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第八十二話 理不尽な世界~孤独と悲しみの鎮魂曲~

・・・シュオン!!




 世界は本当に理不尽だ。




良い事があればあるほど、その裏にはそれ以上の悪いことが待っている。良い事はそう続かないのに、悪い事ならどこまでも、果てしなく無限にその悪い事は更なる悪い事を呼び込む。




どんなに辛い時でも、どんなにめげそうになった時でも、目の前には大きな壁が立ちはだかっている。ただでさえもうへとへとで、ずたずたで、いつぶっ倒れてもおかしくない時でも、それを無視して追い打ちをかけるように、完膚なきまでに叩きのめすように目の前には壁がある。




こういう言葉をよく耳にする。「大きな壁を乗り越えるほど、その乗り越えた後の喜び、達成感は大きくなっていく」




確かにそのとおりだ。めちゃめちゃ簡単で、だれでもわかるような問題を解けたことより、物凄く難しく、誰も解けないような問題が解けた時の嬉しさは天と地の差だ。苦労に苦労をかけ、その積み重ねが、その後の栄光を強く、そして大きく輝かせていく。




 だけど忘れてないか?成功の裏には、必ず「失敗」もあることを。





確かに乗り越えられたらその達成感はひとしおだよなあ?だけど乗り越えられなかったらどうなる。もしもてっぺんにその手が届かず、落ちてしまったらどうなる。そしてその先にはなにが待っている?




答えは簡単だ。挫折、絶望、落胆。まあ少なくとも、そこにプラスな感情なんて入り込む余地などなく、その現実に打ちひしがれて暗闇のどん底へ、その身を投じるだけだ。




誰もがそんな道を辿りたくない、誰もがその先へ行くことを望んでいる。なのに神様ってやつはそんな奴らの声を耳にも入れてくれないんだ。




その壁を越えられるのはほんの一握り。後はみんなさよなら~ってことだ。辿りついたものは栄光へ、辿りつけなかった者のことなんてこれっぽっちも考えていない。だけどこれが現実だ。成功者の裏には、必ず犠牲者がいる。




 おっと、これでは神様がなんか悪い奴だと言っているようだが、勘違いしてはいけない。神様は多分おそらく良い奴だ。ただ、少しトンチンカンなだけだ。




神様はよかれと思って、その先の栄光を掴み取って欲しくて壁をつくっている。別にいじわるしてるわけじゃない。だけど、時にそれはあまりにも過酷で、あまりにも不可能で、絶望的になりすぎる。




神様にはもっと知ってほしいねえ。物事には「できる範囲」と、そして決して「受け入れられない」現実があるってことを。




そうすりゃ、この世界はもっといいものになるのにさ・・・






「健・・・」




 目の前にあるのは仲間二名のあられもない姿。一人は嫌みで、憎たらしくて、面倒だけど、いつも冷静で、その知力で助けてくれる奴。もう一人はいつも明るくて、少し(いやかなり?)バカで、だけど憎めなくて、頼もしくて、そしてかけがえのない親友。




どんなに嫌な奴でも、どんなに殺したいと思った奴でも、そこにいるのは仲間だ。共に戦ってきた「戦友」だ。一体どこに、その仲間が傷つくことを悲しまない奴がいるんだろう。




だけど、残された俺達は戦わなければならない。どんなに悲しくても、どんなに苦しくても、俺達はそのしかばねを超えていかなければならない。




仲間のために戦って敗れた奴らの魂を、無駄にすることなんてできない。いやそんなこと許されない。




いまにもガラスのように割れそうで、そして砂山のように崩れそうな心を強引に引きもどしてかき集めて、その手に剣を持つ。




「・・・また一人、消えちゃったね」




ゆらりと動くエフィー。その手に持つ剣には健の血と、そして工藤の血が入り混じり、べっとりと張り付き、蒼色の剣は残酷な醜い剣へと、その姿を変えていた。




「本当に、なんであなた達は刃を向けてくるんだろうね。不可能だとわかってるはずなのに。わざわざその少ない命を無駄に散らすことに、なにか意味でもあるとでも思ってるのかな??」




そう言ってエフィーはフフッと笑う。



「てっめえ・・・!!」




ギュウウウ




剣を握る手が震える。握りこぶしは音を立てながら柄を圧迫し、今にも柄を破壊し、自らの手をもその力で傷つけそうだった。




「あら、一之瀬君良い眼をしてるね。憎しみと怒りに満ちて、それでいてその奥に正義と強き意志を持って・・・。そんな眼は、私にはできないなあ・・・」




「でも、だからといって今のあなたにはなんにもできないけどね」




「・・・っ!!」




ダッ!!




「蓮君!!」




 俺は力強く、自分の持てる力の全てを足に凝縮して、踏み出した。剣を構え、ターゲットだけを見つめ、周りの景色や音はなにも入ってこず、ただただ俺はターゲットを目指した。




「うおおぉぁぁああああ!!!」




それは反射的に。体の制御うんぬんではなく、それは自然的に、必然的に体は動き、そして前へと進んだ。世の中では理屈では考えられないことがある。




知ってるさ、俺がこのターゲットに敵わないことぐらい。だけどなあ・・・だけどなあ!!




目の前の光景を前にして、じっとしてられるわけないだろ!!!こんな状況でも冷静にしていられる奴がいたら俺の前に出てこい。俺が全力でそいつの頬をこの手でブン殴ってやる!




どんな時でもやらなきゃいけない時はある。それがどんなに絶望的で、無謀なことだったとしてもな!!





ジャキーーーーンン!!!





 俺の振りぬいた剣は、ターゲットの蒼色の剣によってその刃を遮られる。それでも、俺は渾身の力を剣に込めてターゲットを押し倒そうとする。




「うぐぐぐぐっ!!!」




許すものか。健と工藤という、二人の大切な仲間を傷つけたことを、許すものか!!!




「必至だね。あなたの仲間のために、そしてその仲間を傷つけた私を殺そうとするその姿、私には、眩しすぎるほどに輝いている・・・」




「だけどどれだけ意志が強くとも、そこに越えられない壁は必ず存在する!!!」




ギャギーーーンン!!!




「のわあ!?」




俺の体は、エフィーの剣の弾きによって吹き飛ばされ、くるくると宙を舞う。




・・・キュキキィィィィ




回転しながら床に足を付けると、足で踏ん張っても体は後ろへと下がり、靴が擦れる甲高い音を響かせながら滑っていく。滑った後には、くっきりと床に白い筋となって残っていた。




「大丈夫!?蓮君!!」




「ハア・・・ハア・・・大丈・・夫だ・・・」




息切れしながらも俺は立ち続ける。衝撃で吹っ飛ばされた時に関する傷はどこにもない。だけど跳ね返された時のエフィーの剣の風圧は、俺の頬を切り刻み、そこから赤い液体が流れ出していた。




「くそっ・・・くそっ!!!」




俺はグッと血を拭い去る。こんなかすり傷はどうでもいい。だけど、だけど一番の傷は、どれだけ俺が頑張ろうと必死になろうと、ターゲットに傷一つ付けられないことだ。




あの時、俺は全ての力をそこに集めた。だけどエフィーはその何倍もの力で押し切り、俺を吹っ飛ばした。




誰がどう見ても力の差は歴然。魔法の使える者と、使えない者とでは縮めることのできない確かな「力の差」が、そこにあった。




だけど




「大丈夫だ。まだまだいける!!」




それでも戦う以外に、俺には選択肢がなかった。




「言ったはず。あなた一人ではなにもできないと。だけど、それはあくまで一人であった場合の話」




チャッ!




 伊集院さんは構えた。眩い光を放ちながら輝く、光の剣をその両手に持って。




「確かに私は力が弱い。だけど、それでも仲間を思う気持ちでは誰にも負けない!!だから・・・健や工藤君の仇を、この手で取って見せる!!!」




ジャリン・・・




怪しく銀に光るくさり鎌。その長いくさりの先の刃を、玲は手に確かに握る。




「エフィー。お前は、お前だけは許さねえ!!!」




ジャキン!!




俺はこの手に持たれた漆黒の剣を構える。その刃先を、ターゲットただ一点に向けて。




「・・・本当に」




「・・・!?」




 俺達三人に囲まれたエフィーは、下に俯いたまま、一言だけそうぼそっと呟いた。




「本当に、本当に羨ましいよ。あなた達のいるその世界が。決して一人じゃない、あなた達の存在が!!」




スッ・・・




エフィーはそう叫ぶと、蒼色の剣を天高くかかげた。そして




「みんな、みんな、みんなみんな!!私と違うみんな全員私の苦しみを味わえ!!!」




「Doesn't dawn sadness solitude of requiem!!!」




エフィーが唱えたその瞬間




・・・スウゥゥゥォォオオオ!!!ピキーン・・・




この空間に、なにかが弾けたような高い音が響く。その音はなぜだか孤独で、悲しくて、一人寂しく歩いていくような・・・




「・・・っ!?」




「キャァァア!!!」




バタン、バタン!!




突然、横に居たはずの玲と伊集院さんの二人がなにかに押しつぶされたように床にその体を叩きつけられた。




「玲、伊集院さん!!っ!?」




体が、動かない・・・?




俺が倒れた玲と伊集院さんの元へ駆け寄ろうと体を動かすと、体はピクリとも動かず、なにかに縛られ、完全に身動きがとれなくなっていた。まるで、この体が自分の体じゃないような・・・




「くっ・・・魔力統制譜術・・・」




伊集院さんは床にうつ伏せになりながらも口を開く。体は小刻みに振動し、その顔には激しい苦痛が浮き出ていた。




「正~解。まあその対象がドラゴンのみ、ってところが少し違うけどね」




エフィーはそんな床にひれ伏す二人を見下ろしながら言った。




「今のこの空間では、魔力を持つ者だけがその強い苦しみに襲われる。それも魔力が強ければ強いほど、その苦しみは大きなっていく。しっかしそれでも、あなたのようなSランクのドラゴンがなんで話せてるのか不思議なんだけどねえっ!!」




ビシィィイイイイ!!!




「・・・!?」




ダーーーーン!!!




エフィーはひれ伏したまま、硬直している伊集院さんを思いっきり蹴った。伊集院さんはその衝撃で吹き飛ばされ、真っ白な、純白の壁に叩きつけられる。伊集院さんの体がぶつかった衝撃で、壁にいくつもの亀裂が走った。




「くっ・・・」




ドサッ・・・




そしてそのまま、伊集院さんは倒れ込んだ。




「さあて、次はそちらの可愛い女の子だね」




 エフィーはコトリ、コトリと、玲の元へと近づいていく。




しかし玲は既に意識を失っていた。目を閉じ、指一つ動かさずにその場にひれ伏していた。




「な~んだ。もう意識無くしてる。やっぱさっきの伊集院さんが特別だったんだ」




そしてエフィーは足を振り上げる。




「やめろ!!玲は・・・!」




「残念だけど、私、あんまり情けとかしないんだ」




バシィィィイイイ!!!




エフィーが足を振り下ろしたその瞬間、玲の体はゴムまりのように飛んで行った。




・・・ダーーーーーン!!!




そして玲も、伊集院さんと同じように壁に叩きつけられ、無言のままパタリとその場に倒れ込んだ。




その金色のツインテールを乱しながら・・・




「・・・っ」




 俺は呆然と立ち尽くした。実際、体はそうでなくても動かないんだけど・・・




工藤、そして健の血だらけになった姿。玲と伊集院さんの吹き飛ばされ、叩きつけられ、そして倒れる姿。




これが、悪夢以外のなんだっていうんだろう・・・




「はあ~あ。ようやく邪魔が消えた。ここまで来るまで長かったな~」




エフィーはそんな俺をあざ笑うかのように声を上げる。




「さあて、ようやく今回の目玉。これからが本幕」





「やっと・・・やっと二人っきりになれたね」





「蓮君」







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