第七十一話 悲しき協奏曲~姿無き戦い、そして・・・~
「・・・・・・」
何も言わず、前に居る師道の方を見つめながら伊集院さんは、俺の顔すれすれにかかげていた光の剣を、スッと地に向けて下ろすと、グイッと体を反転させて師道の方を向く。
ずっと眩い光を放つ剣を間近で見ていたからか、目の前の景色がぼやけて見えて、なんだかくらくらする。
「・・・・・・」
伊集院さんは、その手に持った剣をスッと、今度は師道にその矛先を向けて、師道をキッと睨みつけた。
「あらあら~?本当にこの私とやる気??しかもあなた一人で?それはやめといた方がいいと思うけどな~。でないと・・・」
今度は師道がその紅に染まった眼を輝かせ、伊集院さんを睨みかえして言った。
「消えるよ?」
師道の、威嚇ともいえる挑発的な言葉がこの廊下にこだまする。
消える、その言葉はゆっくりとその意味を俺達にばらまきながら、この「天使回廊」の一部となるように、師道の言葉は少しずつ溶けていった。
そして伊集院さんはその溶けゆく言葉を眼をつむりながら感じ取る。
そして完全に溶けたのを確認すると、ゆっくりと、その銀髪の髪をゆらゆらと揺らしながらそこにある全ての事柄を見ていたような眼を、フッと開けて言った。
「あなたに、私は消せない」
その一言は、確実にこの場に闘いの息吹を吹き込むものだった。
それよりも、こんな風に相手を鋭く威嚇するように見つめる伊集院さんの姿を、俺は初めて見た。
なにかこう・・・伊集院さんが、遠くにいるような気がした。
「へえ・・・そんなに私と戦いたいんだぁ~。ふ~ん・・・じゃあ」
シュオン・・・
そう言った直後、不敵な笑みを浮かべながら師道が自分の右手に、透き通るような蒼色で、柄と刃の間に紫色の宝石のようなものがついた剣を出現させる。
「お望みどおり・・・ここから消してあげる!」
バッ
その瞬間、二人の姿がその場から消えた。
ピキーンピキピキーン、キーン・・・
廊下にこだまする剣と剣がぶつかり、弾かれ、切り裂く音が響く。
だけどその音の速さは、あまりにも速すぎるものだった。
廊下にその戦いから生み出された火花だけが散っては消え、そしてまた散る。
音は聞こえ、確かにそこに火花は散っているのに、二人の姿はどこにもない。まさに姿なき闘い。
「な、なんなんだよこれ・・・」
俺はその光景を前にして、その圧倒的な速さと、そのけたたましい闘いの音に呆然と立ち尽くしていた。
これが戦い?今まで繰り返してきたのと同じ戦い??
俺の前にあるのは、姿も形もない、ただそこに戦闘の傷跡だけを残す刃と刃のぶつかりあいだった。
「確かに、あまりに速すぎてそこでなにが起きているかわからないような気がしますが、確かにそこで、伊集院さん一人が、師道、ターゲットと戦っています」
この光景を前にしても、工藤は淡々と話す。だけど目の前に広がる戦いは・・・
「一人・・・」
なぜだろうか
孤独と孤独がぶつかり合い、剣と剣がぶつかりあいながら奏でるその甲高い音は、深い悲しみと寂しさと悲壮が混じり、合わさり、つながって、一つの協奏曲のように聞こえた。
「くそっ、速すぎて見えない。これじゃあ助立ちすることも援護することもできないじゃねえか」
健が一旦は銃を構えるも、その目の前に広がる姿なき戦いをみてその銃口を下に向ける。
こうしている間にも、目の前では伊集院さんが一人孤独に戦っているのに、見えないのではどうすることも出来ない。
ただ適当に攻撃をしても、それは二人の奏でる悲しき協奏曲の前では、当たるどころか、その領域に踏み込むことすらできない。
今の二人の戦いに、俺達が足を踏み入れる事なんて、到底できるものではなかった。
だけど、今目の前で、「一人」戦う伊集院さんを、ただ見ているだけだなんて
できるはずはなかった
最低でも、見えさえすれば、見えさえすればどうにでもできるのに・・・
「見えますよ」
「・・・!?」
突然、隣にいた工藤がその戦闘を見つめたまま一言だけ、そう呟いた。
「お前には・・・見えるのか?二人の戦いが・・・」
「はい」
工藤は俺の言葉に、眉ひとつ動かさずにただ一音だけで、そう答えた。
そして工藤はゆっくりとその視線を俺に向ける。
「彼女たちの戦いを、見ようとするのではなく、感じ取ろうとしてみてください。確かに人間の眼には限界があります。速すぎて、脳どころか視界にすら入らない。ですが、そこに確かに二つの存在が自分の武器をその手に持って、戦っています」
「ではなぜ見えないのに、あなたはそう思ったんですか?」
工藤が俺に尋ねてくる。
「え、それは・・・音と火花が見えたから・・・」
「そうですね。今目の前には、刃がぶつかり合う音、そして火花と、状況、そして戦いで起きるその一つ一つの現象を前にすれば、そこで戦闘が起きているというのは誰にだってわかりますね」
「なにも見えないのに、そこで戦ってることがわかる。つまり、目では反応、感知できなくても、我々は頭でその状況を組み合わせて構築し、目の前で起きている出来事を感知できているわけですよ」
そう言って工藤はまた二人に視線を戻す。
「さあ二人が奏でる音を純粋に、なにも考えずに聞いて、そして見てみてください。そうすればきっと見えてくるはずです。二人の、「孤独」の中での戦いが」
俺は工藤の言葉に素直に応じ、ゆっくりと目をつむり、その場の景色を遮る。
そして感覚を研ぎ澄ます。二人の奏でる、剣のぶつかる音、剣技が風を切る音、そしてその音の先にあるものを俺は完全に無の状態となって耳をすます。
「あなたにはそれができるはずです。なぜならあなたはもう気付いているからです。あの二人の奏でている音が、「悲しい」音であることに」
(悲しい音・・・)
意識の中で、工藤の言葉がエコーがかかったように響く。
(・・・・・・)
俺の中で音と音がつながる。そして少しずつ、今度は風を感じ、そして次には
二人の剣が描く軌道と剣筋が、俺の意識の中で白い弧を描くように映し出される。
そして次には、伊集院さんの銀色に輝く髪の一本一本が、動くたびに乱れ、舞っていく様が俺の中で浮き上がってくる。
「・・・んん」
俺はゆっくりと目を開けた。その先にみえてくる恐怖に脅えながら、すこしずつ視界が開けてくる。
「・・・はっ!?」
その時俺は、さっきまでいた世界と、今の世界が全く違うものなんじゃないかと思った。
そこになかったはずの、「孤独」のぶつかり合いが眼に鮮明に映し出されたから。
「見えた・・・」
俺は無意識にそう呟いた。そこに彼女たちが、居た。
「あれあれ~?伊集院さんの力ってこんなものなの~?なんかがっかりだなあ~」
無数に乱れ飛んでくる剣、そしてそれを受けとめる。そんな攻撃しては守り、守っては攻撃する応酬が幾度も続いていた。もちろん目にも見えぬ速さで。
それは理屈でわかっているからできることじゃない。全ては感覚。研ぎ澄まされた自分の感覚を最大限に利用して、相手の剣筋の一つ一つの軌道を見極め、相手の次の行動を読み、そしてそれに応じる。
そんな、相手の心の何手もの先を読み合う、そんな戦いが続いていた。
「今はあなたの剣筋に合わせてるだけ。そして今からが私の攻撃」
そう言った瞬間
ヒュルルル!
伊集院さんの剣の動きが突然今までの数倍もの速さに変化して師道を襲う。
「今頃本気を出すなんて。そんなもったいぶってる余裕があるなんて、ますます楽しくなってきちゃった!」
そして師道もその速さに瞬時に適応して動きが加速する。
ブワァアア!!
それに合わせて、より一層強い剣の一太刀から生まれる風が強くなり、俺達を襲う。
「うわっ!?」 「キャアッ!」 「うおっ!?」
いきなりの強風に俺達はよろける。頑張って踏ん張ってないとすぐにでも吹き飛ばされるぐらいに強い風だ。
「くっ・・・てあれは!?」
強風の中、俺がかろうじて目を開けるとそこには、幾重にも重なった風の筋が二人の戦いを取り囲むように乱れ飛ぶ、風のカーテンが形成されていた。
「くそっ!これじゃあなにもできない!!」
ようやくその眼で目の前の戦いを見る事ができるようになっても、これではその風のカーテンによって視界がふさがれ、二人の姿がみえなくなる。
どれだけその戦いを感じることができても、それでもまだ、壮絶な二人の戦いには、足を踏み入れる事はできなかった。
「できないんじゃなくて、やらなくちゃいけないんですよ」
風が吹き荒れる中、工藤は一人、その新緑に輝く弓を構え、そして一本の矢がその手で握られていた。
「どんな戦いでも、いずれは隙間ができる。だけどそれは一瞬、あるとは言えないほどの一瞬。しかしそれを・・・」
「どれだけ難しくても、どんなに無謀でもそこを突いて新たな刃を戦いに吹き込む。それが我々の役目です」
工藤の目は、ある一点だけを目指して真っ直ぐに向けられていた。その一点を貫くかのような、鋭い眼光がその目から放たれていた。
その姿はまさしくハンター。狙った獲物は必ず仕留める。それがどれだけ困難な標的だったとしても、そして闇に消えていったとしても。
「さすが伊集院さんだね~。まさか私のスピードにここまで付いてくるなんて。正直私も少し驚いちゃった」
二人の剣が乱れ、そして舞う。一瞬でも集中が途切れれば一瞬にしてその刃がその身を切り裂くという緊張感の中、二人は戦い続けた。
自分の孤独を相手にぶつけ、そして叩きつけるように。
「この程度の力なら問題ない。だけど、それもこれで終わり・・・」
そう言うと、伊集院さんは突然前に一歩踏み込み、その光の剣の刃を思いっきり師道の剣に叩きつけた。
その反動で師道の体が一瞬だけ、後ろに下がる。
「そんな荒っぽい剣技で、この私を倒せるとでも・・・はっ!?」
その時
「Stabbing of penetrates・・・」
ピュッルルル・・・
一本の矢が、師道目掛けて一直線に飛んでいく。二人を囲んでいた風のカーテンを切り裂き、貫いて。
ピキーン
それを師道は寸でのところで剣で弾き飛ばす。
「こんな小細工で私が・・・」
師道がそう言ったその瞬間
ブワァァァ・・・
師道目掛けて空を飛ぶ、一人の存在があった。
ひざを曲げ、上半身をうまく丸めながら空中を飛び、両手にはそれぞれ、眩い光を放つ光の剣を持ち、手を交差させながら師道に向かって近づいていく。
そして
シャキーン・・・
師道の持つ剣を、両方の剣で一挙に振り切り、叩き切った。
「キャアア!!」
師道はその力で吹っ飛ばされ、そして
ピシッ!!
鏡で敷き詰められた壁に思いっきり叩きつけられる。その衝撃で鏡に大きな亀裂が走る。
「あいたたた・・・」
フォン・・・
背中をさする師道が顔を上げると、鼻にかすかにかするぐらいのところに伊集院さんの剣の刃があった。
「伊集院さん!!」
俺達は急いで伊集院さんの元へと駆け寄る。
「あ~あ、負けちゃった。まさか第三者の力を借りるとはね~」
「一人で戦うとは、一言もいってない」
伊集院さんは師道に刃を向けたまま、無表情のまま師道に言い放った。
「我々のことを忘れてもらっては困りますね」
伊集院さんの元に辿りつくと、工藤がスッと前に出て言った。
「ふ~ん、さっきの矢はあなたのだったの・・・。なかなかいいものを見せてもらったわ」
「それはどういたしまして」
工藤の言葉を聞いた瞬間、一瞬だけ師道の口元が緩んだような気がした。
「それじゃあ・・・」
そう言って師道はゆっくりと左手を上げる。
「そろそろ、余興はおしまいにしよっか!」
そして
パチン・・・
師道は一度だけ指を鳴らした。はっきりとした乾いた音が、廊下に響き渡る。
「な!?これは・・・まさか・・・!?」
その音が響き渡り、そしてその音がこの空間の彼方へと消えると
突然、工藤の顔が顔面蒼白になる。
「ようこそ!My worldへ」