第九十六話 二度目の対面~偉大なる父と子の談話~
そこは、真っ暗で明かり一つない空間
俺は突然そこに放り出されて、訳も分からず歩いていた。
なぜ歩いているのかはわからない。だけど脳が歩くことを要求し、体もそれに応えて一歩、また一歩とこの暗闇を歩いている。
先程までは、あんなに真っ白な世界にいたというのに。今度のはその正反対でえらく暗くて、手を伸ばせば黒い煙のようなものに腕は埋もれ、見えなくなる。もちろん目の前の視界も完全にゼロだ。
でもなんでだろう。
俺はこの暗き闇に恐れなどの感情が湧かない。不安という気持ちも一切出てこない。この暗闇はひんやりと涼しくて、心地よくて、そしてなぜか安心感さえ生まれていた。
これが俺の本来の姿であり、ここが俺の在るべき場所。さっきの白の世界はどうにも落ち着かなかった。少しばかり、いやかなり光が強すぎた。
俺に似合う場所。それがこの暗闇の世界であることを、頭と体が自然と理解していた。
黒き闇は、そう悪いものではない。そんな気持ちが俺の心を満たしていた。
キラキラキラ・・・
ふと前に視線を向けると、いきなりか、それともずっとそこにあったのか、それは今の俺にはわからなかったけど、俺の目の前にこの闇を切り裂くようにキラキラと輝く光の裂け目があった。
その光の裂け目は眩い光を放ちながらうにょうにょと、その姿を不規則に変えながら俺の元へ近づいてくる。
「・・・・・・」
俺はその光に向けて、ゆっくりと手を伸ばす。その行為そのものがまるで当然であり、こうしてその光に手を伸ばすことが当たり前のことであるかのように、俺は真っ直ぐ光に向けて手をかざす。
その光は俺には眩しすぎた。だけどその光に触れたい、その光の先へ足を踏み出したい。
その光はなぜだか懐かしく、眩しくもその先に暖かさを含んでいるようだった。俺はこの光を、初めてみたものではないということを直感で感じ取っていた。
この光の先には、きっと・・・
「・・・はっ!?」
その瞬間、突然俺は目を覚ました。目の前にあるのは少し所々傷がついている白い天井。その白い天井をよく見ると、小さな竜が無数に同じ格好をしながら刻まれていた。
「・・・・・・」
辺りを見渡す。白を基調としたその空間は、今まで見てきたような空間とは雰囲気がまるで違っていて、そう言うなればここはまさに「部屋」というものだった。
少し大きめの窓に白いレースのカーテンがふわふわと風に乗って揺れ、その窓の下部分を隠すようにいかにもモダンな感じの歴史が深そうな棚が置かれている。その棚の引き出しの一つ一つには小さな鍵穴が開けられていて、どうやらこの棚には随分と大事なものが入っているような雰囲気があった。
「・・・!」
その時、ふと棚の上に置かれているガラスのようなものでできた写真立てに目がいく。
そのガラスのようなものでできた写真立てには細かな細工がしてあって、え~と、まあよくわからないけどなにかの花の模様で、この色調高そうな部屋にふさわしい代物だった。
しかし、肝心のその中の写真の方はというと、白くぼやけてなんにも見えない。うっすらとなにかが写っているようないないようなといった感じで、しかもそれ自体かなりよれよれで、ボロボロで・・・
簡単にいえばそれは、この写真立てにわざわざ入れるほどのものではなかった。
なんであんなものが大切そうに、あの写真立てに入れられているのだろう。そう考えようとした瞬間、不意に部屋にあった黒いドアが開く。
「お、起きたか。こりゃあグッドタイミングってやつだな」
そのドアから現れたのは、いまいち話す言葉は浮いているような気もするが、それでもその一歩一歩ごとに深く、雄大な音を奏でながらこちらに迫ってくる一人の人物。
その姿を一目見た瞬間、それが誰であるかは一瞬でわかった。
「お、親父!?」
そうそこにいたのは
「お、一応そのことだけは覚えててくれたんだな。父さんは嬉しいよ」
子供のようなことを言うくせしてその深く見る者の全てを見通すかのような目、そして体の一つ一つの動きから威圧感がびんびんに漂うその存在。
それは俺の父であり竜族を束ねる竜王であり、そして最強のドラゴンである・・・
そう、その人物の名はシリウス。俺を人間界の高校に行かせ、そして俺に「一之瀬 蓮」という名前を付けた張本人だ。
「まあ一応、一回はあなた・・・じゃなかった親父に会ってるからな。それに忘れられないぐらいのインパクトもあったし」
親父というくせして、俺はその親父に会うのはこれでようやく二回目だ。なんだか親子に全く見えない感じではあるが、一応は名前も付け、そして学校にも行かせてるんだから親らしいことは一応している。
だけどそのもろもろのことの告げ方が問題だ。俺は起きてどれだけ寝てたか聞いたら親父は「300年」とかふざけたことを言うし、そして起きて早々「お前には人間界の普通の高校生として高校に入学してもらう」なんて突拍子もないことを言うし、そしてなにより
「お前の名前は今日から一之瀬 蓮だ!!」・・・てな感じで、いきなり自分の名前まで決められちゃうし。もうなにがなんだかわからなくて、あんなにインパクトに富んだ時間もなかなかないと思う。
あれ?そういえば300年って・・・
「って親父!!まさか俺はまた「何百年も寝てました」、なんてことを言うんじゃないだろうな??」
そう思うと、突然周りの景色が怖くなった。この白を基調とした部屋ではこの空間、この世界がいつの世界であるか全く判断できない。
もしこの世界が、俺が意識を失ってから何百年過ぎていたとしても、その可能性を否定できるものはここにはなにもなかった。だからなおさら、自分がここにいるこの空間、この部屋が怖くて怖くて仕方なかった。
もしかして俺は、少し前までいたはずの世界に帰ることができないんじゃないかと、そんな恐怖や不安が俺を揺さぶりまくっていた。
「もちろん・・・そんなわけがないだろう」
「・・・は~良かった・・・」
俺の不安に親父は、重く低い、それでいてどっしりとした安心感のある声で、そう答えた。俺はそれを聞いて、自分の中に溜まっていた不安の塊を息と共に外へとはき出す。
良かった、本当に良かった。俺にはまだ、帰る場所が残されていた。それがこんなにも嬉しいことであることを、俺は今改めて実感した。
「あ~でも、お前が意識を失ってから一応一週間は経っているがな・・・」
俺が喜びに浸っていると、親父はぽりぽりと頬をかきながらそう呟く。その姿は見知った人物の素振りと重なり、少し懐かしくもなん・・・
「って、ええー!!?」
い、いいい今、い一週間って言いませんでした??
「まあそう驚くな。むしろこうして一週間で回復できたことのほうが父さんとしては驚きだ。お前は今そうして平然としているが、結構大変な状況だったんだぞ??体はズタズタになっていてそして・・・」
そこから親父は俺の怪我の程度の話を続けていたが、その時、俺の頭にあることがよぎる。
「・・・俺って、たしか暴走・・・したんだよな」
以前同じようにこのベッドの上に居た時は、その前の記憶が一切なかった。しかし今は少なからずおぼろげながら記憶は残っている。意識を失った中で見た光景、空間、そしてもう一人の自分の姿。そのことはついさっきまでの出来事だからか、鮮明に頭の中に残っている。
しかしその前、俺が意識を失う前の記憶は、覚えてはいるんだけど少し曖昧なものだった。そこで一つの疑問が浮上する。
もう一人の自分、フェンリルと出会ったことで俺は自分が暴走したことを知った。しかし、今の俺はこうして普通に自分の意志で体を動かせている。今は確かに俺という存在だ。
ならその暴走は、どうなって鎮められた?いや誰が鎮めたのかと表現する方が正しいか。
自分で言うのもなんだが、俺に秘められた力は相当なものだ。俺はそれを使いこなせていないからその大きさを把握することができないが、それはみんな、そして親父も、その強大さをしっていて、それを俺に何度となく告げていた。
そしてフェンリルから聞いた暴走、バーサークについての話。あれは全ての魔力を解き放って破壊のかぎりをつくすとフェンリルは言った。それならこの俺の、ブラックドラゴンとしての力が解き放たれた時、その力は考えるまでもなく、凄まじいものになるだろう。
だけどその力も、誰かが止めてくれた。それはありがたい事であり、感謝するべきことなのだが、同時にそれをしたのは誰なのか、そしてどうやって止めたのか。そんな疑問が、俺の頭の中でぐるぐると回っていた。
「・・・親父」
そして俺は、ずっと俺の容態について語り続ける親父に話しかける。親父はそれに反応してピタリと話をやめて、俺の顔をみつめてくる。
「俺は、暴走したんだよな?」
「・・・!!」
その瞬間、親父の顔が一瞬曇った。その俺から放たれたワードに、なにか思い当たる節が十二分にあるようだった。
「どうしてそれを・・・お前は知っているんだ?」
驚いたような顔で話す親父。その姿は今まで見てきた親父のどれとも当てはまらない始めて見る姿だった。
「いやなんていうかその・・・まあなんとなく、かな。なんとなくなんかそうかなあ~って感じに思ったからさ。でもその反応を見る限り、やっぱりそうみたいだな」
俺はあえて話さなかった。意識の彼方で、フェンリルというもう一人の自分の存在に出会ったことを。
それを話せば、まあ普通なら信じないだろうが、親父や他のみんなはおそらく信じてくれるだろう。
だけどなんとなく、このことを話したくはなかった。他のDSK研究部の仲間ならいいかもしれない。だけどここにいる親父、竜王であるシリウスには、そのことを話したくなかった。
理由は特にない。ただなんとなく、話せばまたややこしいことに巻き込まれそうに感じただけだ。
「・・・本当になんとなくか?」
そんな俺の意図を読んだのか、親父は低い声で俺に尋ねた。真っ直ぐ、俺というただ一点だけにその鋭い視線を飛ばして。
「なんとなくと言ったらなんとなくだよ。それ以外のなにものでもない、ただそれだけさ」
そんな中俺は、変わらない姿勢で親父に答える。その視線に一瞬背筋が凍りそうになったが、それでも、俺も親父を目を逸らさずに真っ直ぐ見つめながら、そう答えた。
「・・・そうか。お前がそこまで言うなら俺もそれ以上のことは聞くまい。どうせお前のことだ、どれだけ詰め寄っても返ってくる返事は変わらないだろうからな」
そう言って親父は窓の景色へ視線を移す。その言葉は俺の思惑を象徴しているかのような、そんな言葉だった。
・・・もしかして普通にバレてないか?
「その様子だと、人間界の生活には慣れたようだな。どうだ、人間の学校生活は楽しいか?」
親父はいきなりしんみりとした面持ちで、俺にそう尋ねた。
「え、まあうん、楽しい・・・かな。色んな奴と知りあえるし、仲間と共に過ごす時間ってのは、なかなか良いものだと思ったよ。正直、今なら少しぐらい、人間界に出てよかったかなと、思えなくもない」
「だけど・・・」
俺はそう言って少し俯く。そんな俺を見て親父はその姿を「ん?」といった感じで見つめてくる。
「だけどどうした」
「そんな生活の中で、ターゲットと戦うことだけは楽しいとは思えない。どんなに他のみんなが強くとも、その仲間が傷つき、そして苦しい思いをする戦闘を、俺はできるならしたくない」
「それにこの手で誰かを殺すということも、できるなら、やりたくない・・・」
俺は俺が思っていることを素直に話した。人間界の生活は確かに楽しい。だけどその楽しさは表面での話。その裏面、ターゲットとの戦闘が、もしなかったのならば、俺は素直に人間界の生活を楽しいと自信をもって言うことができただろう。
もし・・・もしこの世界でそんな日々を掴めたのなら、俺はこれほど嬉しいと思うことはないだろう・・・
「・・・ふむ。お前もそんなことを、考えるようになったんだな」
「仲間を傷つけたくない、仲間を苦しめたくない。そして誰かをこの手で傷つけることもしたくない・・・。蓮、その想いはとても大切なものだ。それこそが生き物らしい「優しさ」というものだ。その想いを、お前はずっと大事にしていかねばならない。そして決して無くしてはならない」
「お前にはその仲間を、大切なものを守れるだけの力がある。これから先、幾多の困難や壁がお前を立ちはだかるだろう。それに対してお前は、どれだけ自らの力を正しい道に使えるか。それがお前の進むべき道であり目指すべき場所だ。俺はお前が必ず正しき力の使い方を見つけ、そしてその場所へ辿りつくことを」
「心から祈ってる」
親父はそう言うと、くるりとこちらに背中を向けて、窓の景色を見つめた。その背中は相変わらず威圧感がたっぷりだったが、だけどどことなく、悲しみに似た感情がその背中に入り混じっているような、そんな感じがした。
「さあもう行け。お前が帰ってくることを心から待っている仲間の元へ。お前のその無事な姿を見せて早く安心させてやれ」
俺はその言葉に反応するようにベッドから起き上がる。幸いにもまた、服装は制服のままで、しかも一週間も寝ていたはずなのにシワ一つ付いていない。これならすぐにでも学園へ戻れそうだ。
「そういえばみんなは、無事だったのか?」
俺はベッドからひょいっと降りて向こう側を見つめる親父に尋ねる。
「ああ、みんな無事だ。後残っているのはお前だけだ。みんなお前が帰って来るのを首を長くして待っているよ」
その言葉を聞いて俺は一安心して、こちらに背中を向けたままの親父をよそめに、ドアの元へと歩み寄っていく。
そしてドアノブに手をかけようとした時
「ああ最後に一つ言っておく」
親父が急に俺を引きとめる。そしてずっと向こうを向いていた体を振りむくようにして言った。
「お前が全てのことを終え、一段落するまでここには絶対に戻ってくるな。まあそう簡単にここには戻ってこれないとは思うが、一応念を最後に押しておく」
「ではまた、全てを取り戻し、新たな姿でここに戻ってくるお前の姿を、私は心待ちにしている」
「じゃあな、蓮。元気でな」