第八十四話 守るべき存在~今この瞬間、俺は全てを失った~
(なんで・・・どうして・・・?)
俺の眼に映っているものは本物か、それとも幻影か何かか?
俺の眼にはなぜか、教室というこの空間とは無縁のものが見えているような気がするんだが・・・
ここは教室が集まる棟からかなり離れた場所。実習棟を真っ直ぐ突っ切り、隠しドアがある場所を超え、そして延々と続く白と鏡で形成された通称「天使回廊」も超えた、先にあるのがこの場所。この異様に広く、見知らぬ機械が所々に配置され、本当に真っ白な、白よりも白な色で形成されたこの空間。
しかしその白を崩すように、その空間は俺の前に姿を現した。
私立御崎山学園、1年A組の教室
そこは、本来なら俺や玲や健がいるはずの空間
ここにあるはずのない空間が、現に今俺の前にある。どれだけ瞬きして視界をリセットしようと、その光景は揺らぐことなく確かに目の前に存在している。
教室の外に掲げられた白いネームプレートに刻まれた1年A組という文字。それだけでこの教室を自分たちの教室と判断するのは早計だ。もしかしたら適当な空間にそのネームプレートを付けただけかもしれないし、そもそもこの空間が本物であるかも怪しい。
だけど残念ながら、その目の前にある現実を必死に逃避することは無意味であることが判明する。
(し、篠宮さん・・・)
俺の眼に、その姿は嫌というほどはっきりと映し出されていた。周りの光景から真っ先に、まるで俺の眼の動きが操られたように飛び込んでくるその姿。
それは、紛れもない篠宮 優菜の姿。クラスメイトであり、隣の席であり、玲の親友でもあり
必ず守ると、心に誓った人物。
その姿がそこには、確かにあった。
(及川・・・それにみんなも・・・)
篠宮さんから視線をそらし、目を滑らせていくとそこに及川の姿もあった。俺の席に近寄り、後ろで顔を伏せている玲と健を不思議がって、俺に尋ねてきた。それにその周りにたむろするみんなも、教室に置かれていた物も
その全てが、今日という日の昼休みの教室そのものだった。そしてその空間は、昼休みのあの瞬間から、時間が止まったままだった。
俺達の間だけに流れていた時間。今目の前にある光景に、少し前まで俺達もそこにいたんだ。俺達もあの中の一部だったんだ。
だけど今になってはその空間は遠い昔の話のよう。時間は確かに止まっている。だけど、そことここはそれぞれ全く違う、また別の一つの世界となっていた。
本当に、俺達はあの世界にいたんだろうか。本当に、ここと同じ世界なのだろうか。
「どうして・・・どうして俺達の教室が?」
俺は無意識にその言葉が口から滑りだす。目の前の光景を前にして、そう聞かずにはいられなかった。
「だから言ったでしょ?空間と空間を繋いだって」
「今この空間と、あなたの「いた」空間をここに繋ぎ合せただけ。そんなに驚くこともないでしょ??」
エフィーは剣に付いた赤い染みを人差し指でさすりながら俺に言った。その姿はあるで、今起きていることはそんなに珍しいものでもないでしょ?と、俺に語りかけているようだった。
だけど・・・だけど俺の「どうして」はそういうことではない。今一番問題で、俺が知らなければならないことは
「なぜ・・・どうしてこの空間をそこに作りだした、いや繋げたんだ!」
この状況に意味はない、そんなことは奇跡が起きたとしてもあり得なかった。
理由が、ここにこの空間を映しだしたことの理由が、無いわけがなかった。そして、その理由を俺は、知る必要があった。
たとえどんなに最悪なことでも
「う~んとね、そんなに大した理由じゃないんだけど、一度でいいから蓮君のいつも勉強してるところを、私も見ておきたかったんだよね~。こうしてこの世界に居れる事はそんなに簡単なことじゃないし、この世界の「学校」とやらを、ちゃんとこの眼で見ておきたかったんだよね~」
そう言ってエフィーは映し出されている教室の風景をまじまじと見つめる。その眼は先程見た時と同じように、一人の少女としての眼だった。目の前に広がる光景に興味津々といった感じで、素直にその光景を楽しんでいる・・・
なわけがなかった
「・・・おい。この期に及んでつまらない嘘なんてつくな。笑えないし意味もない。さっさと本当のことを言え」
教室を見つめるその眼は、確かにその光景に興味を抱いていることには違いなかった。だけどその興味とやらは、教室に向けられたものではなく・・・
「・・・ふ~んだ。蓮君てば冷たい。この世界の学校というものに興味があったことは本当なんだから~」
エフィーはツーンとした表情で嘆くと、ふうと一息を入れてからその教室に向けていた視線を俺にスッと移す。
「逆に、なんだと思う?」
エフィーは俺に尋ねた。その口調はさっきまでの一人の少女ではなく、一体のターゲットとしてのように。
「そ、そんなの知るかよ・・・」
俺はそう言って顔をそむける。たとえもしわかっていたとしても、それを自ら口にしたくなかった。
それが、悪いものであることは間違いなく、それを口にすればその現実を認めてしまいそうで、声に出して言いたくなかった。
「そう・・・じゃあ教えてあげる」
カチャリ・・・
そう言ってエフィーはゆっくりと、その血に染まった醜い剣を持ち上げる。
「ま、まさか・・・!?」
この状況下で再び剣を手に持つことから導き出される答えは・・・
「そ、殺すんだよ。あなたの大切なその「人間」とやらを」
「・・・!?」
その瞬間、俺の頭は真っ白になった。
今告げられた言葉を、自分の体、頭が理解することを完全に拒否していた。襲い来るその言葉を必死にガードして、その先に行かせないように。
だけどその言葉は強引にそのガードをこじ開けた。そしてその意味と状況を鮮明に映し出し、強制的にその言葉を受け入れさせた。
「こ、殺す・・・」
俺は顔面蒼白になりながら呟く。考えたくなかったその二文字を。
「そうだよ。今から~、この剣で、あの人間たちを殺すの」
その言葉は頭の中でエコーがかかったように響いていき、その響きはどんどんと大きくなって、俺の心に染み込んでいく。そしてあることを浮かび上がらせる。
「ま、待て!!人間たちは関係ないだろ?今戦っているのはターゲット、魔族と俺達竜族。確かに人間のいるこの世界で戦っているけど、この戦いに人間たちは部外者だろ!!」
俺は必死に叫んだ。その現実を打ち消すために必死に叫んだ。その姿は、必死に現実逃避をしようとするように、哀れな姿だった。
「確かに、部外者だね。今こうして戦っているのは私とあなたの二人。それ以外誰でもないし、その事実に偽りはない」
「だけど・・・」
そう言ってエフィーは剣に向けていた視線をスッと上げて、俺を見つめながら言った。
「私のやらなきゃいけないことに、とっても大きく関わってるんだよね~」
「人間を殺すことが」
「・・・っ」
エフィーはすんなりと言い放った。だけどそれは俺にとって許されざること。そんなことがあってはいけない、そんなことが起きないように今までやってきた。
でも、でも今、それに反抗する力はどこにもない。他人の力も、自らの力も、なにもかもを合わせてもその力はどこにもなかった。
どうすることも、できない・・・?そんなことがあっていいのか・・・?
「さてと、説明が終わったところでさっそくいってみようか」
そう言うとエフィーは、唖然とみつめる俺をよそ目にきょろきょろと教室の中の光景を見渡す。時が止まり、ピクリとも動かない人間を一人一人なめるように見つめながら。
「う~んどれにしようかな~・・・。あっ!!」
エフィーは突然大きな声を上げる。
「あのメガネをかけた子が手を付いているのが蓮君の席だよね。じゃあその隣にいる、可愛い女の子から殺そうかな~」
「・・・!?」
メガネをかけた奴が手をついている俺の席。その隣、その隣ってまさか・・・!?
「ま、待て!!」
俺はとっさに声を上げる。
「そ、そこは俺の席じゃない。俺の席はもっと後ろの・・・」
「でも、あそこに「一之瀬 連」って、マジックペンで書いてあるよ?」
エフィーはある一点を指さす。俺がその先をなぞるように見つめていくと、そこには
「・・・!?」
机に、現代文の教科書が裏返しにして置いてあった。その下の方にある名前欄に、くっきりと黒い文字で、「一之瀬 連」と書いてあった。
「ち、違う!あれは俺がちょっと置き場所に困ってたから置いただけで、あそこは俺の席じゃない。あの教科書はたまたまそこに置いてあっただけで・・・」
俺は必死にその事実を曲げようとする。曲げようとしているのはそこが俺の席であることではなくて
その席の隣が、篠宮さんであることだ。
「あれあれ~??な~んか必要以上にあそこが自分の席であることを否定してない?な~んか怪しいなあ・・・」
しかしそれが仇となって、今まで以上にエフィーに疑いの目を向けられてしまう。
「あっ、わかった!!もしかして・・・隣の席のあの女の子を守りたいから??」
「!?」
エフィーは、笑顔を向けながらそう言った。俺はいきなり正確に物事のド真ん中を射ぬかれ、なにも言葉を出せなくなる。
「そっかそっか~。そうまでして守りたいってことは、あの子は蓮君にとってよっぽど大切な「人」なんだ~・・・」
そしてエフィーはにこにこしながらその先をみつめる。イスにちょこんと座る、篠宮さんの姿を。
「これはいきなりビンゴだね~。これなら効果がありそう・・・」
エフィーはぼそっと、小さい声でなにかを呟く。そしてにこやかな笑顔で俺を見て言った。
「決~まり。栄えある犠牲者第一号は、あの隣の子に決定~!!」
「・・・!?」
その瞬間、俺は心臓が止まりそうになった。
最初の標的が篠宮さん。俺が守ると誓った篠宮さん。友達である篠宮さん。俺みたいなやつでも気にかけてくれる篠宮さん。
その篠宮さんが、殺される・・・!?
「待て!!人間は関係無いっていっただろ!!そんなまわりくどいことしないで、さっさと俺を殺せ!お前は俺達を殺すためにここにいるんだろ?だったら俺を殺せば一発ですむじゃねえか!!」
俺は必死に叫んだ。大切なものをなにがなんでも守りたい。命にかえても守りたい。だけど今の俺にはどうすることもできない。だから俺は必死に叫んだ。
しかし無情にも、俺の声は悲しくこの空間に消え去り、溶けて無くなった。
「違うんだなあ~。私はあなた達を殺すことなんてどうでもいいの。あなた以外の他のメンバーを手にかけたのはあくまでおまけ。本来の目的は・・・」
スゥ・・・
そう言ってエフィーは、その血塗られた剣を上に掲げる。
「待ってくれ!!お願いだ、その人を殺さないでくれ!!なんだってお前のいうことを聞いてやる。どんなことでもだ。だから、だからその人を、殺さないでくれ!!!」
シュオン・・・
エフィーは俺の言葉を全く聞き入れずに、剣を構える。
「だから違うんだって。仮にあなたがなんでもいうことを聞くってことになっても、私の望むことはあなたには決してできない」
「だって、私が望むのはあなたの覚醒なんだもの」
そして
ビュンンン・・・
一本の剣が、飛んでいく。ある一点を目指して、飛んでいく。
「・・・っ!?」
俺の目の前で剣は飛んでいく。すぐ近くに、目に見えるところに剣はあるのに・・・
体が、動かない
ヒュルルル・・・
そして
ヒュルルル・・・ルルル!!
剣は
ヒュルルル・・・ルル、ブシャ!!!
一つの存在に突き刺さった。
俺の目の前で、俺のすぐ近くでそれは血しぶきを上げた。
「し、し・・・篠宮さああああああんん!!!」
今この瞬間、俺は、守ると心に誓った存在を、人を、目の前で失った