第八十五話 始まりの闇~キエル・・・この世界も存在も全て~
「っ・・・」
嘘だ
ピチャン・・ピチャピチャン・・・
有り得ない・・・
今目の前の空間に、鮮やかな赤い液体が舞いあがった。その赤い液体はその部分だけを自分色に塗りつぶし、一時の間だけその先が見えなくなっていた。
だけど
あの赤い液体は、一体何?
「ストラ~イク・・・」
絵具で染めた水?それともトマトジュース?はたまたパスタソース、ケチャップ、イチゴジャム・・・
違う。思いつくものと目の前に広がる液体の「赤」は違う。鮮やかな色ながら、不気味に光り、空間に映え、それでいて深いような色合い。
あれは一体何だろう。どれだけ考えてもその答えは出てこない。自分の思考回路をフルに活用しても、答えが導き出されない。
わからない・・・わからない・・・
「いや~自分のコントロール能力に惚れ惚れするね。これだけコントロールが良かったらこの世界の野球とやらのピッチャーにでもなれるかな??」
エフィーは振り抜いた腕をグルングルンと回し、上機嫌そうに目の前の空間を見つめる。その満足気な顔はまた一人の少女に戻り、鼻唄さえ聞こえてきそうだった。
「蓮君も、そう思うでしょ?」
エフィーは俺に尋ねてくる。しかしその声は俺を素通りし、真っ直ぐに突き抜けていった。俺はただひたすら目の前に広がる空間で咲き乱れる赤い液体のいくさまを見つめ続けた。
やがてその赤い液体はその動きを鎮め、地面や壁にその身を叩きつけられる。
あれ、あの空間には元々何があったんだっけ?俺はどうしてあそこを見つめているんだっけ?
またあの時のように、景色がぼやける。今度のは一層ひどく、ピントがずれたように俺の眼に映る。
そこに赤い液体が広がっている、ただそれだけが俺の頭に具現化されてくるくると回る。
「も~う蓮君てばちゃんと反応してよ~。せっかく」
「あの蓮君の隣の席に居る可愛い子を、殺したんだからさ」
・・・・・・
殺した?
俺の隣の席の可愛い子を、殺した?
「こ、殺した・・・隣の席の子を、殺した・・・」
俺はわけが分からなくなっていた。今エフィーが言った言葉が、浮かび上がっていたはずの言葉を無理やり強引に上へ上へと引き上げる。それによって俺の頭の中はかき乱され、混乱、一種のパニック状態になっていた。
「そ、蓮君がいやにかばおうとしていた子。蓮君にとって大切な人っぽい人を、今、この瞬間、私の剣で」
「殺したの」
「・・・!?」
景色が、少しずつ浮かび上がってくる。ずれていたピントが徐々に合わせられ、再び俺に目の前の光景を映し出す。
否定したかった現実。受け入れなかった現実。受け入れたくなかった現実。その全てがその瞬間、俺の脳内に映し出され、視界に現れる。
「し、篠宮・・・さん・・・」
そこにあったのは
「そんな・・・こんなことが・・・」
ターゲットの剣が胸元に突き刺さり、その反動で座っていたイスからズリ落ち、床に仰向けになっている姿。剣の刺さった箇所からはドクドクと血があふれだし、周りは赤い液体で染められ、水たまりのようになってテラテラと不気味に光っている。そして反動で飛び散った液体は、ほかの生徒の体にも付着してその色で汚していった。
なによりも、仰向けになっている篠宮さんの眼は・・・
「嘘だ・・・こんなことがあっていいわけがない・・・」
目は見開き、その視線も凍るように冷たく、俺の知っている、いつもの篠宮さんの眼とはかけ離れた眼が、そこにあった。
そして、教室内に一人悲惨な姿で倒れているにもかかわらず、時間が止まったその空間では、悲鳴どころか誰ひとり動こうとしない。ただそこにポツンと、あられもない姿となった篠宮さんが横たわっていた。
「嘘じゃないよ、これが現実だよ。今あなたの目の前で、一人の人間が私の手によって殺された。これはドッキリでもなんでもないし、蓮君も見ればわかるでしょ?今の状況ぐらい」
「・・・・・・」
わかってたさ。あの赤い液体が、篠宮さんの血であることぐらい。そして
篠宮さんはたった今、エフィーによって殺された。それも目の前で。
だけど、だけど俺は必死にその事実を拒んだ。どうしても受けいれられなかった。一人の人間の死を。篠宮 優菜という人間の死を。
「・・・・・・」
こんなことってないよなあ。
自分の以外の仲間が傷つき、血だらけになり、そして倒れていった。そして挙句の果てに、絶対守ると、命に変えてでも守ると誓った人を、こうもあっさりとしかも目の前でその人が死ぬ瞬間を目の当たりにするなんて。
まさに悪夢?そんなレベルじゃないだろ。これを運がなかっただけで済まされるわけないだろうが。
大切な仲間を失い、そして大切な人を失う。そんな現実を、受け入れろというのが無理な話だ。普通に考えてできるわけないだろそんなこと。これはドッキリなんだと、これは夢なんだと、現実逃避を必死にする。そしてこの現実を決して受け入れない。いや受け入れられない。
受け入れられるものか!!!
「うわああああああああ!!!!!」
俺は叫んだ。自分の出せる声全てを体から発した。叫んだところで、なにも結果は変わらない。一度出された結末を覆すことはできない。だけど俺は叫んだ。悲しみのあまりに全てを投げ出してこの空間に向かって叫んだ。
どれだけ叫んでも、どれだけ涙をこぼしても、なにも戻ってこない。
かけがえのない仲間、大切な人、大切なもの、時間、そして絆
俺は全てを失った。なにもかもを失った。その現実にうちひしがれて、俺は泣き叫んだ。だけど瞳から流れ出す涙を、俺は拭くことも出来ない。ただポロポロと、雫となって床に落ちていく。
こんな状況でも、俺はなにをどうすることもできない。
もう終わった。俺にはもうなにも残されていない。自分がここにいる理由を見出す前に、俺からなにもかもが消えて、こぼれ落ちていった。
もう、終わりだ・・・
「終わり?なにが終わりと言うんだ??」
「・・・!?」
その瞬間、突然声がした。
「終わり?この世界が終わり?もうなにも残されていない?はんっ!バカも休み休みに言え」
「・・・・・・」
気のせいじゃない
「だ、誰だ、どこにいる・・・?」
俺はきょろきょろとあたりを見渡す。目の前には自分の教室、そしてその手前には突然騒ぎ出した俺を不思議がるターゲットであるエフィーの姿。しかしそれ以外は今までと変わらない。その声がするようなものはなにもない。
「この世界が嫌なんだろ?この現実を消し去りたいんだろ?なら消せばいい。世界も現実も、消してやればいい。なにもかもを消して、またその上に一から作りあげればいい」
「世界を、消す・・・一から作りあげる・・・」
その声は俺の心に直接語りかけるような声だった。その声は暗くて、冷たくて、不気味で・・・
この声を、どこかで一度聞いたことがあったような・・・
「そうだ・・・お前のその力は何も生み出せない。だが、「消し去る」ことはできる・・・」
「この世界を、この現実を消し去り、闇に葬り、全てをリセットすることができる」
ドクン・・・
心臓の鼓動が大きく躍動する。その反動で心臓がはちきれそうになる。
胸が苦しい・・・息が・・・息が・・・
息が、できない・・・?
「っ・・・」
目の前の景色がぼやけていく。今度のぼやけは先程のようなピントのずれのようなものではなく、どんどんとぼやけは濃くなっていき、俺の視界からなにもかもを消し去っていく。
「蓮君、どうしたの・・・?」
エフィーの声も、どんどんと遠くなっていき、消えていく。
「さあ、もう迷うことはない。お前のその呪われた力を解放して、この空間から全ての存在を消し去れ!!」
「そ、そんな・・・こ・・と・・・」
・・・ガクッ
そして意識が、完全に無くなった。
・・・ヒュルルル!バリーン!!!
その瞬間、俺の中でなにかが音を立てて弾け飛んだ。
「ちょっと蓮君、大丈夫?急に黙っちゃって・・・。って聞いてるの?蓮君!!」
「・・・コロス」
俺は俯きながらぼそっと呟く。
「え?今何て・・・」
「コロス・・・滅する・・・全てを・・・なにもかもを・・・全ての存在を・・・」
そして俺は顔を上げる。
「全ては我の前において闇へと消え、世界は我によってその全てを消失し、そして我によって再構成される・・・」
「これが・・・これが全ての始まりだ!!!」
シュウゥゥゥ・・・パーン!!!
その瞬間、けたたましい音と共に今までなにをしても動かなかった体が、突如解放される。
「な!?私の魔力統制譜術が破られる??そんなバカな!?」
エフィーはそれを見て驚愕をあらわにし、目を丸くしてその光景を見つめる。
「キエル・・・全てキエル・・・この空間も、存在もなにもかもが!!!」
スッ・・・
そして俺は左手を天に向けて突き出す。するとどこからともなく周りから、真っ黒な暗黒の霧のようなものが俺の左手に集まっていき、収束されていく。
そして
・・・シュルルルル!バシュッ!!
集められたものを拳で握り潰すと同時に、カメラのフラッシュがたかれたように一瞬だけ空間は光り、乾いた音が響く。
「さあキエロ・・・俺の前にあるもの全て、存在全て、我の闇に呑まれてキエロ!!!」