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第九十二話 もう一つの存在~白き世界に二人の姿~

 ここは、どこだろう・・・




真っ白な空間。上も下も左も右も、どこもかしこも真っ白。真っ白すぎてどこからどこまでが空間で、壁があるのかないのかさえわからない。




そんな中、俺はポツンと一人、この空間に座り込んでいた。




「・・・どこだここ?」




俺は立ち上がろうとする。座っているとじわじわとなにかが浸食していきそうに感じた。それに、この俺の下にあるものは床なのか地面なのかはわからないけど、とてもひんやりと冷たく、俺の体の体温を少しずつ奪っていっていた。



「・・・テッ!!」



立ちあがると同時に、頭をかなづちで殴られたような痛みが走る。そのせいで思わずまた座り込みそうになるが、真っ白な床をみてなぜかまた体が起こされる。




「痛てて・・・たくっ何なんだよ一体!!」




頭の中からズキズキと迫るようにくる痛み。その痛みに耐えながら俺はまた態勢を立て直して辺りを見渡す。どこまでも続く白。なにかあるわけでなく、ただただ白という色が続く。この空間で白以外なのは俺という存在だけだ。



しかし・・・




「・・・あれ?そもそもなんで俺こんなところにいるんだ??」




 俺は今、一番考えなければならない問題が頭に浮かぶ。




この果てしなく白い世界。俺はこんな場所を来たこともないし見たこともない。そして記憶を辿ろうとするとそれを妨げるように頭に激痛が走り、記憶へのアクセスは遮断される。




だけどここに俺はなぜ来たのか、どうやって来たのか、どこから来たのか、そしてこの空間はなんなのか。俺が知りたいと思うことは連鎖反応を起こすように次々と頭の中に姿を現す。




しかしその答えを探す術は俺にはない。記憶もないし、第一ここには俺以外に誰もいないし、そして俺以外の存在もない。自分で答えを見出すこともできなければ誰かにその答えを聞くことも出来ない。まさに八方塞りだ。問題の答えはただそこにあるだけで手を付けることはできなかった。




しかし、まあ・・・




「・・・まあいっか」




 この白の世界にいると、そんな問題を考えるのが途端に面倒になった。もしその答えを見つけたとして、それが一体なんになる?俺の中で小さな自己満足が俺の心を一瞬だけ満たすだけだ。



だけどその満たされた心も、時間が経てば色褪せて、元の心よりもさらに渇いた心になる。そしてさらに心を満たそうと脳を揺り動かし、また心の満足を得るために動く。そしてまた見つけてはその満たされた心に浸り、また渇いては探し続ける・・・




まさに無限ループだ。いや、雪だるま式といったほうが正しいか。今の欲求は前よりも大きい。そうして心の欲求は膨れ上がり、そしてそれを満たそうとなにもないこの世界をさまよい続けるだけだ。




バカバカしい。そんなの最初っからわかってたはずだ、こんなことでは本当の意味での心の満足は得られないと。そんな自己満足というちんけな偽りの満足で、満たされるほど心は簡単なつくりじゃないんだよ。




そんなばかげたこと、やってられるかよっ!!





「・・・ほう。お前は意外に色々と考える奴なんだな」




「!?」




 その時、突然背後から声がした。




「・・・・・・」




それを聞いて俺は微動だにせず、その場に立ちつくしていた。そして白き地平線の彼方を食い入るように見つめていた。眼に映る白色が、ゆらゆらとかげろうのように揺れる。




この空間に、俺以外の存在はいない。故にこの空間で音を発するのは俺、一之瀬 蓮ただ一人。それ以外の存在がないんだから、それは当然のことだ。俺が喋ればこの空間に「音」というものが吹き込まれる。俺がなにも喋らなければ、この空間には永遠に「音」は奏でられない。




 だけど今、確かに声がした。俺はなにも喋っていないのに、この空間に「音」が生まれた。




確かにそれは不気味だ。なにもないところに音が立つ。それはあきらかに不自然だ。火の無い所に煙は立たぬ。故に存在無きところに、音が生まれるわけがない。それを不思議に思い、そしてそこから不気味さが生まれるのは当然のこと。それが普通だ。



「・・・・・・」




だけど




「・・・、まさか」




 俺がこんな風に立ちつくし、目を見開いて動揺しているのは、その音の誕生が一番の原因ではない。




フウゥ・・・




俺が一番不気味に思ったのは、その音ではなく、「声」だった・・・




「よう。お前が、一之瀬 蓮・・・だな?」




振りかえると、そこに立っていたのは一人の青年。




「初めまして・・・というのもおかしいか。まあ実際には初めてこうして会うんだからやっぱり初めましてだな」




そこに立っていたのは、紛れもない「俺自身」だった。






「ん?なんだその変なものを見るような目は。そんなに珍しいものでもないだろう?」




 俺に語りかけるもう一つの存在。その姿を見て、俺は自分の予感の的中と共に、これ以上ないってぐらいに動揺・・・パニック状態になっていた。




足、手、体、顔、耳、髪、そしてその着ている服。




俺と全く同じ・・・俺と完全に一緒・・・。そこには、俺となんら変わらないもう一人の「俺」が立っていた。



「っ・・・」




なんなんだ、これは??




これがいわゆるドッペルゲンガーってやつか?世界には自分と同じ顔の奴が三人いるってやつ。あれ?あれって顔だけじゃなくて姿かたち全てがそっくり、同じなのか??



そこに立っているのは姿どころか声まで同じ。完全に生き写しだ。確実に、そこにもう一人の俺がいる。




あれ、確かドッペルゲンガーって確か死の予兆とか言われてて、見たら死が近いっていう話だったような・・・



ということは、俺はもうすぐ死ぬ・・・いや、この白い世界といい、この俺と全く同じ存在といい、もしかして俺はもう死んだんじゃないのか。既にこの命は燃え尽きて・・・




ということはここは死後の世界ということになる。だがそう考えると、先程頭の中に浮かんだ疑問の全てが一気に解決される。死んだからここに来た、元の世界で死んでここに来た、そしてここは死後の世界。




本当に・・・本当に俺は死んじまったのか??ここにこうして俺はいるのに、こうして掴むことだってできるのに、この体は元いた世界で死んでいて、ここにいる俺は・・・




そうだ!ならここにいる俺はなんなんだ!?その元の体の魂か何かか??それとも偽物か??もうわけがわからない・・・




もう俺の思考回路はパンク寸前だった。目の前にある現実は俺の思考を惑わし、脳の混乱を招いていた。せっかく問題が解決したって、今度はそれ以上に大きく、そして残酷な問題が俺の前に立ちふさがっていた。




「あ~だいぶ混乱しているようだが。ちなみに言っておくがお前は死んだわけじゃないし、ここにいる俺もお前の生き写し・・・お前の世界でいうドッペルゲンガーというやつではないからな」




「え・・・?」




 俺が一人取り乱している時、そこにいるもう一人の俺は俺の頭に浮かんだことをまるで見えているかのように、その全てを声にだして答えていく。俺の疑問どころか、頭の中で生まれたワードまで、その全てがもう一人の俺の口から滑りだす。



「ふむ、なんで俺がお前の考えていることをまるで見えているかのように答えているか疑問に思っているようだな」




そう言ってもう一人の俺はフフッと不敵に微笑む。その仕草や笑い顔までが同じ、これがほかのみんなから見えていた俺の姿なのか・・・。俺はまじまじとその姿を見つめてしまう。




「答えは簡単だ。お前は俺であり俺はお前だからだよ。俺とお前、この空間にいる二つの存在を合わせてはじめて、この体の存在となるんだよ」




「・・・え?」




 その時、もう一人の俺が放った言葉はあまりにも衝撃的で、頭が真っ白になるものだった。




俺と、あの俺の二人でこの体の存在となる??わけがわからない。その言葉を理解するには俺の思考能力の限界以上を使っても、到底理解できるものではなかった。



いや、おそらく理解はできていたと思う。だけど、その答えをはじきだすことを脳自らが否定していた。




「ふむ、あまり理解できていないようだな。いやそれとも、この事実を信じることができないという方が正しいかな?」




「・・・・・・」




ダメだ、このもう一人の俺は俺の考えたことが見えていることは間違いない。今まで恐ろしいほどに俺の動揺を逆手に取るかのようにペラペラと話している。それはいずれも俺の頭によぎった言葉だった。




これを偶然というには、あまりにも都合がよすぎた。




「お前は、自分の中に自分じゃないもう一人の自分がいるってことを、気付いていたよな??」




「!!」




 その言葉を聞いた瞬間、頭の中でなにかが突き刺さったようにその言葉に反応した。




「もう一人の自分がいる。そしてそのもう一人の自分は自分と違って確かな「力」を持っている・・・」




そして頭の中で、一つの答えがはじきだされる。今まであんなに目の前の現実を答えとして出すのを否定していたのに、その答えは一瞬にして、まるでこうなることがわかっていたのかのように頭に浮かび上がった。




「ま、まさか・・・お前・・・!?」




そう、その答えは簡単なものだった。




「その通り。俺の名はフェンリル。この存在のもう一つの姿だ」






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