第八十六話 本当の自由を~消えていく、光も、そして存在も~
・・・ギュッ
全てを失った後に始まるストーリー。それは栄光へ続く奇跡か、それとも混沌と破壊の悪夢か・・・
ギュギュ・・・シュイーン・・・!!
今、突き刺さっていた剣はその手で引き抜かれる。それは始まりの瞬間。これから起ころうとする全ての事柄の最初の第一歩。主を刻々と待っていた漆黒の剣、そして今、その剣は主の元へ帰還する。
暗闇の闇をまといし主は、その自らの剣を再びその手に収める。
「神が作ったこの世界・・・世界はあらゆる生命にあふれ、あらゆる心や感情を生み出してきたこの世界・・・」
「誰もがこの世界に存在し、誰もが自らの存在をこの世界に植え付けた。そして世界も、それを受け入れ、自らの一部とした」
「だが・・・我の存在は許されなかった。我の呪われし力は、この世界から否定された!!」
「今・・・消してやる・・・、我を否定し我の存在を認めなかったこの世界を。神が作りしこの世界を、今、この手で消してやる・・・!!」
ピキーン・・・
右手に持たれた、漆黒の剣に刻まれた紅き竜がその言葉に連動して光り輝く。邪悪、恐怖、その全てがそこから放たれているかのような光を激しく放つ。
「光は闇に包まれる。世界は闇に呑まれる。闇は世界を、全てを支配する。今ここに、我が力の全てを解放し、その呪われし力で全ての存在を消し去り、神がつくりしこの世界の破壊を宣言する」
「世界は・・・闇へとキエル!!」
シュウン・・・シュウン・・・
背中から大きく、そして不気味に黒光りする巨大な漆黒の翼が生える。大きく、この空間内ではばたかせ、黒き羽を所々にちりばめながら広がった翼は背中の元へと収束されていく。
「やっと・・・あなたの覚醒した姿が見れた。これでやっと、私の目的を果たすことができる」
シュオン・・・
そしてエフィーは再び両手に剣をそれぞれ出現させる。右手には紫色の全てのものを不気味に惑わす刃を、左手にはどこまでも透き通り、その先のものの全てを見通すような蒼色の刃を。
「私は覚醒したあなたを殺すことで・・・「あの方」を超える。そして私は・・・自由を手に入れる!!」
ヒュウン・・・バッ!!
そしてエフィーはその二つの刃を手に、目の前にいる黒き剣と翼をもつ者目指して走る。その速さは風を切り裂くどころか叩き切るような人知を超えた速さだった。
「空間を統制しうる魔族か・・・。その程度の力で我に刃を向けようとは、愚かにもほどがあるな・・・」
「だが」
その黒き存在は紅き紋様を宿りしその漆黒の剣を掲げる。
「せっかくだから見せてやろう・・・。お前のいう空間の統制とやらをな!!」
「Despairs chaotically disappears dark Wave motion・・・」
スウゥゥゥ・・・ブウォォオオンン!!!
詠唱が終わると同時に、剣に今までにないほどの濃く、邪悪な気配を放つオーラが周りから集まり、剣にからみつき、うずめく。そしてその剣を風を切るけたたましい音をたてながら一度だけ振り下ろす。すると
フォォオオオアア・・・!シュィイイインン!!!
剣にまとわりついていた黒き闇はその身を解放、解き放たれ、空間を目に見えぬスピードで円を描くように筋となって広がっていき、瞬く間にその姿は消えていった。
・・・ブウォォオオン!!
その黒い筋が通った直後、遅れて強い突風が吹き荒れる。その風は普通の風よりも暖かく、乾いた風だった。その風で、ターゲットであるエフィーの白い髪が激しく乱れる。
「・・・・・・」
やがて、その白い髪は何度かフワリと浮き上がった後、元の位置に静かにもどる。
「ま、ま、まさか・・・」
その時のエフィーの顔は、とても引きつった笑顔だった。それは、今のこの状況がおもしろおかしかったから来た笑顔ではなく
「この程度で空間を統制したなどと戯言をぬかすとは。笑止。これが、「本当」の空間統制ってやつなんだよ。そのきゃしゃな体にしっかりと刻みつけておけ」
今起きたことに対してもはや呆れるほどに、今自分の目の前に見えた力は圧倒的で、絶対的なもので・・・
人は極限の恐怖、または圧倒的な差が目の前にあったとき、その状況を前にして笑わずにはいられなくなる。
笑顔以外の表情が、浮かび上がってこなくなる。少し強いぐらいではどうとでも感情表現ができるが、ある域を超えた時、それはどうすることもできなくなる。反抗するどころか、逆に驚嘆、称賛までしてしまうほどになる。
「・・・今のは」
ムックリ
その時、ある一つの存在がそれまでの沈黙から解放され、血で汚れた床から体を離し、ゆっくりと起き上がる。
「・・・なるほど、「あれ」が原因ですか」
ピチャッ、ピチャッ
体が動くたびに赤い液体が跳ねる。地面に接していた部分は真っ赤に染まり、ぽとぽとと雫が垂れていた。顔にも赤い液体はべっとりとついていて・・・
「う、んんん・・・」 「・・・・・・」 「うっ、痛ててて・・・」
そして、それに連動するかのように次々と一人、また一人とその硬直から解放され、動き出す。
「やあ、お目覚めですかみなさん」
「工藤・・・君?」
目に飛び込んできたのはいつもそうでありながら、今までのことから懐かしくも思える、工藤の笑顔の姿だった。
「意外と早かったですね。この中で一番意識が戻るのに時間がかかったのは私ということですか・・・、お恥ずかしい限りです」
そう言って工藤は両手をやれやれといった感じに上げる。
「いや、その・・・。今、信じられない威力の力が体を通っていったような気がして・・・。それでなんかいきなり意識が戻ったというか、つながったというか・・・」
辺りを見渡す。そこには血で服と顔を真っ赤に染めた工藤 真一と相川 健人、そして制服をボロボロにし、黒いすすのような汚れがついた伊集院 有希の姿。そして自分の体を見つめると、同じように制服はところどころ破れ、よれよれになり、汚れでうっすらと黒がかっていた。
「俺も、なんかいきなり頭と体がつながって、なんか・・・そう寝てていきなりビクッとして跳ね上がるみたいな感じで意識が戻って・・・」
そう言って健は自分の顔に付いている赤い液体が気になるのか、腕でごしごしとこすって落とそうとする。しかし赤い液体は消えずに逆に伸びて、うっすらと筋になって残った。
「・・・・・・」
有希は相変わらず黙ったままだったけど、下でせわしくなく両手をグーからパーにするのを繰り返していた。
「みんな同じだったと思いますよ。感触としては」
工藤はちらりとみんなの姿を見て、服をパタパタとはたきながらそう言った。
「みんな同じ・・・?」
「ええ。今みなさんが一斉に意識が戻ったのは、急激に魔力、それも非常に強力なのが入ってきて、それに反応して意識が戻ったんですよ。そうですね、相川さんの言ったことが近いと思いますが、私たちは普通の人間とは違ってわずかな魔力でも感じ取ります。しかし急激に、いっぺんに強い魔力が入ってくると、そのあまりにも強い反応のせいでその反動で体の意識が戻った」
「言うなれば、私たちは半ば強制的に意識を回復させられたんですよ。例えて言うなら電気ショックで強い電気を与えて、心臓の動きを回復させるみたいにね」
強い魔力。
確かにここに来る前にも、伏せていた時に強い魔力を感じて飛び起きたけど。だけど今のはそれとは比較にならないぐらいに強かった。魔力で今ほどの衝撃を受けたことはなかった。
「一体、どこからそんな魔力が・・・」
私がそう言うと、工藤君は服をはたいていた手をピタリと止め、スッと顔を上げる。
「ああ、それならあれですよ」
スッ・・・
工藤君はある方向に向けて指を差す、私がその方向に顔を少しずつ向けていくと、そこには・・・
「な、なにあれ・・・」
そこに居たのは二人の存在。右に見えるのがターゲットであるということは、その白い髪と紫に光る瞳でわかる。だけどその左、ターゲットの正面にいたのは・・・
「っ・・・!?」
漆黒のオーラをまとい、圧倒的な魔力を辺りにはびこらせ、、背中には巨大なきらびやかに黒光りする漆黒の翼が生え、そしてくるくると回転させながら一本の剣を上へ上へと上げていく、一人の存在。回転していく剣は、不気味な赤い光を放ちながらその一点に収まる。
その剣は、少し前にも、いやずっと前から何度も見たことがある。
「ま、まさか・・・」
震える声で、私の口からその言葉が滑りだす。手は小刻みにプルプルと震え、額からは汗がふきだす。
「ええ。あれは我々のよく知る、「一之瀬 連」君ですよ」
「さあ、最後に一つ良いことをおしえてやろう」
その黒き存在は剣を掲げたまま、呆然と立ち尽くすターゲット、エフィーに言う。
「お前はこの体の持ち主の覚醒した姿を倒して、自由を手に入れるとかいっていたなあ」
「え・・・?」
掲げられた剣にまた黒き影が不気味な音をたてながら集められていく。そしてどんどんとその色は濃くなり、一点に凝縮されていく。
「残念だが、その願いはどうあっても叶えられぬ。もしお前がこの私を倒せたとしても」
やがてその動きは止まり、凄まじい魔力を放つ、漆黒の剣が目の前に掲げられる。
「なぜなら・・・」
そして剣を持つ手が動く。
「私はこの体が覚醒した姿、フェンリルとかいう小僧ではないのだからな!!!」
シュバァァアアア!!!
そしてその瞬間
剣から漆黒の刃が放たれる。ターゲットであるエフィーを目指して。
ビュォオオオ!!
そして・・・
・・・ブシャァアアアア!!!
その刃はエフィーの体を貫通する。それと同時に、鮮やかな赤い液体が背中から吹き出し
フウォンン・・・
その白い髪を静かになびかせながら、その体はゆっくりと、右手を前に伸ばしながら後ろへと倒れていく。
「私は・・・自由を。本当の自由をこの手に掴んで、そして・・・」
ヒュウゥゥゥ・・・ウウ!!パリーン・・・!!!
そして右手を伸ばしてなにかを掴もうとするその姿は、地面に叩きつけられる前に、空中で紫色にキラキラと輝く、星屑のようなものに分解して、ゆっくりと、その光を残しながら消えていった・・・