第七十六話 炎の舞踏演舞~吹き荒れる炎、宿した紅き剣~
「ふう・・・」
今俺は確かにこの空間に存在している。この非常識で、非科学的で、非日常的な時間を俺は確かにその身で過ごしている。送っている。
自分で望むまでもなく、世界中の人々の中でもこんな体験をしているのはいないか、いたとしても一人か二人。まあ普通ならいないだろう。いや本来いてはならないのだ。
そんな非常に珍しい、ありえないほどの確立に当選してここに存在している俺。こんな世界を望んでいないのにこうして存在している俺。
確かに、自分の意志で動き、歩き、呼吸している。
俺はこの世界が嫌いだ。俺という存在を戦場へといざなうこの世界が嫌いだ。俺から日常を奪っていくこの世界が嫌いだ。
だけど俺は戦う。
俺はそんな世界でも、もっとこの世界に居たいと思う。この世界でもっとみんなと時間を共有したいと思う。
だから俺は戦う。俺という存在が、許される限りこの世界にあり続けるために。
「作戦は・・・と聞くまでもないか」
俺は剣を構えてターゲット、エフィーにその矛先を向けながら工藤に話す。数だけでいえば5対1。個々の力からいっても相当な戦力だ。だけどなぜなんだろうか?
俺達の方が数が多いってのに、敵は一人だけってのにどうしてこんなにこちら側がプレッシャーをかけられなきゃいけないんだ。それもまだ戦ってもいないのに。
ふう、どうして俺の手はこんなに震えているんだ。どうしてこんなに汗が吹き出してくるんだ。
「本当はというと、先程のトラップで仕留めたかったんですが、こうも簡単に破られるともう小細工は利きませんしね・・・」
「真っ向勝負・・・か」
「そうなりますね」
工藤は前に言った。今度のターゲットは俺たち全員の力を合わせても勝てる見込みは10パーセントにも満たないと。
そんな相手に真っ向勝負。こちらが勝てる可能性は10%。10回やって1回は勝てる。だけどあとの9回の先にあるものは・・・
「こうなったらやるしかないな。どうなるか知らねえが、なにもしなくても結局はやられるんだ。どうせだったらやってやろうじゃねえか」
「その10パーセントの確立とやらをさ!」
健の言葉が強く心に響いていく。なかば開き直りともとれる言葉だが、健の言った言葉はそうではない。だいいちその言葉に恐れなど微塵もなかった。
ただ相手を真っ直ぐ見つめる。それは悲観の眼差しじゃない。これから戦うターゲットへの挑戦の眼差し。その眼差しの先には、「敗北」、そして「死」なんて言葉は映し出されていなかった。
そうだ。俺達はわざわざターゲットに殺されるために戦うんじゃない。生きて、そして帰って、またこの世界での日々を過ごしていくために戦うんだ。
(神様よう。こんな時ぐらい、俺達に力を与えてくれよ。今まで散々あんたに振り回されてきたんだからさあ)
(だからお願いだ神様。どうか俺達を守って、そして無事に帰らせてくれ!!)
剣の柄を握る力が一層強くなる。ギュウッという音が静かに鳴り響く。
「では、最後に一言だけ・・・」
工藤はそう言うと、持っていた弓を大きくブンと振り回し、そしてその矢の先をターゲットの顔に向けて言った。
「作戦は、なにがなんでも全員生きて帰る。それだけです」
・・・・・・
その一言に、みんな無言で頷く。きっと、工藤が言わなくてもずっと前から心に秘めていた想い。その想いが、工藤の言葉で再び強く浮き上がってくる。
「では・・・いきます!!」
バッ!!
俺達は工藤の声を合図に一斉にターゲット目指して走り出した。それぞれの想いを、そしてそれぞれの誓いを胸に、目の前の脅威に向かって全力で走る。
「さあていよいよ始まりだね。それじゃあ・・・」
「遠慮なく消えてもらうよ!!」
ターゲットは俯いた。まるで俺達の攻撃など恐るに足らないと言っているように。
・・・ギラッ!!
エフィーまで数メートルというところまで近づいたところで、俯いていたエフィーが不敵に笑みを浮かべながら目をくわっと見開く。その目はこの世のものとは思えぬ鋭さと不気味な輝きを放っていた。見るものすべての存在を、その眼光で一瞬にして黙らせ、威圧するような目だった。
「さあ踊れ。そして私を前にしてみんな恐怖に脅えて散って散って散りまくれ!!」
グワアアア!!!
エフィーの言葉と共にまとっていた無数の羽衣が急速に大きく、羽を広げるように広がり、そしてその羽衣は俺達を殺さんとばかりにそのうねるその身を俺達目掛けて飛んできた。
「全員各個撃破!散開してそれぞれ攻撃してください!!」
一之瀬、玲、健、伊集院「了解!!」
俺達は自分にそれぞれの襲い来る羽衣を引きよせて、無数の機械が散らばり、迷路のようにいりくむこの広大な空間で俺達は戦った。羽衣はまるで追跡機能でも付いているかのように正確に俺達を捉えて襲ってくる。それはあの回廊での襲い方とは似て非なる、確実にその矛先に殺意が現れていた。
<Part1 一之瀬、健>
「くそ!!相変わらず趣味の悪い攻撃だなあ!!」
シャキーン・・・
俺はジャンプして一回転し、羽衣を避けながらその剣で羽衣を切り裂いた。しかしその羽衣はその勢いが収まるかと思いきや、今度はさらに分裂して俺達を取り囲んだ。切り裂いた羽衣が剣先でうようよとからみつきながらやがてはそのおぼろげな紫の光を失って消えていく。
「ふう、こんなに倒しがいのない敵もなかなかいないぜ・・・」
羽衣は俺を囲みながらうにょうにょと俺の周りを泳ぎまわり、まるでこちらをあおっているかのように羽衣はたたずんでいた。
「確かにな。だが、こういう陰険な攻撃見てると、俺は我慢ならないんだよな~!!」
ドキューン・・・
俺の背中にくっつけるように健は俺の後ろに立ち、その銀の二丁銃で徐々に近づいてくる羽衣を目の前で弾を放った。
バシュッ
弾がもろに直撃した羽衣は、鈍い乾いた音を放って後ろに下がるが、今度はその後ろから無数の羽衣が押し寄せてくる。
「ふむ、どうやらこの羽衣はこの程度の攻撃じゃひるむどころか、さらに勢いを増してくるってことか・・・」
銃口から出ている白煙をフッと吹くと、両手にもった銃を交差させて構える。
「やるか」
俺は同じく剣を構えながら、後ろの健に話しかける。
「そうだな。こういう時はちまちま攻撃するよりも、ぶっ放したほうが効果があるかもな」
そして足に全ての力を込めて態勢を少し低くする。
「あっちがその気ならこっちもその気でいかしてもらう。いくぜ!!」
ギュアッ!
俺達は一気に足にため込んだ力を爆発させて、羽衣の群れ目指して対角線上に走りだした。
(全集中力を羽衣の動きに合わせるんだ)
うねりうずめく紫の羽衣。外から見れば物凄い大群で、これに飛び込むなんてバカのやることだが、その群れは一つ一つの羽衣が合わさって形成されている。その一つ一つの動きを、羽衣の動きではなく、紫色に光る羽衣の光の動きに全神経を向ければ、その動きもおのずと見えてくるはずだ。
(・・・見える!)
シャキーンシャキーンシャキシャキーン・・・
この羽衣はそれ単体で動いているのではない。あくまでターゲット、エフィーの強大な魔力で動いている。その動きも、エフィーの意志によって動いているのだから、その動きはいくらターゲットといえど、人間、人為的な動きになるのは間違いない。そうなれば、そこに完ぺきなど存在しない。かならず隙間ができる。
パタパタパタ・・・
切り裂かれた羽衣が俺の周りで次々と地面に落ちていく。
「あの時、工藤に動きを見極める方法を教えてもらっておいてよかったぜ。そうでなかったらこんな風にはいかなかっただろうな・・・。さあて次はどいつだ?かかってこい!!」
パーンパパパーンパーン・・・
健は縦横無尽に駆け回りながら弾丸を放つ。健は俺とは違い、動物的感覚で羽衣の動きに反応して華麗に避けていく。それはいわば反射神経というレベルではない。同時に攻撃してくる動きの全てに瞬時に対応だなんて、とても常人にできるものではない。それもその動きに合わせて正確に相手の的を射っている。
「ふう、これじゃあキリがないな。仕方ねえ、いっちょやったるか!!」
そして健は左右の二丁銃をくるくると回し、円を描きながら詠唱する。
「我に宿りし竜炎の力よ。この場にいる悪しき魂をその炎で焦がし、この場を炎で火炎舞踏に祭り上げろ」
「incarnation dance of flame breath・・・」
フウ・・・
健が唱えると銀の二丁銃はその姿を紅に染めた。そして二つの赤き銃口を口に近付けて息を吹きかける。すると
ブウォォオオオオオ!!!
その口元から火炎の息が凄まじい音と共にその場に吹き荒れる。その火炎は変幻自在に動き、うずまくように健の周りをぐるぐると回りながら広がっていき、羽衣の群れをその炎で飲み込んでいく。
「久しぶりに使ったな~、これ。まあその割には威力もそんなに落ちてないし万事オッケーか。さて」
「この炎の前では俺の独断場だぜ。さあ行くぜ。お前ら全部灰にしてやるぜ!!」
そして健は、吹き荒れる火炎を自由自在に操り、まるで自分の体の一部かのようにその火炎を振り回す。その炎に包まれた羽衣は、たちまち燃え盛り、真っ暗なけしずみになって朽ち果てていく。
「そうら!蓮もこの炎を使え!!」
ブンッ!!
健が強く腕を振り回すと、俺めがけて一直線に一筋の炎が飛んでくる。そして俺はその炎を剣でからめとり、その炎を剣に宿す。漆黒の剣はたちまち炎に包まれ、紅色に染まる。
「お、助かるぜ健。さあて、俺もこんなの初めてだけどいっちょやってみるか!!」
そして俺は紅き剣を天に掲げる。
「そおらいくぜ!!必殺」
「火炎竜翔剣!!!」
ブウォオオン!!!
俺が剣を振り回すと、剣に宿っていた炎は解き放たれたかのように飛んでいき、辺りにたむろしていた羽衣の群れをなぎ倒していくようにその炎でその身を焦がす。
そして辺りを囲んでいた羽衣が、この周辺一帯から消滅する。
「おお!すげ~じゃねえか連。さすがだなあ~」
「いや~俺も初めてだったけどうまくいってよかったよかった」
すぐさま駆け寄ってくる健と会話を交わす。あたりには黒煙と、焼け焦げた匂いが充満していた。
「しかし、その「火炎竜翔剣」ってのはなんなんだ??」
「いや、あれはとっさに思いついて言っただけなんだが?まあ、少し子供っぽかったな~とは思うけど・・・」
俺がそう言うと、突然健は目を輝かせてテンションを高くして話しだす。
「いやあ最高だな連。お前のネーミングセンスはまじでグレイトだぜ!!」
健は少年のように声を高ぶらせながら話す。どうやら俺のつけた名前は健のネーミングセンスの中ではどストライクだったらしい。まさか俺が健のネーミングセンスに合う名前を付けてしまうとは。俺、一生の不覚。
「そ、そんなにこれ良い名前かな~・・・って」
俺は健の体の向こう側に広がる真っ黒になった景色を見て、言葉を詰まらせる。
「ん?どうした連??」
「あれ・・・」
俺は先程の攻撃で真っ黒に焼け焦げた床に散らばっている消えずに残った羽衣の破片を指差す。見ると、焼け焦げてぼろぼろになりながらも、その羽衣は微弱ながら動き、そして
シュウォーン・・・
一斉に元の紫色に戻って、急速に破片同士がくっつきあい、また一つの羽衣を形成していく。
「ま、まさか・・・」
「そのまさかだろうな」
そしてまた、俺達の前に紫の羽衣が姿を現す。
「まじかよ。せっかく一掃したってのにまたふりだしかよ」
「どうやら、少しでもその原型を残していると、また再生するらしいな」
今またゆらゆらと揺れる羽衣には、先程の攻撃に対する傷跡は微塵も残っていない。どうやら本当に完全に再生するようだ。
「仕方ねえ。たしかこれってあのエフィーとかいうターゲットが作りだしてんだよなあ」
健は一度大きく背伸びした後、俺に尋ねてくる。
「まあ、そうだが。それがどうした?」
健は俺の言葉を聞くと、ニヤリと小さく笑った。
「よ~し。それじゃあ行ってくるかあ!!」
そう言って健は下ろしていた二丁銃をまた交差させて構える。
「行くって・・・。お前まさか!?」