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第七十話 白、そして鏡~一瞬の出来事、見えない殺戮~

「やっと、揃ったんだ・・・」




 廊下に一人ポツンと立つ一つの存在。




黒髪に、蒼い、空色の髪留めをした少女が、俺達の前に背中を向けて言った。




その姿はあまりにも孤独で、その後ろ姿は、強き力の気配のほかに、寂しささえも感じられるものだった。




「あ、あれが今回のターゲット・・・なのか?」




 天使回廊。名前の由来も、そしてこの道を行った先にあるものさえ知らない。



ただの廊下・・・とは決して言えないこの一筋の道。




天井と地面は真っ白に統一され、遠くに見えるかすかな光との距離が、近いのか遠いのか全く判断をつけさせない。特に模様が書いてあるわけでもなく、本当に真っ白。真っ白すぎて目が痛いくらいだ。




そして左右の壁、いや壁というよりもこれは・・・




自分の姿が映しだし、もう一つの世界を作り出しているような鏡。




その鏡が、左右から俺達の姿を映し、反射し、そしてずっと先まで続いている。




ただの道なのに、この道は明るく、なにも無さすぎて俺達に恐怖を与える。防音装置でもついているのか、それともこの空間は全ての音を吸収しているのか。



俺達が音を発さないかぎり、この場に音が奏でられることはない。



まさに「無」の世界といっても過言ではない場所。それがこの「天使回廊」。学園に隠された裏の顔。



「ええ、彼女から流れる魔力の気配からして、それは間違いないようです。そもそもそうでなければ、この場所に足を踏み入れることはできないと思いますが・・・」



 

 俺達と同じ、私立御崎山学園の制服をまとった彼女は、ターゲット・・・とは言い難い姿だった。たとえ魔力が流れていたとしても、それすら感じられない俺にとってはなおさら目の前に居る存在は



一人の人間。俺の眼にはそんな姿しか映し出されない。




「ようやく、あなたに会えるわけね・・・」



キュッ



靴が床にすれる音が甲高く響く。この廊下に響く、新しい音は



フワァ・・・



目の前に居る、ターゲットが振り向く音。



背中まで行きとどくほどの長い髪、その髪は少し回るだけでふわりと舞い、そして黒真珠のように光を放ち、繊細な一本一本の髪が軽やかにひねり、うねり、そしてゆっくりとその舞を終える。



「こんにちわ、一之瀬 蓮君。」




 振り向いたその姿は、雪のように白い肌に、どこまでも深い深い黒色をした瞳に俺達を映す、とても清楚で、奇麗な顔立ちをした一人の女の子だった。





「初めまして、私は師道 涼香。あなたと同じ、私立御崎山学園の一年生よ」




 師道 涼香



黒髪をまとい、黒い眼光を持つ彼女は、朗らかな笑みを浮かべながら、女の子らしい、透き通った声でそう名乗った。



目の前にいるのはターゲット。しかし彼女は俺と同じこの学園の一年生。まだ真新しく感じる制服と、肩にスッと伸びる蒼色の線。



今年入った一年は蒼、二年は紅、三年は深緑と、その制服に刻まれたその線の色で、その人が何年であるかを瞬時に把握することができる。



そして胸元に金色に輝く御崎山学園の校章。見た目だけなら、それは紛れもない俺達と同じ学園の生徒、だった。



「な、なんで俺の名を・・・」



 不意に自分の名を言われ、俺は困惑する。なにかが体を貫通していくような、そんな変な感覚が俺を襲う。




「あの方はずっと、あなたが来るのを待ち続けていたようですよ。我々が来ても一歩も動かず、ただその先に見える光を見つめながら立っていたんです」



と、工藤は俺になにかを求めるように話す。



「は?なんで俺を待ってたんだ??」



「さあ?それは直接彼女に聞いてみてください」




目の前にいる師道という人は、確かに清楚で、近寄りがたいぐらいに奇麗な人だが、無論俺は会ったこともないし見たこともない。もちろん話したこともない。




そもそも師道 涼香なんて名前すら聞いたことがない。確かに、一学年でも相当な数の生徒はいるが、それでも、こんなに奇麗な人なら、それとなくその存在が男子達の噂などで広まるはずだ。




しかしそんな情報は全く聞いたことがない。これだけ奇麗な人ならあったら絶対記憶に残るだろうし、まあこっちが気付かなかっただけであっちは俺をみたことがあるのかもしれないが、とにかく俺は、ここにいる師道 涼香を知らない。



大体、本当にこの人が学園に存在していたのかも怪しい。




 だけど今問題なのはそっちではない。確かにそれも気にはなるが、こうしてここに、俺達の前に存在している以上、どうあってもそこに彼女はいるんだから。



問題なのは、なぜ「俺」なのかということだ。



「ああ、ちなみに彼女がどんな姿であっても、ターゲットであることには違いありませんからそのことはお忘れなく」



工藤が念を押すように俺に話す。



「そんなことわかってるよ」



そう言って俺はスッと一歩だけ前に出て、前にこちらを食い入るように見つめる師道へと、ゆっくりと視線を向けた。



思えば、なんで俺はその時工藤の「それは直接聞いてみてください」というとんでもない提案に素直に応じたのだろうか。



彼女が人間、そして学園の生徒の姿をしていたから?それともとても奇麗だったから?




「えっと・・・なんで俺を待ってたんですか??」



 俺は自然と、自分の中で生まれた疑問を素直に彼女に伝える。すると彼女は、少しだけ笑みを浮かべながら俺を見つめると、その口を開いて言った。



「そんなの、決まってるじゃない。あなたが「一之瀬 蓮」であるからに決まってるでしょ」



彼女はそう言うと、突然なにかに捉われたように次々と言葉を並べていく。



「入学早々三年の不良グループを一蹴、そして今度は次期生徒会長候補でありこの学園の創設者の娘である千堂 由佳里に対しても全く動じず、はたまた今度は中間テストで何百人といる学年で二位。これだけのことをやっていれば、誰だってあなたの存在に気付くだろうし、必然的に興味も沸くんじゃないかしら?」



「名前だけ一人歩きしている、「一之瀬 蓮」がどんな人物なのか。それを知りたいというのは一種の人間としての当然の欲求、ってやつじゃない?」




 廊下に師道の声が響く、一音一音、廊下全体にこだまとなって響き、やがてそれはこの「天使回廊」によって吸収、消し去られる。



だけど確かに、その声は俺に届いていた。そして俺の耳から頭へと、その言葉は伝わっていった。



「そ、そんな理由でこんなところに・・・」



俺がそう言いかけたその時



「Sharpness of slaughter・・・」



師道がなにかを呟いた。しかしそれを確認する前に




ピキーン・・・




俺の上空を一つの破片がくるくると、風を切りながら宙を舞った。そしてそれは



ヒュルルル・・・ルルル、グサ!!




師道の足元わずか5センチぐらいのところの地面に突き刺さる。真っ白な、なにもないこの地に、黒い一筋の亀裂がその破片から走る。



そして遅れて、その行為から発生した風が俺を襲う。




「・・・い、伊集院さん!?」



 

 俺の顔すれすれのところに、伊集院さんの右手に持たれた眩く、それでいて神聖な光を放つ、一種の剣のようなものがかざされていた。




あまりに近すぎて、その剣が微妙にわずかながら揺れていて、その剣が実体化されながらも、元からあったものではなく伊集院さんの手によって生み出されたものであることがわかる。




だけど、それが俺の持つ剣と、なんら変わらないものであることに違いはなかった。




「ふ~ん・・・やっぱりさすがねえ伊集院 有希さん。私の魔法に反応できるなんて。竜族でも数人しかいないとされるSランクの竜だけあるね~」




「・・・・・・」




 今俺は、なにも反応できなかった。




ただ一瞬、師道の口が動いたような気がした瞬間、突然事態は動いていた。




なにが起きたかなんてことはもちろん、なにかが起きたことさえわからなかった。




だけどその時、確実に俺へ向けて殺意のあるなにかが襲ったのは間違いない。




そしてそれを伊集院さんが跳ね返した。決して近くはない位置から、その剣を伸ばして。




「でもちょっとがっかり。一之瀬君なら、同じSランク、いやそれ以上のブラックドラゴンであるあなたなら反応できると思ってたのに。残~念」




そう言って師動は一人うなだれる。しかし俺は、そんな様子とは裏腹に、今目の前で、そして俺の身に起きたことを整理することだけで一杯一杯だった。



「今の一瞬で、一体なにが起きたっていうんだ・・・」



俺は呆然と、伊集院さんの持つ剣を見つめながら声に出した。嫌な汗がゆっくりと顔をつたっていく。




「まあ簡単に言えばあなたは殺されかけたんですよ。彼女が放ったたった一つの刃にね」




「・・・・・・」



違う



 そんなことはわかってるんだ。今俺がめちゃめちゃやばい状況だったてことぐらいは今のこの場の雰囲気で嫌でもわかる。




だけど俺が言いたいのは、今この一瞬の出来事をなぜ俺は反応できなかったのか、ということだ。




今起きたことは、すくなからず俺の反応の許容範囲を余裕で超えていた。無論反射的に体も動かず、瞬きすらできなかった。



だけど確かにその時、なにかが起きていた。そして伊集院さんはそれに反応した。



そして俺を守った。



「もう~、一之瀬君もっと本気出してよ~。これじゃあなんにも楽しくないじゃない。あなたは今、そこにいる伊集院さんに助けられなかったら一瞬であの世行きだったんだよ?」




「それとも、わざと伊集院さんに助けてもらったのかな??」




師道は俺の返答を待たずして勝手に話を進める。そして今度は、その黒く、長い髪を垂らして俯く。



「そっかそっか~。さっきのはあえて反応しなかったんだね。それじゃあ・・・」



そしてゆっくりと、その垂れた髪と共に顔を上げる。




「まずはその、伊集院さんから消しちゃおうかな」




 師道の上げた顔の眼は、赤く、鮮やかに光を放つ紅に染まっていた。







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