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第七十二話 第二幕の開演~近づいてくる死の鼓動~

「正直、ここまで来るとは思ってなかったけど。まあいいわ。せっかくの機会、あなた達に見せてあげる」




「支配された混沌と恐怖の空間を」




 師道はそう言ってゆっくりと立ち上がる。足を動かすたびに、衝撃で飛び散った鏡の破片が潰される、ジャリッという音が廊下に響く。




その様子を、俺達はただ見つめていることしかできなかった。




急変した、この場の空気を前にして体が動くのを許さなかった。




「さあ、始めようか。第二ラウンドの始まりだよ」




すると




ヒュワーン・・・




師道の黒い髪が、おぼろげな紫の光を放ちながらみるみる白色の純白の髪へと染められていく。




「いけません、再起動に入りました。ここでは分が悪すぎます。この廊下をずっと行けばここよりももっと広いところに出るはずです。とにかく今はこの場から離脱しましょう」




工藤はそう言うと、師道を横目に走り出す。




「なにやってるんです!さあ早く!!死にたいんですか!?」




「・・・!?」



突然の出来事で反応していなかった体が、工藤の言葉でなにかがつながったように動き出す。




そして俺達も工藤を追うように、なにがなんだかわからないまま走り出した。




一人、紫色のもやもやっとしたオーラを放ち、みるみるその姿を変えてゆく師道を残して。





「ハア・・・ハア・・・ハア・・・」




 俺達は走った。どれだけの間走ったかわからないけど、俺達は走り続けた。それも全力疾走で。なにを目指し、そしてなんのために走っているのかもわからずに、ただ廊下の奥に見えるかすかな光を目指して走った。




俺達の走る音が廊下に幾重にも重なりながら響き渡る。同時にその姿を左右の鏡が映し出す。その姿はずっと俺達の横に鏡の中で付いてきていた。




「な、なんでターゲットから離れるんだ??せっかくあそこまで追いつめたっていうのに・・・」




俺は走りながら隣にいる同じように走る工藤に問いかける。




今の状況が、全く理解できなかった。そもそもなんで俺達は走ってるんだ??




「ターゲットから離れてるんじゃなくて、ターゲットから逃げてるんですよ」




工藤はその眼差しをその先にある小さな光に向けながら俺に話した。




「逃げる?なんで?」




工藤の言葉は俺を余計に困惑させていた。




伊集院さんがあそこまで追いつめて、決着はついたのかと思った時、師道が突然一度だけパチンと指を鳴らした。その瞬間、工藤の顔色が突然変わり、それまでの余裕の表情から、あせりと困惑の表情へと、その顔を変えていた。




あんな工藤の顔を、俺は初めて見た。




「彼女はあの瞬間まで少なからず我々の支配下であったこの空間を、一瞬にして書き換え、上書きをしました。そして今、この空間は完全に彼女の支配下の元、再構築されています。もし構築が完了すれば、我々が太刀打ちできる状態ではありません」




「ぬかりました。まさか彼女が事前にRSSCを仕込んでいたとは」



走りながら話す工藤。その言葉は確かにいつもの工藤の口調ではなく、そこにあせりがすくなからず混じっていた。



「RSSCってなんだ??」




俺は工藤に聞き返す。




「説明は後です。今はとにかくここから・・・」




 廊下の先にあった光が近づいてきた時、突然工藤の言葉が止まる。




「来る・・・」




「え・・・?」




 俺が走りながら、後ろを向こうとした瞬間




「危ない!伏せてください!!」




「えっ・・・て、ウァッ!?」




バッ




突然、工藤が俺の首根っこを掴んで地面に向けて押し倒した。



キュキキキー・・・




ちょうどヘッドスライディングのような格好で俺は思いっきり倒れ込み、全身を地面に叩きつけながら床の上を滑った。床と体が擦れて、耳の奥まで深く行き届くような高い音が辺りに鳴り響く。




チャキーン・・・




今度は前で甲高い、なにかを切り刻むような音が聞こえた。




「痛てて・・・。いきなりなにするんだ、て、わあ!?」




俺が床に伏せながら顔を上げると、ヒラリヒラリと、紫色の淡い光を放つ、一種の羽衣みたいなものの切れ端が上から舞い落ちてきた。



その光は今まで見てきたような眩い光ではなくて、なにかこう、おぼろげで、優しくて、こちらを誘いこむような光を放っていた。




「・・・・・・」




俺が無意識にその切れ端を触ろうとすると




「いけません!それに触ったら魔力を吸い取られますよ!!」




「・・・はっ!?」




工藤の言葉で俺は我に返り、その切れ端に伸ばしていた手を瞬間的に引っ込める。



「柳原さん、相川さん!あなた方は一刻も早くあの光の先に行き、その先にある扉を開いてください。一之瀬さんを含む我々もすぐに行きます。だからあなた方は先に行ってください!」



「わ、わかった」




「わかったわ、先に行って待ってる。工藤君達も急いでね!」




玲達は、その工藤の口調と状態から見て、尋常ではない事態が起きていることを悟り、工藤の言葉になにも聞かずに素直に反応すると、二人は体を反転させて急いでその先にある光の元へと走った。




「ふう・・・予想以上に再起動が速いですね。もう第一陣が届いてくるとは・・・」




 工藤は廊下の中央に立ち、その先にあるなにもない廊下の先を食い入るように見つめた。




しかし、その表情には「余裕」という二文字はどこにもなかった。




「く、工藤。今のは一体・・・」




俺はようやく立ち上がると、工藤、そして伊集院さんの方に向けて、歩み寄った。




「今のは師道・・・いえターゲットといった方がいいですね。そのターゲットが空間の再構成を終え、最初に放った威嚇攻撃みたいなものです」




「あと少しで、あなたの首は奇麗に切り裂かれ、吹っ飛んでいったところですよ」




工藤はいつものように、さらりと恐ろしいことを言った。こちらにその鋭い視線を向けながら。




「さっきの・・・あの羽衣みたいな奴があいつの攻撃なのか??」




俺がそう聞こうとすると、なにかを感じ取ったように工藤はスッと視線をまた廊下の先に戻すと、顔を少し下げて目をつむった。




「・・・・・・」




「どうやら、来たようですね」




工藤はその閉じていた目をうっすらと開けると、ゆっくりと顔を上げて一言だけそう呟いた。




「来たって・・・なにが??」




 俺はその工藤の姿を見て、不安げにその工藤に尋ねた。手には汗がじわ~と浮き出ていて、自分でもすぐにわかるぐらいに心臓の鼓動が半ば暴走気味に、速くなっていた。



なにがなんだかわからない。だけど、今のこの空間に押しつぶされそうになるぐらいに、恐怖を確かにその時感じていた。



「耳をすましてみてください。きっとあなたにも聞こえてくると思いますよ」




「破壊と混沌が奏でる、もう一つの協奏曲が、ね」




「・・・・・・」




 俺はまたあの伊集院さんと師道の闘いをみた時のように、スッと目を閉じて意識を集中した。




ガキーン、ガシャガシャーン、パリーン、ガシャンパリーン・・・




遠くから、なにかが割れて砕ける音と、それに伴う振動が俺の意識の中へと伝わってくる。




そしてそれは段々と大きく、そして確かに近づいている気がした。




「もうそろそろ、目を開けてもいいですよ」




 工藤の言葉と共に、俺はゆっくりと目を開ける。少しずつ、目の前の視界が中心から広がっていく。



「・・・って、あ、あれは・・・!?」




 目を開けたその先に見えてきたのは、おぼろげ、そして揺れるぐらいに遠くの彼方で、無数の紫の物体が触手のようにうねりひねり、そして周りにある鏡をけたたましい音を立てながら破壊、なぎ倒していきながらこちらに向かって、波のようになって押し寄せてくる光景だった。




「・・・っ」




俺はその光景を前にして、呆然とその場で立ちつくした。少しずつ、いや物凄いスピードで近づいてくるその紫の物体を見つめながら。



「あれが第二陣。いや本攻撃とでもいいましょうか。今度のも先程のように一種の羽衣のようなものですが、先ほどの威嚇攻撃とは違い・・・」




「我々を本気で殺そうとする、一つの殺人兵器みたいなものでしょうか」




工藤がその光景を前にしても、いつもの状態を保ちながら説明する声も、今の俺には全てが無となって通り過ぎていった。




「ま、まさか・・・あんなのと戦うのか???」




 俺は慌てふためきながら不安と恐怖をその言葉に乗せて、工藤に叫ぶ。




その言葉に、工藤はニッコリと不気味に笑うと、そわそわしている俺に向かって言った。



「まさか。こんな狭い場所で、それもあんなに大量なのと戦っても、我々には勝ち目はありませんよ」



そう言って工藤は前を見つめる。




「おそらく、このままなにもせず、私たちも柳原さん達と一緒に逃げていたとしても、ここからあの光の先までの距離、あのターゲットの攻撃の速さから考えても、あの光の先に辿りつくにはおそらく時間が足りません」



そう言うと、今度は鋭く、こちらを奮い立たせるような視線を向けながら言った。



「今の私たちの役目、使命は、少しでも時間を稼ぎながら移動し、全員が無事に柳原さん達が開けてくれているであろう扉の先まで辿りつくことです」




 俺はもう一度、廊下の先に見える、どんどん近づいてくるターゲットの攻撃を見つめた。




その攻撃は、もうすでに確実に肉眼で捉えられるところまで近づいていた。鏡が割れ、飛び散り、砕け散る音と共に。




「それは・・・本気で言っているのか」




俺は工藤に尋ねた。答えはわかっていたが、それでも聞かずにはいられなかった。




「ええ、本気ですよ」




工藤は即答した。




「ですが、これはあくまで「時間稼ぎ」、ということを忘れずに。でないと・・・」




「死にますよ?」




ギュッ




 工藤の言葉と共に、俺は無意識に、反射的に自分の剣を握り、構えた。




それがなぜだかはわからない。もしかしたらそれは、極限の恐怖の先までいってしまっていたからかもしれない。




人間は、恐怖のその先を超えると未知なる潜在能力を解き放つ。そこに、自分の命が関わる事を知っているから。




やらなきゃ、その先には「死」しか待っていないから。




そういうの、「火事場の馬鹿力」、って言うんだっけな。




「では、私のカウントと共にあの光へと向かって走り出します。いいですね?」




 俺と伊集院さんは、無言で一度だけ頷く。そして俺は目をつむった。




「3、2、1・・・」




工藤のカウントが少しずつ確実に減っていく。それと同時に、けたたましい音も凄い勢いで近づいてくる。




きっと、目を開けた頃には物凄く、目と鼻の先まで近づいているんだろうな・・・




「0!、行きます!!」




クワッ




俺は勢いよく目を開けた。突如として俺の前に廊下の光景が映し出される。




バッ




 そして俺達は走り出した。すぐ後ろに来ている、ターゲットの恐怖と脅威を感じながら。






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