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第九十五話 忘却の一時~曇りの空に、蒼き空をみつけて~

※今回も前回同様同じ時間上で、そして伊集院 有希視点で進行していきます。

 

・・・風が気持ちいい



 誰もいないこの雨上がりの屋上という空間。広い敷地に草木が生えて、風に揺られて奏でられる自然の音だけが、私の耳元に届いては突き抜けていく。空は雲で覆われているが、その隙間隙間から蒼色の空が覗きこみ、そこから光が差し込んで光のカーテンを形成している。




日頃あまり、というより誰も来ないこの屋上。この学園の中で、数少ない自分だけの世界に浸れる場所。そして自分だけの時間を過ごせる場所。それがここ、屋上。




私はこの場所が好きだ。自分の世界に入り込めるのもそうだけど、なによりここは自然の息吹を全身で感じ取ることができる。



空、風、自然。その一つ一つが私の心を癒し、包み込み、そして満たしてくれる。決して埋まることのない心の穴を、その優しい息吹はささやくように、やんわりと癒してくれる。




この汚れた世界で、この世界にはまだこんなところがあり、こんなにも美しい一面もあるのだと、こうして手すりに寄りかかりながら幾重にも重なる風を感じていると、そう私に語りかけてくれる。私が呪い、絶望、そして落胆したこの世界も




そう悪くはない、そんなことさえ感じさせるほどだった。




キーンコーンカーンコーン・・・




 小さく、遠くの方で鳴っているかのようなチャイムの音がこの屋上の空間に割り込んでくる。おそらくこれは五時間目の始まりのチャイム。昼休みが終わり、それぞれの授業の場所へと普通の生徒達は向かい、そして授業を受けているのだろう。




だけど私は動かない。チャイムが鳴り終わればそこには先程となんら変わらない空間が広がる。そして私はまたその空間に一人浸り、自分だけの時間を過ごしていく。




今はずっと、こうしていたい・・・





ガチャッ!




「・・・!?」




 その時、不意にドアの開く音がして私の安らぎの一時は中断される。本来なら一般生徒は授業に出ているはず。故にこの屋上のドアが開くはずはない。だけど今確かにドアの開く音がした。



風でドアが揺られて動いただけかとも考えたが、その方向を見ると、それが自然のイタズラではなく人為的なものであることがいやおうなくわかった。



「やあ、伊集院さん。こんなところで会うとは奇遇ですね」



片手を軽く上げながら私の名を声にだした存在。それは同じ竜族であり、クラスメイトであり、そして部も同じである工藤 真一であった。



「・・・奇遇にしては出来過ぎている気がするけど」




普通と比べれば、こうして授業が始まっている中屋上にいる私はおかしな存在なのに、同じように授業を受けずにそれもこんなはずれにある屋上に足を運ぶというのは、奇遇では片付けられないものがある。



「いやまあなんというか、歩いていたら伊集院さんの寂しげな一人姿が見えたもので。つい声をかけたくなっちゃいましてね」




「・・・・・・」




寂しい、か・・・




 私は、一人でいること、孤独であることを寂しいなどと思ったことはない。そもそもそれが私の普通であり、日常。こうして誰かと話したり会ったりすること自体が、私からすればむしろそっちの方が変わったことなのだ。




私はあの日からずっと孤独だ。だけどそれを悲しんだことはない。それについて悲しむことはもう遠い昔にやめた。




悲しんで下を向いて泣いていることに、なんの意味もない。泣こうが悲しもうが、そんなことをしてもなにも戻ってこないし変わらない。そんなことよりも、私にはやらなければならないことができた。そしてそれが私を揺り動かし、生き続ける原動力となった。



そして今、こうしてこの世界にいる。こうして確かに生きている。絶望の淵から抜けだし、自らの目的のために前を向けている。




 生きる原動力。それは一見良いもので構成されているような気もする。だけどそれは全くの間違い。



生き物は希望や喜びだけが生きる原動力となるのではない。怒り、憎しみ、恨み、そんな感情でさえも、その反動によって存在によっては皮肉にも、生きる原動力となりえる。




・・・だけど



「・・・・・・」



確かにこれだけは疑いようもない事実。




一人孤独でいること




私もそれに、悲しみを覚えた時期はあった・・・





「もしかして来ちゃいけませんでした??もし気に入らないんでしたら自分はすぐに戻りますが・・・」




「・・・・・・」




 本来なら自分だけの時間を邪魔されたくはない。適当な他の人だったら遠慮してもらいたいところではある。けれど・・・




・・・彼、工藤 真一であった場合、話は別。




「・・・別に私は構わない。それにあなたには聞きたいこともあったし」




「そうですか。それはよかったです。正直、ここまで来てまたすぐに来た道を戻れというのは気分的にも辛いものがありましたんでね」




私がそう答えると、工藤 真一は笑みを浮かばせながら私の横へやってきて、私と同じように手すりにもたれる。



「ふう・・・ここは相変わらず気持ちのいいところですねえ~」



そして工藤 真一は私の隣で気持ちよさそうに風に当たっている。笑顔で言うその言葉の合間合間に時折みせる、深く、空を見ながら空ではない全く別のものを見ているような、そんな眼差しをみせる彼の姿は、少しばかり、自分と同じ匂いがした。




「まあおそらくですけど、伊集院さんの聞きたいことと言うのは先程の戦闘、それも「あの」ブラックドラゴンの暴走に関することですよね?」



工藤 真一は空を見つめながらそう言って私の方を向いた。私はそれに静かに頷き、その口を開く。



「・・・あの時の暴走、あれは自然的なもの、それとも人為的なもの?」




 その時、一瞬彼の体がピクッと反応した。その後、彼は私に向けていた視線を空の彼方へ戻すと、遠くを見つめるような目をしながら答えた。




「もちろん、どちらかと聞かれれば「自然的」なものですよ。そもそもあれをわざわざ暴走させて誰かにメリットはありますか??実際我々もあの暴走したブラックドラゴンには歯が立たず、被害も甚大なものでしたからね」




「・・・・・・」



私は話し終えた彼の顔をじ~っと見つめる。彼の動かす目や眉の細かな動きを睨みつけるように見つめる。その視線に気付いたのか、彼は一瞬だけこちらを向いてまた戻し、話を繋いだ。




「しっかし、暴走したブラックドラゴンがあれほどとはね。正直想像をはるかに超えてました。闇、そして破壊の化身の呪われしドラゴン。今回は短い時間でしたけど、あの日「あれ」が出現した時にあれほどの被害を生んだのも、頷けますね」




「・・・・・・」




 あの日、というのはフェンリルの落日を指すのだろう。一番最初に、初めてあれが暴走した日。



その日を体験した者は一生忘れることはできないだろう。あの日、あれは終わりであり、始まりであった・・・




「・・・自然的というけど、最後のあの「黄金の槍」はどう説明するの?」




 私はそう言って今まで以上に彼を睨みつけた。




忘れもしない。あの黄金の槍、あのブラックドラゴンを一発で仕留めたあの槍の持ち主は、私の頭の中ではせいぜい一人ぐらいしか思いつかない。




「・・・あれは」




工藤 真一はそう言ってまたちらりとこちらを見る。そして私の視線を感じ取った後ふうっと一度溜息をつき、そしていつも見せる笑顔を向けて言った。




「わかりました。私の負けです。やっぱり伊集院さんには嘘はつけませんね。あなたも「一応」関係者及び当事者ですから、本当のことを言いましょう」




「あなたの思っている通り、あの暴走は自然的なものではなく、人為的なものですよ」




その瞬間



ヒュルルル・・・




私と彼の間を縫うように、強い風が吹きつけた。




「・・・あれは我々の計画の一部です。あの日と同じように暴走するように仕組み、そして暴走させた後の彼の動向を探るための、まあ言うなれば自作自演ですね」




「彼を暴走させる、そのためには彼をなるべく感情的にする必要があります。まあターゲットであるエフィーがあれほどの力だったというのは予定外でしたが、それも逆に好都合でした。彼は仲間を大切にしている、ならその仲間が倒れれば、彼の感情は確実に揺さぶられる」




「まあ暴走の引き金となったのがそのターゲットであるエフィーの心理攻撃だった、というのが今回の作戦の一番の誤算でしたが、まあなんにせよ暴走はしてくれたわけですから、結果オーライですね」




私は彼の説明を静かに、口を挟まずにじっと聞いていた。




彼の、いや彼らのやろうとしていることと私のやろうとしていることはおそらく全く違う。むしろ正反対といってもいい。



今回の件、それが彼らの仕業というのは最初からわかっていた。しかし今問題であるのは暴走を起こしたことではない。



問題なのはなぜその必要があったのか、ということ。彼らのやろうとしていることがなんなのかは私にはよくわからない。しかし彼らの今までの動きに対して今回の件はあまりにも過激すぎる。




あのブラックドラゴンの暴走。あの一つの出来事で過去に一度、大変な惨事になったことはあっち側の方もよく知っているはず。しかしそれにも関わらずそんな恐ろしいことを作戦にするなんて普通に考えてありえない。




そして最後の黄金の槍。あれが示すことは、この暴走において過去の二の舞には絶対にならないという揺るぎない確かな確証があったということ。




その確証の理由、そしてそんな危険な作戦さえも一部である計画。




それがなんであるか知る必要がある。私の宿命のためにも、そして私自身としても。




「・・・そんなことをする必要がなぜあったの?」




私は彼に尋ねる。しかし思っていたとおり、彼は顔に笑みを戻して言った。



「残念ですがこれ以上おしえるわけにはいきません。あなたは我々とは違うものを目指している。まあ実際、このこと自体も非常に極秘の案件で、これ自体もあなたにおしえるべきではなかったのですが」




「まあなんとなく、あなたには知っててもらいたかった、と思ったので今この場でお話しました。ああもちろん、このことは誰にも言わないでくださいよ?そうでないとお互いに面倒なことになりますからね」





知っててもらいたかった、か・・・




おそらくそれも、「あれ」の指示なのだろう。私にそれをおしえたこと、それにもなにか訳があるのだろう。




「・・・そういえば、その・・・「あれ」はまだ元気なの?」




私は彼に尋ねる。すると彼は少し意外なことを聞いたような顔をしてから、その質問に答える。




「ええもちろん変わらず元気ですよ。しかし意外ですね、あなたがあの方のお体を心配するとは。まあいまだに「あれ」呼ばわりみたいですが・・・」




「あの方もあなたのことを心配してましたよ。毎回会うたびに一度はあなたの名をだしますから」




 私は彼の言葉を聞いて、空を見上げた。曇っていた空は蒼い部分が次第に広がっていき、もう少しで太陽の光もその姿を現しそうだった。




「・・・そう」




そして私は一言だけ、そう言った。




「それでも、あなたの考えは変わりませんか?」




 そんな私に、工藤 真一は屋上から見える景色を見つめながら尋ねてくる。私はそれに、空を見上げたまま答える。




「・・・もちろん変えるつもりはない。あのことを私は決して許さない。そのために私はここにいる。こうして生き続けていられる」




「だけど・・・」




そして私は見上げていた視線をゆっくりと元に戻し、彼が見つめる景色を私も同じように見つめる。




「だけど?」




その私の言葉を聞いて彼はまた尋ねてくる。それを私は、遠くにうっすらと見える街並みを眺めながら言った。





「もう少しだけ、こうしていても・・・いいかなと思った」






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