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第七十七話 あの痛みを、その想いを~それは使命か意志か~

<Part2 玲、伊集院>



シャキシャキーン・・・




 無言の舞。なにも喋らず、なにも表情を作らず、ただひたすら華麗な舞で襲い来る羽衣達をかたっぱしから切り裂いていく。




羽衣の隙間を縫うようにぐるりぐるりと回転し、その動き一つ一つに無駄というものが何一つない、完璧な動きで攻撃を避けながら、その両手に持った光の剣で羽衣の先を切り裂く。辺りには次々と羽衣の破片が飛び散り、消えていく。その動きはもはや剣舞、その剣筋からは美しささえ感じるほどの舞。




剣を振り回すたびに塗りたくるように眩い光の弧を描き、その弧をからめとるように全身を柔軟に使った動き、その動きで揺れる銀髪の髪の輝き、それが全部合わさって、見る者全てを魅了する輝きを放つ。それが




伊集院・・・有希の戦い。




だけどなぜなんだろう。




その剣筋の美しさの裏には、冷たく、悲しみさえ感じる。そしてその悲しみを相手に叩きつけるように切り裂くさまはまさに鬼神のごとく、その太刀筋には恐怖さえ感じられるほどだった。




それは有希が無言で、そして無表情で戦っているから?それは本当にその姿から来るものなの??




有希、あなたはいつもなにを考えて、なにを想って戦っているの?そしてその眼には、なにが映っているの?





ヒュルルル・・・シャキーン!




「ふう、これじゃあキリがないわね・・・」




 回転しながら放ったくさり鎌は、生きた蛇のようにうねり、周辺の無数の羽衣を切り裂きながら回っていく。くさり鎌は銀色に光を放ち、くさりの動く独特の金属音を周りに響かせながら動きまわる。



ガチャン!!



そして自分の手元へと利口に戻ってくる。くさり鎌は武器は武器でも生きた武器。使う人によってそのくさり鎌という武器は生きるものへと変化する。その生き生きとした動きから織りなす刃は、見る者をあざ笑うかのように動き、うねり、そしてその者の体を切り裂く。



戻ってきた刃はまた主の命令を待つかのように、その刃先をキラリと輝かせた。




「しかしそれにしても・・・」




後ろを肩越しに見つめる。そこにはなぎ倒された羽衣の残骸が所狭しと散らばっていた。そして向こうの方では、切り刻む音と共に切り裂かれた羽衣がピョンピョンとまるで生きた魚のように跳ねていた。おそらくあそこで、有希が戦っているんだろう。




 有希は、私の足のけがを知っているからか、それとも純粋に私の戦力から見て負担をかけないようにしているのか。




有希は私に対する敵の割合というか負担を最低限のものにするように、優先的に私の周りの敵を引きつけ、倒していった。それがどんなに自分に負担がかかることであっても、有希は全くの無表情で、ただ敵を倒し続けた。




そのおかげで、私には有希の3分の、いや4分の1ぐらいの敵しか襲ってこない。ケガをしていなくても、ほかのみんなに比べれば力の弱い私でもなんとかしのげていた。




だけど・・・




 私は首をかしげた。なにかが引っかかっていた。なにか違和感を感じていた。




それがなにかはわからない。でもきっとそれは多分大事なこと。私たちの命に関わること。だけどそれが何かと聞かれれば具体的な言葉が思いつかない。




だけど一つ言えることは、その違和感に対するなにかを、忘れているような気がする。




ビュルルル・・・




紫色の光を放ちながらゆらゆらと揺れる羽衣。そしてその羽衣は勢いよく、不規則な動きをしながら襲ってくる。




「ハッ!!」




シュリリリ・・・




私は空中に高く飛び上がり、背中をしなやかに反りながらくさり鎌を放つ。襲ってきた羽衣は背中の下を通過し、放ったくさり鎌はうねうねと変幻自在に動きながら羽衣の群れをかきわけながら切り裂いていく。



・・・ヒュウ~スタッ!!




そしてぐるりと一回転して地面に着地する。それに合わせるかのようにくさりの先に付く、きらびやかに光る鎌が私の手に収まる。




「ふう・・・ってイタ!!」




私は少しよろける。くさりの部分が地面についてチャリンという音を響かせる。




「・・・あらら。ちょっと傷口が開いちゃったみたい」




 よく見てみると、左足のふくらはぎに巻かれた、蓮君のハンカチが朱色に滲んでいた。そしてそのハンカチの下からツーっと、血がつたっていた。どうやらさっきの着地の衝撃で傷が広がったらしい。




「このハンカチ、洗って返さないとなあ。あ、でも私の血がついたハンカチなんて返されても困るだけか・・・」




私はそっとハンカチに触れる。少々強引に結ばれたハンカチは、しっかりと肌に密着して傷口を抑えつけていた。その荒っぽい結び目からは、男の子らしさが感じられた。




「・・・あの時の蓮君。すごい迫力だったなあ」




私はあの時の様子を頭に浮かべる。私の不注意でなにかで足を切ってしまって倒れ込んだ時、蓮君は真っ先に駆けつけて心配してくれたっけ。




暗闇の中、駆けつけた蓮君の姿を見て慌てて立とうとしてまたよろけて、結局地面に座り込んでしまった私を見て、優しく、私を包み込むような声で心配してくれた。




そして私が慌ててポケットをまさぐる蓮君を見て、遠慮した私に放った一言




「いいから黙ってじっとしてろ!!」




あんな蓮君を、私は初めて見た。今まで結構なんやかんやでよく一緒にいたけど、あんな風に、本気で私を怒鳴った蓮君の姿は、不思議と恐怖や脅えなんかの感情ではなくなんていうかその・・・




すごく、頼もしく感じた。




目の前にいた蓮君という存在が、今まで私が知っていた蓮君とは全く違う存在になっていた。




そして次に言った言葉




「そうでなきゃ、俺はお前になんにもしてやれないだろ?」




この言葉が、私の心にどれだけ強く響いて、様々な感情を生み出したか。たった一言だけど、その一言で私にとてつもない安らぎと安心感が生まれた。心にのしかかっていた、重いおもしがスッと取れたような気がした。




そしてその後ぎこちない手つきで私の足にハンカチを巻く蓮君。その姿は、完全に一人の「男」になっていた。



あの私の肌に触れた蓮君の指先の一つ一つから、優しさと頼もしさがあふれていた。




「・・・って私こんな時になに考えてんだろ。戦闘中だっていうのにあの時のことを思い出したりして・・・」




私は急に我に返る。熱い、手で頬を触ると案の定熱くなっていて、真っ赤に火照っていた。




「ってなにやってんのよ玲。なんであの時のことを思い出して顔を真っ赤にしてるのよ!」




私はプルプルと顔を横に振る。顔に保っている熱を振り払うように強く何回も横に振る。




「・・・ッハ!?」




 そして私は、自分の後ろから影が伸びていることに気付く。




後ろを振り向くと、紫の羽衣が凄いスピードで一直線に私に向かって迫ってきていた。




「し、しまった・・・」




私は急いで態勢を立て直す。下ろしていたくさり鎌を慌てて構えて、羽衣目掛けて走り出そうと一歩を踏み出した。しかしその時




ズキッ・・・




突然、最初に出した左足から激痛が走る。




「あっ・・・」




左足は自分の意志を無視してガクンと下がる。それに伴って態勢が前かがみになる。




ヒュウン!!




その態勢のまま、動いた手を止められずにくさり鎌を放つ。




ヒュルルル・・・




くさり鎌は羽衣の下すれすれを空を切って飛んでいった。




それに反して、羽衣は私に近づいてくる。そして前かがみになっている私も、自ら羽衣との距離を縮めていく。




そして猛然と迫る紫の光が、目の前まで迫ってくる。




「・・・っ」




私は本気で覚悟した。払いのけようとしても武器はもうないし、だいいち体が硬直して、自分の意志で体を動かせない。だからその攻撃を避けることもできない。




私は目をつむった。暗闇の中で激しい痛みが走るのをただ待ち続けた。




(もう・・・だめ!!)




心の中で叫んだ言葉は、無情にも響いていくだけ・・・のはずだった。




シャシャシャキーン・・・




目の前で切り刻む音がかすめた。そして目に強い光が打ちつけた。




「・・・光?」




・・・ズザー!!




そして私は床に思いっきり滑り込んだ。その時感じた痛みは、私が想像していたものとは全く違っていた。




その痛みは「死」の痛みではなく、「生きた」痛みだった。




「・・・大丈夫?」




目を開けると、目の前にはよく見る黒の女子用の靴が二つ。それに清楚な白い靴下と白い脚がスラッと伸びていた。



「ゆ、有希!!」



見上げると、サラサラな銀髪の髪をなびかせながらこちらを覗きこむ、有希の姿があった。私にかけた少なからず(本当に少し)心配の意を込めた言葉とは裏腹に、その表情は固く、無表情だった。



「ごめん。また有希に迷惑かけちゃったね」



私が苦笑を浮かべながら体を起こすと、有希は小さな声で言った。



「別に迷惑ではない。私は私がすべきことをしただけ」




「すべきこと??」



体を起こし、足や服についたほこりなどをぱたぱたと落としながら私は有希に聞いた。




「あなた達みんなを、無事に生きて帰す。それが私に提示された作戦であり」




「使命」




有希は言葉にトーンを全く付けずにそう言うと、スッと私に向かって手を差し出した。




「あ、ありがとう・・・」




その手を握り、グッと力を入れる。その手は雪のように真っ白で、腕はちょっとなにかあったら折れちゃうんじゃないかと思うほどに細かった。




だけどその手は、やわらかくて優しく、強かった。




(使命、か・・・)




有希の手を握りながら私は思った。みんなを、仲間を無事に生きて帰す。それが自分の使命だと有希は言った。




だけどそれは本当に「使命」だったから?命令だったから?




人を憶測で判断するのはよくないことだけど、私はその時感じた。




有希のその行動は人から命令された「使命」ではなく、自分の「意志」だったんじゃないかと。




それが有希の、有希なりの「感情」、そしてみんなを助けたい、みんなと一緒に帰りたいという「想い」だったんじゃないかと、私は思った。




「有希、有希はどうしてそんなにしてまで戦うの?」




私は無意識に、その言葉が口から滑り出た。今思えばいきなりのそれは結構めちゃくちゃな質問だったと思う。




でも知りたかった。有希の心に秘めた想いを。そして戦う理由を。




「・・・自分の宿命のため」




有希は少し間を開けた後、ぼそっと重苦しい声でそう呟いた。




「私にはやらなければならないことがある。そのために私はこの世界に居る。この世界に存在している。だからそれをやり終えるまで」




「私は死しても戦い続ける。そして宿命を全うする」




そう話す有希の目は、鋭く、突き刺すような視線だった。そのやらなけらばならないことがなんなのかは私には分からないが、でもそれが、私たちには考えられないほどの固い決意であること、そしてそれが有希の今の姿を構成しているのだと、痛いほどにわかった。




「そのやらなければならないことって、私たちには関係していないの?」




「・・・・・・」




私はさらに踏み込んだ質問をした。だがそれは触れてはいけないことだったのだろうか、有希はそれから黙りこくってしまった。




 二人の間に沈黙の時が流れる。その一時は短いものだったが、私たちの中では物凄く長く、果てしなく続くんじゃないかと思うほど長く感じた。



「あ、あの有希・・・」




「・・・発進する」



私がたまらず声を上げると、それに反応するかのようにぼそっと、一言だけ有希は言った。



「発進するって・・・なにが?」



私が有希にそう尋ねると、有希はスッと顔を上げて私の目を見つめなら言った。



「事態は動いた。だから我々も動く」




「今からターゲットの元へと移動する。私が道を開くからついてきて」




有希は相変わらず無表情でそう言うと、いきなり突然羽衣の群れへ真っ正面から突き進み始めた。



「ちょ、ちょっと待ってよ有希!!!」




 私はなにがなんだかわからぬまま有希の背中をひたすら追いかけた。その背中は小さく、か弱いものだったが、私の目に映るその背中は、とても大きく、そして遠くに感じた。






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