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第七十八話 孤高の心情~誰も知り得ぬ理由~

<Part3 工藤>




コト・・・コト・・・




 弓を片手に、一歩一歩確かめるように歩く。床を靴の裏で確実にギュッと蹴るように、少しずつ前へ進んでいく。



横には無数のターゲットの羽衣。後ろにもターゲットの羽衣。しかし前には律儀に道を譲るように、丁度一人分ぐらいのスペースが開けられていた。そのスペースに沿って、ゆっくりと進んでいく。




この不自然かつ、できすぎている状態は、言わずとも魔法の力であることは言うまでもない。その証拠に、歩くたびに背中の後ろでは羽衣がそのスペースを埋め尽くし、空間を支配している。




 魔法とは便利なものだ。不可能を可能にし、自分の望みを簡単に叶えたり、歪んだ道を強制的に真っ直ぐに、平らにすることだってできる。魔法が使える奴と使えない奴とでは自分の力でできることの範囲も違うし、力も圧倒的に違う。




だがそれが自分という存在として、一人の人間として強いかと言われればそうとはっきりとは言い難い。強さにも色々なものがある。単純に力という強さのものさしなら、魔法で簡単にその域に辿りつくことはできるだろう。




しかし不可能を可能にする魔法でも絶対にできないことがある。どうやっても得られないものがある。




それを私は、この手に収めてみたい。この手で掴み取ってみたい。




この身で直接感じ取ってみたい。




「・・・今さらなにを考えているんでしょうかねぇ私は。この場におよんで自己暗示かなにかですか?」




 右手に持たれてる弓は、いつもと変わらぬ感触、手触り、そして濃い深緑色。今まで何度となく引いてきた弦は、元の白色から比べればかなり茶色に変色している。所々には、赤い染みさえ染みついている。




いつ切れてもおかしくない弦。切ろうと思えばハサミでチョキンと、簡単にプツリと切ることだってできる弦。だけどその弦は、不思議とずっと、この弓に付けられ続けている。そして引かれ続けている。




どうしてそんなに頑張る?どうしてそんなに必死に食らいつく?




どうしてそんなにめげずにそこに居続けられる?そこに居たって、引いては戻され、そしてまた引いては戻されの連続だというのに。




痛いだろう、苦しいだろう。それなのにお前はなぜ張られ続ける。どうして弦であり続ける。そしてどうして私の手の元に居続ける。一度切られてしまえば、この苦しみから一瞬にして解放されるというのに。




ビョーン・・・




 人差し指で弦を弾く。弾かれた弦は大きく振動し、上下に揺られる。やがてはその揺れも、次第に収縮されていき、そして完全に静止する。なにごともなかったかのように今までの姿に戻る。




その姿は弱弱しくも、屈強なものだった。




「・・・・・・」




 お前は強いな。そんなに細いのに、弱弱しいのに、お前は私よりもはるかに強い。なにがあっても、変わらぬ姿であり続ける事は、誰にだってできそうなものだが、それは本当に強き「心」を持つものにしかできないことだ。その強さに、一種の憧れを感じなくもない。



だが・・・




ガチャンッ




弓をスッと顔の位置まで持ち上げる。竜の模様が幾つも絡みつくように描かれたその弓は、逞しく、きらびやかで、それ単体だけでも力の片鱗、そして威圧を感じ取れる。




「・・・残念だが、私には必要のないものだ。お前のいう強さとやらは」




ブンッ!!




力強く、腕を一気に振り下ろして弓を下に下ろす。空を切る強い風が、心地よく顔に打ち付ける。




「私は私の意志でここに存在しているのではない。もっと言うなれば、この体は私自身のものではない」




「私には欲求なんてものは必要ない。本来感情さえも必要ないが、それは「オマケ」で付いているだけだ。全てはまやかし。私がなにかを想い、感じることなど最初から必要のないことだ」




「元々、「私」という存在はどこにも存在していないのだから」





コト・・・コト・・・




 工藤はまた歩き出す。前を向き、その先にあるものを一人見つめて足を一歩一歩前にだす。腕を振るたびに弓は揺れ、ギシギシときしむ音をたてながら右往左往に揺られていく。




「ふむ、いつになく饒舌になってしまいました。不思議ですね、今一瞬、私の知り得ないなにかが見え隠れしたような気がしました」




工藤は小さくほくそ笑み、遠くの彼方を見つめるようにその眼差しを向ける。




「どんなに人に哀れに思われたとしても、私は少なからずこの世界、今の時間を「気に入っている」ことに、変わりはありませんからね」




そして工藤は歩く。一人孤独にこの空間をさまよっていく。前をしっかりと向くその眼には、一体何が映り、そしてなにを心に秘め、想いながら歩いているのか。




そしてそれはずっと、誰にも知られることはないのだろうか・・・





コト・・・ピタッ



「おや、私が一番乗りだったようですね。まあ他のみなさんが戦っている中、一人なにもせずにここまで辿りついたのなら、それも当り前ですかね」



 工藤は周りを見渡す。そこには誰もおらず、工藤は一人無数の機械に囲まれながらポツンと真っ白な空間に立っていた。耳をすませば、遠くからはかすかに戦いの音が聞こえ、確かにそこで他のメンバー達が戦っているのがわかる。



「こんなに一人簡単にここに辿りついたと聞いたら、相川さんあたりに怒られそうですね」



下に視線を向ければ、そこには真っ白な床が広がる。ここの床はただ真っ白いだけでなく、ピカピカに磨きあげられ、ワックスでも塗りたくったように光を放っている。目をこらせば、自分の顔が映っていることさえ確認できる。



今の工藤の顔は・・・言うまでもないか。



しかしこの空間は、あまり、というより全くと言っていいほど人が出入りすることはないのに、その割には、やけに管理が行きとどいているような気がするが・・・



「あら、あなた一人が先にここに来ちゃったの?おっかしいな~。みんな同じくらいに私のこの「羽衣ちゃん」の攻撃を受けているはずなのに。ちょっと来るのが早すぎかも~」



ゆらゆらと揺れる羽衣の先が機械の陰からひょこっと顔を出す。



「あのメンツの中で、一人でこうしてのこのこ現れるなんていう非常識な人は、私が知る限りただ一人」



キュッ・・・



床に靴がすれる音が響く。それとともにユサッと、羽衣の全体が動き、そしてその操り主が姿を現す。



「やっぱり・・・工藤君か~」



姿を現したのは学園の制服をまとい、真っ白な純白の髪を揺らす、一人の少女。ターゲットである、エフィーだった。純白の髪はこの空間の白と溶けあい、揺れ動かなければ一体化してしまいそうだった。



「やっぱりですいません。少し早く来すぎてしまいましたね」



工藤はその姿を前にしてもいつものように振る舞う。今は武器も構えず、ただターゲットと話している。



「ちょっとどころか早すぎだよ?さすがになんか怪しいな~?」



エフィーは工藤の姿をその不気味に紫色に光る目でじろじろと見つめる。そしてなにかを思いついたようにパッと顔を明るくし、ポンと手を叩く。



「あっ、わかった。みんなをいけにえにして、自分だけ戦いを避けてきたんだ~」



エフィーは不敵な笑みを浮かべ、まとっている羽衣をさらに激しく揺らしながらそう言った。



「ひっどいな~。仲間を犠牲にして一人だけ生きてくるなんて。やっぱり竜族の人はみんな薄情者だね~」



「まあ、根本的に間違ってますけどね」



工藤はエフィーの挑発的な言葉をあっさりと受け流し、何事もなかったかのように話しだす。



「私の魔法属性は風。風は自然に間と間を流れ、自由に縦横無尽に行き来する。この程度の攻撃なら、こんな風に気付かれずにここまで来ることなど、造作もない事ですよ」



今度は逆に、工藤がエフィーを牽制するようなそぶりを見せる。それを見たエフィーはニヤリと笑い、工藤の体をなめるように見つめる。



「さすがだね~工藤君。だけどなにも心配しないの?仲間のことを。こうして私と喋っている間にも、誰かが倒れているかもしれないんだよ??」



 エフィーの言葉がこの空間に響いていく。エフィーは工藤の答えに興味津々といった感じに工藤を見つめる。



「心配ですか。まあしてませんね」



「どうして?」



即答する工藤に間髪入れずに聞いてくるエフィー。その質問を聞いた工藤は、フフッと笑いながら言った。



「知っているからですよ。他のみなさんが、この程度の攻撃では倒されないことを。まあ、若干二名は少し心配なところはありますが・・・」



「信じてるんだ。みんなのこと、仲間のことを」



 突然、エフィーは今までとは違い、優しく、感情のこもった口調でそう言った。その声は、どことなく哀愁を感じされるものだった。



「信じてる・・・というよりも、主役級のみなさんがこんなところで倒れるとは思わないだけですよ。あ、でも結構こういう場面でそのうちの一人ぐらいが死ぬ、ていうパターンは、確かに結構ありがちですけどね」



「クスッ、ククク・・・」



それを聞いたエフィーは、こみあげる笑いを必死にこらえながら笑みをこぼす。



「いや~、噂通り、本当につかみどころのない人だね。工藤君って・・・」



「お褒めいただきありがとうございます」



 エフィーの言葉に敬意を表しながら言う工藤。その姿をみてさらに笑うエフィー。普通ならこんな時、物凄い緊張感の中で会話が続くものだが、ここにいる二人、失礼を承知で言えば少し「変な」二人の間に流れる会話は、どこかおかしく、それでもなぜか噛み合っているようだった。意外とこの二人はウマが合うのかもしれない。



「ハア~ア。おもしろかった。さてと、もっとあなたとこんな風に、お話したいところではあるけど・・・」



エフィーは顔から笑みを拭い去ると、いきなり顔色を先程の笑顔から険しい、相手を睨みつけるような顔に変える。



「でも、だからといって、あの竜王の「飼い犬」であるあなたに、負けるわけにはいかないんだよね~・・・」



エフィーは自分の体の周りに漂うオーラを一掃強くし、羽衣をばたつかせながら少しずつ大きくしていく。



「私も、こんなところで死ぬわけにはいきませんのでね。あなたのような美しい人を傷つけるのはいささか抵抗はありますが・・・」



「あなたを、殺させていただきます」



ギィ・・・



 工藤は弓を構え、相手を突き刺し、貫くような目線をエフィーに向ける。構えた弓の先は、エフィーの顔のド真ん中を指してピタリと止まる。



「いいよ、来な・・・でもその前に一つ聞かせて」



エフィーは工藤を睨みかえすと、ささやくように一言だけそう言った。



「あなたはなんのために、今ここにいるの?そしてこの世界に存在しているの?」



エフィーの問いに、瞬きもせず、ピクリとも反応させずに、その矢の先をエフィーに向けたまま、工藤ははっきりと答えた。



「私はあの方にある一つの使命を受け、そして送り込まれた。私がここにいる理由に、それ以上もそれ以下もない。そしてそれ以外の理由も存在しない」





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