第八十九話 新たな舞台へ~白き世界に別れを告げて~
※今回も柳原 玲視点です
ズズウン・・・
今、一体何が起きたというのだろう。
地平線に広がるのは真っ白の床。それ以外、視界に入るものはなにもない。あるとすれば少ない黒い煙のようなものと、うっすらと残る跡のようなもの。それ以外そこにはなにも残っていない。
残っていない?なぜ??
そこに今まで、数多くの機械や施設が点々としていたはず、だけど私の眼にそれが見えてこないのはなぜ??
もしかして、さっきの世界と今の世界は同じようで、全く違った世界なんじゃないか?そしてここは、さきほどのブラックドラゴンの攻撃で生み出されたもう一つの世界、そこに、私たちは迷い込んでしまったんじゃないだろうか。
もしそうだったら・・・もしかしたらその方が今の時を過ごすには楽だったのかもしれない。
人間、だれしも少しでも楽な道を行きたいものだ。だけど、異空間というそんな非常識な空間の方が楽だなんて、私はどれだけ目の前の現実を恐れているんだろうか。
だけど・・・
「・・・・・・」
私はその視線を黒き邪悪なオーラをまといしブラックドラゴンへと向ける。全身怪しく黒光りする体、ごつごつとしていそうな鱗、全てのものを切り裂くような鋭利な爪、そして、そこに恐怖や恐れといったものを映し出す、二つの紅い目。
そのブラックドラゴンの後ろに目を向けると、そこには僅かな楽でも望む気持ちを、吹き飛ばすかのような光景が広がっていた。
(・・・やっぱり、今のがあのブラックドラゴンの力・・・)
見ると、そこには見知った機械が点々と置かれていた。それは今この空間から消えたものとほぼ同じもの、それを見て、ここがさっきまでの空間となんら変わらないことを気付かせる。
「い、一発の攻撃でここまで・・・」
フッ・・・
その時
バタリッ
視線の外の右下らへんで、なにかが倒れる音が響く。
「ゆ、有希!?」
急いでそちらに視線を向けると、なんとそこには有希がその銀色に輝く髪を乱しながら、床に伏せるように倒れこんでいた。
「有希っ!!大丈夫、有希!?」
私は急いで有希の元へ駆け寄り、有希の体を揺さぶる。ゆらゆらと髪と一緒に揺れるその体は、私の動かす手になんの抵抗もなく揺れ、全く、完全になにも力が入っていなくて、その感触を覚えた私は余計に不安にかられ、さらに強く揺さぶる。
「有希、有希っ!?」
まさか・・・まさか・・・
有希!!!
「・・・そんなに揺らされると、痛い」
「・・・!?」
何度も有希の体を揺らしていると、有希はくるっと伏せていた顔をこちらに向けて、そう小さく呟いた。
「有希・・・よかった・・・。まさか死んじゃったのかと思ったわよ・・・」
私は声を震わしながら安堵のため息をつく。よかった、本当に良かった。私たちを守るために、自らは命を落とすだなんて、絶対にあってほしくなかった。
大切な仲間を、こんなところでなくしたくなかった。
「大丈夫ですよ、玲さん。こんなところで伊集院さんが死ぬわけがありません」
ふと、声をした方を見ると、そこにはいつもの笑顔を浮かばせている、工藤君の姿があった。
「ああ、工藤君も無事だった・・・」
それを見た瞬間、私は思わず目を見開いて驚愕をあらわにする。
「工藤君・・・!その肩!?」
見ると、工藤君の右肩が真っ黒に染まっていた。そしてそこからうようよと黒い不気味なオーラが吹き出していて、その黒い影の中から赤い液体がツーっと流れ出していた。
「ああ、これですか。あの捨て身の作戦でも無傷、といきたかったんですけど。残念ながら少し肩をやられてしまいました。これでも、かなり運が良かったんですよ?命があっただけでも嬉しい限りです」
工藤君は笑みを浮かべながらそう言ったが、その右肩はとても無事なようには思えなかった。そこからのびる腕はだらーんと垂れさがり、無力そのものだった。
「本当は伊集院さんに治療していただきたいところですが、その様子だと無理そうですね」
工藤君は床に寝そべっている有希の姿を見て一度頷きながらそう言った。
「魔力不足。さっき少し使いすぎた」
有希は顔だけをこっちに向けたままそう告げる。表情にこそ相変わらずなにも表れていないが、あの時、有希は大変な思いをしたはずだ。それもここまで魔力を使いすぎて衰弱するほどに。
「いえいえ。「あの」攻撃を防げただけでも感謝感激雨あられですよ。あれほどの魔法を一発で仕留めるとは、さすが、伊集院さんですね」
その時、あのブラックドラゴンの攻撃を防いでいる時の光景が頭に蘇る。あの時、バリアが今にも崩れそうになった時に有希は今まで聞いたこともないような声でなにかを口にし、そして眩い光が闇を切り裂いた。
その魔法にも驚いたけど、あの時の有希の様子も、私の頭の中で鮮明に残っていた。
「別に問題はない。私はただここで死ねないだけ」
そしてまた、その有希の言葉も深く私の心に刻みこまれた。
「さてと、退路もできたことだし急いでそちらに向かいましょうか」
工藤君はそう言うと、黒く染まった右肩を抑えていた左手をパッと離し、またその手に深緑の、今度は最初から剣をだす。
「弓は両手でないと打てませんからね」
そして工藤君は漆黒の巨竜へとその視線を移す。
「く、工藤君?退路って一体どこに・・・」
工藤君の退路ができたという言葉。一体どこにそんな流れがあってその言葉に行きついたのだろうと気になって仕方がなかった。そして、その言葉を聞いた工藤君はくるりと私の方に向き直し
「ほらっ、あそこにちょうどいい具合に穴があいてるでしょ?」
そしてその方向を指で指し示す。
「あ。あれは・・・」
私がそこに視線を向けると、そこには・・・
真っ白な壁に、大きく円を描くように穴が一つ、なにかの力で開けられていた。その穴は人が通るぐらいなら充分すぎるほどの大きさを誇っていた。
穴?あれ、あの穴ってもしかして・・・
私はよ~く目を凝らす。すると
(・・・やっぱり)
私はそれを見て確信する。その穴の断面は真っ黒になにかで染められていて、しかもそこからバチバチと、黒い電磁波のようなものが弾けていた。
あれは・・・、ブラックドラゴンの攻撃によって開けられたものだ。
この空間のあの白い壁は相当な強度を誇っている。どれだけ私たちが魔法を当てても、傷一つ付かなかった。だけどブラックドラゴンが放ったあの光線は、いともたやすく、しかも傷どころか貫通までしている。あの攻撃がどれほど強力なものだったのか、それは嫌というほどに感じられた。
「・・・!?」
ん?
その時、私はあることに突然気付いた。
(退路・・・ブラックドラゴン・・・光線・・・破壊・・・穴・・・)
・・・・・・
まさか・・・?
「っ・・・」
私は慌てて工藤君の方を見つめる。その右肩は相変わらず真っ黒のままで、それでいてポタポタと赤い液体が流れては落ち、そして落ちては流れていった。
「まあそれについてはあなた方は心配しないでください。こちらでなんとかしますから」
回避行動と聞いて、私が尋ねた時の工藤君の言葉を思い出す。そして今の工藤君の顔を見つめる。
・・・間違いない
私は確信した。いやそれが本当にそうだと言い切れるものなどどこにもなかったが、私にとってはそれは確信と言うべきものだった。
今の一連の動き、全てはあの退路を作るためのものだったんだ
相手の魔法攻撃に防御姿勢をとらず、ひたすら前へと進んで私たち、伊集院さんにはバリアを張らせる。そして自分は寸前のところまで迫って、ブラックドラゴンの放った攻撃をなんらかの方法でその軌道を変える。
普通相手の魔法攻撃とくれば防御に徹するのが常識。あれほどの力を凝縮している途中で、止めることなどできないだろう。だから身を守ることに専念する。だけど工藤君は、その攻撃を逆に「利用」した。
その攻撃の威力が、この空間を壊せるほどの威力だと知っていたから。そしてそれが、退路を作るには最も適している思ったから。
だけど、どんなに理論上それが効果的であっても、それに伴う代償は計り知れない。命を落としたとしてもなんらおかしいことではない。現に工藤君は腕をケガをすることになった。
だけど工藤君はなんらためらわず、その危険ないわば「賭け」に出た。私たちをその光線から守る、そしてその威力で退路を作る。
工藤君はその全てを、最初から狙っていたんだ。
「・・・・・・」
今改めて思った。前から思っていたことだけど今回の件でさらにそう思った。
工藤君は、魔力とかうんぬんの前に、私たちには想像できない域に達している。そしてそこから物事を的確にとらえ、最善の道を検索してそれを実行する。その過程に自らの命がかかわっていたとしても、その弾きだされた答えのためならなんら躊躇しない。必ずどんな手を使ってでも遂行する。
本当に、あなたは私たちと同じ存在なの?と、一瞬思ってしまうほどだった。そして少し、恐ろしささえも感じるほどだった。
工藤 真一。彼には私たちには見えないなにかが見え、そしてその先にあるものを一人見続けていた。
「さて、では始めるわけですが、その前にちょっと打ち合わせを」
工藤君はそう言ってブラックドラゴンに向けていた体をひょいとこちらに向ける。
「まず始めに、動けない伊集院さんは相川さんが担ぐなりして移動してください。そして今から私は閃光弾を放つので、柳原さんも含め全員、あの穴へ向かって走ってください。その際、あのドラゴンからの反撃は当然あると思うのでお忘れなく・・・」
そして工藤君は言うことだけ言った後、反応を待たずしてまた体をあのドラゴンへ向けると、左手に持たれた剣を構える。
「さて、ではいきますよ」
そして工藤君は目をつむる。
「・・・Incarnation of wind flash・・・sword」
ブンッ!!
詠唱を終えた後、光り輝く剣はブラックドラゴンへ向けて放たれる。
「さあいきますよ!あの退路目指して走ってください!!」
玲、健、伊集院「了解!!」
ダッ!!
そして私達は走り出した。
シュルルル・・・
工藤君、そして健が傷つき倒れ、私も、そして有希さえもその圧倒的な力に敗れ、倒れた。
そして一人、この場に残された蓮君の暴走。その比類なき力は私たちを倒したあのターゲット、エフィーでさえも敵わぬものだった。
そして今・・・
私たちはこの色々なことがありすぎた空間を抜けだそうとしている。
無事に抜けだされるかもわからない。だけど確かに、私達は新たな舞台へと走り出した。
その舞台は希望の光か、それとも絶望と混沌の闇か。
その先は、まさに「神のみぞ知る世界」