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第八十八話 悲しき主人公~落日は再び、闇は飲み込み光は照らす~

※今回は柳原 玲視点で進行していきます

「蓮君・・・」




 ぼそりと口から滑りだす言葉。しかしその言葉は情けなく、弱々しくて、誰にも届かずに一瞬にして空間の彼方へと消えていった。




「・・・・・・」




辺りを見渡すと、目の前にいる存在に対してみんな臨戦態勢をとっているけど、正直に言って、私はまだ心の準備ができていなかった。




目の前の存在が、一之瀬 蓮ではない、ということを。そして、彼に、あの存在に、武器を向けるという覚悟を。




「まずは・・・私が囮になって退路を作ります。皆さんはそれができ次第、全力でそれに向かって走ってください。必要ならば応戦し、自分の身を守ってください」




 そう言って工藤君はスッと前に出る。目の前にいる、おぞましい気配をびんびんに放つ、漆黒の・・・巨大な竜を見ても、工藤君はなにも動じていなかった。




どうしてあんなに平然としていられるのだろう。普通ならあの漆黒の巨竜自体だけでも、確かに今はあっちもこちらの姿に気付いていないようだけど、それでも普通の精神状態を保っていられるものではないのに、工藤君はそれを真っ直ぐに見つめていた。




あれは一之瀬 蓮「だった」ものであり、あの竜王様と並び立つほどの力を誇り、そして・・・




落日・・・フェンリルの落日の悲しき主人公




 世界は一つの衝撃で壊れ、変化することがある。それをあの日は証明してくれた。




あの日は、全ての生きる者に多大なる影響を与えた。そして、あの日から、今のこの世界は始まった。





全ての中心に位置する日。それがフェンリルの落日。全てはあれから始まり、そして今この時がある。





 そんな落日の立役者が目の前にいる中、私たちは一体どうしたらいいのだろう。




力ではどうすることもできない。それは見た瞬間にわかることだ。今だって、なにもわからずに工藤君にただついていくしか今の私にはできない。




だけどその先にあるものが、全く浮かび上がってこない。くぐり抜けたトンネルの先に、一体なにが私たちを待っているんだろう。




そして・・・




工藤君の導く未来に、DSK研究部「全員」のメンバーの姿が、ちゃんとそこにあるのだろうか・・・





「さて、では準備はいいですか?」




 工藤君はぐるりと辺りを見渡して尋ねる。今ここで全員がOKと言った瞬間、私たちの、そしてみんなの生死をかけた戦いが始まる。




そう思うと、一歩を踏み出すのが怖くなる。これからは片道切符、一度踏み出したら元には戻れない。




「私は問題ない」




「俺もいつでもOKだぜ」




 そんな状況を前にして、少しでも気持ちに揺らぎがあればそれはそのまま死につながる。自分一人の死ならまだいい、だけどそうなった時、必ずほかのメンバーにも負担、あるいは危険にさらすことになる。




「ま、待って!!」




だから私は声を上げる。自らの心の迷いをとり、前を向いて走れるように。




「どうしました?柳原さん」




 工藤君は少し驚いたように私に尋ねてくる。それを見て言うのを一瞬ためらってしまったが、私は強引に、その言葉を引き上げて口から滑りだした。




「本当に・・・本当にあれは、蓮君じゃ・・・ないの?」




私が言い放つと、工藤君はじっとこちらを見つめていた。私の心の中を見透かすように、その目線は鋭いものだった。そしてそのまま、少しの間を置いた後、工藤君はその視線をフッと変えて口を開いた。




「確かに・・・「あれ」の元の姿は我々の知る一之瀬 蓮である事実に間違いはありません。ですが」




そう言って工藤君は刺すような、鋭く光る眼光を向けて言った。




「あなたも知っているはずですよ。過去のあの日のことを。そしてそれからどうなったのかもね。そして今、それが目の前で全く同じことが起きようとしている。こんなことを、あまり言いたくはないんですが・・・」




工藤君は一度ふうと息を吐いて、そしてまた私を見つめながら言った。




「あなたが「彼」を助けたいと思うのは勝手です。ですが、我々にはこの状況を打開する術はどこにもない。それだけは忘れないでください。そして私も」




「ここにいるあなた方を死なせないための選択肢を取る。しかし、もしかするとそこには大きな代償があるかもしれません。この言葉の意味、あなたにもわかりますね・・・?」




工藤君はずっと、俯く私を見つめていた。大きな代償。それがなにを意味するのか、もちろんわかっていた。




だけど・・・だけど・・・




本当に、あなたはどこかへ行ってしまったの?蓮君




「わかったわ。もう大丈夫、私もいつでもOKよ」




 私がそう言うと、工藤君の顔に微笑みがもどり、うんと頷いて顔を上げた。




「では、始めさせてもらいます。これからは未知なる領域、みなさん」




「どうか幸運を・・・」




そして




バシュン!!




 一本の矢が、その漆黒の巨竜を目指して放たれた。




シュウウウ・・・ウウ!ピキーン・・・




その一本は、漆黒の巨竜の顔の、それも赤い眼と眼の間の所にぶち当たり、そして突き刺さらずにはらはらと落ちていった。



「やはり、攻撃は通じませんか・・・」




工藤君は弓を放った態勢のまま、その幾先を見つめていた。




「グルル・・・ウォオン!?」




そして漆黒の巨竜は私たちの存在に気付く。けたたましい音をたてながらゆっくりとこちらに体の向きを変えてくる。




「さあて来ますよ。みなさん態勢を整えていてください・・・ねっ!!」




バッ!!




 すると、工藤君は突然無謀にも、真っ正面からその漆黒の巨竜に向かって走り出した。私たちはなにがなんだかわからず、ただひたすら工藤君の行くさまを、見届けていた。



たとえいかなる状況に陥っても、瞬時に対応できるように。




「ねえ、健・・・」




「ん?どうした玲」




 ふと、私は無意識に健に声をかけていた。




「蓮君は・・・私たちの仲間の蓮君は・・・」




「帰って、来るんだよね・・・??」




私は健に尋ねていた。それは不安や恐怖といった感情が合わさり、滲み出ていた。声は震え、いまにも泣きだしそうな声だった。




「・・・・・・」




突然聞かれた健は少し驚いていたが、それもすぐにいつもの顔に戻り、優しい笑顔を向けながら言った。




「当たり前だろ」




そして健は向こうにいる漆黒の巨竜を見つめる。




「あいつは約束を破るやつじゃねえよ。これからどんなことがあっても、そしてどんな結末を迎えたとしても、あいつは必ず俺達の元へ帰ってくるはずだ」




「夏を知らない、そして海を(あと水着も)知らぬまま死ぬなんて、死んでも死にきれねえよ。まああくまで俺ならの話だがな」




そう言って健は笑いながら私の肩にポンと手を置く。




「あいつはきっと帰ってくる。それを出迎えるためにも、俺達もがんばって生きないとな」




その手は温かく、そこから元気の素みたいなものがあふれだし、体に染み込んでいくようだった。




「うん。絶対・・・絶対に、みんな生きて帰ろうね!!」







「さて、竜王に並び立つその力、とくと拝見させてもらいましょうか!」




・・・シュイーン




 工藤はその深緑の弓をまた剣へと変形し、漆黒の巨竜、ブラックドラゴンへと近づいていった。




「ウォォオオオオオオンン!!!」




ブラックドラゴンは工藤のその姿を捉えると、けたたましい叫び声をあげてからその大きな口を開く。




バリバリバリバリ・・・!!!




その開かれた口の辺りに黒きオーラを集め、凝縮し、一つの球のようなものが形成されていく。そこに圧縮された球からは不気味な音と共に黒い稲妻が走っていた。




「まさか・・・いきなりbreath魔法を放ってくるつもりか・・・!?これはまずいですね・・・」




チラッ




工藤は走りながら振り向く。そして大きく叫んだ。




「伊集院さんバリアを形成してください!!敵の魔法攻撃がきます!!」




「・・・・・・」




 工藤の言葉を聞いて伊集院さんは静かに頷くと、両手を前にだしてなにやら詠唱を始める。




「敵の魔法攻撃って・・・キャッ」




玲が言いかけると、伊集院さんは無言で伸ばしていた手で玲、そして健の服を掴み、自分の後ろへと誘導、というより放り込んだ。




「今から敵の攻撃が来る。一応バリアは形成するけどおそらくそれでもかなりの衝撃がくる。注意して」




そして伊集院さんはわけがわからず動揺している二人に言い放つと、また両手を前にだして詠唱を続ける。





「くっ、これでは方向改ざんをしている時間はないか。しかしこのままでは直撃、そうなれば伊集院さんのバリアでもあの攻撃は到底防げない・・・」




「と、なると。少しでもこの攻撃の照射方向をずらすしかないか・・・。やれやれ、なかなか難しい課題ですね」




そして工藤は巨竜の寸前というところまで近づき




「ですが・・・必ず成功してみせます!!」




バシュンッ




工藤は天高く飛び上がった。




「窮地は窮地であるほど、好機が隣り合わせなものです。そしてこの攻撃こそ、我々の退路を作るための絶好の機会・・・」




「死ぬ確率はかなり高そうですが、やらなければ確実に死ぬ。ならば、やる以外に選択肢はない!!」




そして工藤は詠唱を始める。




「我が前に風来たりてこの剣に宿し、そして風は我が前においてその身を剣となりて存在の壁となす・・・」




「Caprice Turnabout of wind wall sword・・・」



そして工藤は持っていた剣を天目掛けて投げる。その剣は白い筋を巻き込みながら輝いていく。



その剣が丁度漆黒の巨竜が形成している黒い球の辺りに落ちてきた時、ブラックドラゴンのそのためていた黒き球は突然激しく光り、そして一斉に放たれる。



シュウォン・・・スゥウウ!!ヴァァァァアアアアンン!!!



その瞬間、一つの真っ黒な筋、というよりも光線が照射される。しかしそれが照射されると同時に



キュイーーーンン!!



工藤の投げた剣が巨大な白い壁へと変化し、その黒い筋の進行を妨げた。しかしそれもあっという間に破壊され、粉々に砕け散り、白い霧となって消えていく。そして黒き光線は進んでいくが、今の衝撃で僅かながら進行方向が曲げられ、その行く先は少しずつずれていく。



「あ、あれは・・・!?」



・・・シュバァァァアアアアア!!!



 そしてその放たれた漆黒の光線は、伊集院さんがバリアを張っているすれすれのところを通過し、そのまま過ぎ去っていく。その黒い筋は物凄いスピードで、そして強烈な電磁波と音を出しながら突き進んでいった。



「あ、危ね~・・・。ギリギリだったな・・・」



その過ぎ去っていった筋を見つめながら健が安堵すると



「安心しないで!今からが本番」



 伊集院さんは珍しく強い口調でそう告げると、形成しているバリアを一層強くする。



「本番ってこれ以上一体なにが・・・」



健がそう言った時、それは弾けた。




・・・ンン!!グワアアアアアアンン!!!




突然、その黒き光線が通った場所から物凄い爆発が起きた。



「わああああ!!!」  「キャアアアア!!!」



そしてその爆発からは黒い煙みたいなものが物凄い勢いで押し寄せて、玲達を襲った。しかしそれを伊集院さんのバリアが寸でのところで防ぎ、バリアの箇所だけを除いてその煙は辺りをけたたましい音をたてながらその闇で飲み込んでいった。



ゴゴゴゴゴゴ・・・!!



「くっ!!」



 伊集院さんの光のバリア以外の場所はみんな真っ黒に染まって見えなくなった。そしてその煙は容赦なく伊集院さんのバリアも襲い、伊集院さんはその力に一人耐えていた。



「有希!!」



伊集院さんの両手がガタガタと震えている。その真っ白で細い腕は今にも折れてしまいそうだった。



「・・・このままでは・・・もたないっ」



ピシッ、ピシッ、ピシシッ



激しく揺れる伊集院さんの手。それに伴って、伊集院さんの形成したバリアが音をたてながら一本、そしてまた一本と亀裂が入ってくる。



「バ、バリアが・・・!」



それでも容赦なしに押し寄せ、伊集院さんのバリアに襲いかかる黒い煙。その煙に伊集院さんのバリアは次第に押され始め、亀裂も大きく、そして増えてくる。



これ以上は、いくら伊集院さんでも限界だった。



ビシッ・・・ビシシシ!!



そしてバリアはいつ崩れ、弾き飛んでもおかしくない状態にまでヒビが入る。伊集院さんの腕は一層激しく揺れ、その腕にも顔にも汗がどんどんふき出ている。



「有希!!」



「私は・・・私はこんなところで・・・こんなところで・・・っ!!」



その瞬間、伊集院さんの腕が激しく光る。



「こんなところで死ぬわけにはいかないのっ!!!」



「Holy aii over there of light drive!!!」



そして瞬間



チュィインン・・・!!ドォォオオオオオンン!!!



伊集院さんの両手から激しい光を放つ一筋の光の光線がその漆黒の煙を真っ二つに切り裂くように突き抜けていく。そして突き抜け、そこに一筋の光の道ができた後、その光は炸裂して



キュイイイイインンン!!!



その黒き煙をなぎ倒していきながら光は広まっていき、やがてこの場にあった全ての漆黒の煙を拭い去る。



ズズウンン・・・



 重苦しい音と振動と煙の後に、徐々にこの場の視界が回復してくる。



「い、一体何が・・・って」



そして周りの景色が見えるようになった時



「な、なにこれ・・・」



その光景を見て、玲、そして健は驚愕する。



「さっきまであったものが・・・」



 そう、視界が晴れた時、そこに広がっていたのは



そこにあったはずの機械やものが全て消え、白い床以外なにも残っていない、なにもない空間だった。




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