだな……。昭敏はともかく、俺は自分がバスケやめてバンドやってるなんて想像してなかったし」

 小さい頃から、『科学者になって世界を変える発明をするのが夢だ』と言っていた昭敏とは違い、当時の俺はバスケ一筋だった。もうホント、バカみたいに毎日バスケ三昧で…。

 NBAでプレイするのが夢だった、小学生時代。現実が徐々に夢を蝕み始め、NBAでプレイすることなど夢のまた夢だと理解し始めたが、それでも、朝から晩までバスケのことを考えていた、中学生時代―――――――

 高校でもバスケを続けることを、諦めなければならなくなった、中学生時代―――――――

 口の中に、血の味が広がる。無意識に、唇をギュッと噛んでいたみたいだな。

「済まない。辛いことを思い出させたのなら、謝る」

 気付いたときには、遅かった。昭敏が申し訳なさそうな顔で呟いていた。

 ……ああしまった。思わずブルー入っちまったなぁ。

 俺は気まずい空気なんて大っ嫌いさ。ここは、笑って通り抜けなきゃね。

 俺は努めて明るく振る舞い、チケットを一枚、昭敏の前でひらひらとちらつかせた。

「いやいやいや~、全然、だーいじょうぶだって。あ、それよりさあ、ほら、来てくれるんならチケット買ってってよ!」

「ああ、そうだったな。じゃあ、買わせて頂こう。」

 昭敏は財布から500円玉を出し、俺のチケットと交換した。

「そうそう、昭敏の方こそ、部活は順調かい? 将来、自分の発明で世界を変える予定なんだろ?」

「もちろんさ。部活は至極充実しているし、夢に向かって着実に進歩している…はずさ」

 最後は少し自嘲気味に笑った昭敏。やっぱり、世界を変える発明への道は平坦なものじゃないんだな。

「そうか……よかったじゃんか。さすがは昭敏だな。俺は…なかなか上手くはいってないかな」

 里乃ちゃんに、俺の歌とギターを好きだと言ってもらえた。修くんも俺のことを褒めていたのだと、教えてもらった。そうして、自分の成長を実感できたと思った矢先に……。

 まったく、俺はまだまだ未熟者だよな。心に訴えかけるような曲を創ろうと思ったのに、その歌詞を適当に書くなんて、そんな歌詞を歌った曲に陶酔するなんてさ――――――

 「ゴクリ」と、血と一緒に唾を飲み込んだ。

「なあ、昭敏」

 突然、頭に浮かんだ質問。

「なんだい?」

 昭敏なら、良い答えを聞かせてくれる、そんな気がした。

「音楽で、世界を変えられると思うか?」

 自分の現状を変えたくて、答えを知れば変わる気がして―――――

 人によっては、そんなのチープな考えだと馬鹿にされそうな質問を、昭敏にぶつけてみた。

「面白い質問だ。だが……もうそろそろ、お別れのようだ」

「あ……」

 気がつくと、俺と昭敏の帰路の分かれ道である十字路に差し掛かっていた。俺は真っすぐ、昭敏は左に曲がると家に着く。

「結論だけ言うと、音楽は世界を変えられる。そう思うね」

「へー。意外だな。昭敏がそう言うなんて」

「歴史的な事実に基づいて言っているだけさ。古来から人は、音楽と密接に関係しているからね。世界を変える例としては……反戦の歌が世界中で大ヒットを記録すれば、世論も自ずとそうなるんじゃないか? そうなれば、戦争だらけのこの世界に少なからず変化をもたらしたことになる。そうは思わないかい?」

 ……なるほど。たしかに、そいつは十分現実に起こりうる話だ。というより、実際にあった気もする。

 今の所大胆に変わったかは知らないが、その時の人々は多少なりとも、平和について考えたはずだ。

「そうだよな。音楽は、世界を変えられる。サンキュー、ハカセ」

「どういたしまして、ヒノキオ」

 お互い小学校時代のあだ名で呼び合って、俺たちは別れた。

〔用語集〕

・【八王子LINER】

 八王子駅近郊にあるライブハウス。ステージの広さがウリだが、楽屋にカサカサと動き回る黒い生命体・通称【G】が出没することでも有名。【Magnolia】のメンバーは出演者としても来場者としても常連。

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