第六十九話 天使回廊~学園の裏の顔、そして一人の少女~
タッタッタッタッタ・・・
静粛の中を俺達は走る。どこに行くかもわからないまま、俺はただひたすら二人に付いていく。
俺は健達の言う魔力の気配などというものを感じ取れない。だからターゲットがどこにいて、そしてそのターゲットがどれほど強大な魔力を秘めているかなど、まあとりあえず魔力関係の情報は皆無だ。
だから今は二人に託すしかない。だけど魔力を感じ取れないというのは、いささか悪いものでもない。
まあ普通に考えれば戦闘などのおいて不便なんだけど、魔力を感じ取れない、ということはその魔力に対する恐怖感が全く俺には浮かばないということだ。
強き力は時に相手に恐怖を与える。それが強く、そして近づくたびにその恐怖は増大されていく。
こうして一緒に走っている玲や健も、顔にこそ出していないがおそらく感じているだろう。
今から向かう先にいるであろう、ターゲットへの恐怖を
その恐怖は俺にはわからない。俺はただ廊下を走っているだけだ。恐怖や不安といった感情はなにも感じない。まあこれからの戦闘に対する不安とかはあるけど、それは持続的なものではない。瞬間的なものだ。
恐怖は時が経つにつれて人の心を支配していく。姿なき恐怖は不気味である。
もし俺がその恐怖を感じていたら、こんな風に平然と走っていられなかっただろう。逆に言えば、玲や健達がこうして走っているのはそれを感じていたとしても我慢しているからか、それともその恐怖に支配されてしまっているからなのか、その真実を知る術は俺にはない。ただ一つ言えるのは
今が尋常な状態ではない、それだけだ。
<実習棟 1F>
実習棟。化学実験室や調理実習室など、いわば教室以外での授業の時に訪れるこの棟。ちょうど文化部の集まる棟の正反対に位置する。
本来、一年時は科学や物理などの授業以外でここには訪れないが、こうやってこの棟を駆け抜けて行くと、様々な名前の教室がズラーっと立ち並んでいることがわかる。一体なんの実験するんだ?という教室や、本当に使っているのかどうかも怪しい教室も多々あったが、その教室のどれもが、時が止まっている今の空間の前では沈黙の場と化している。
「なあ、一体どこまで行くんだ??」
俺は一緒に走っている二人に尋ねた。俺はまず場所や目的地などの詳細な情報がないから、今自分がどこを目指しているのかがわからない。それにこの棟は名札付きの教室が立ち並ぶ以外はなにもない廊下が続く。名札があったとしてもどれも同じような建て構えなので、自分の居る場所がどこなのかもわからなくなってくる。
そもそも俺達はちゃんと進んでいるのか?という錯覚さえ感じてくる。
「ああ、そういえば言ってなかったな。今から目指すのは本来二階に続くはずの階段を横目に突っ切って、その先にある隠し扉を介した先にある、関係者以外立ち入り禁止区域。通称「天使回廊区域」だ」
・・・はい??
今何て言いました健さん。俺の耳がおかしくなければ、今すごく非現実的な名目を言われたような気がするんですけど。
その前に隠し扉とか、関係者以外立ち入り禁止だとか、そういう危なっかしい場所のことをサラッと言うのもどうかと思うんだが・・・
そもそも、え~となんだっけ?ああそうそう「天使回廊区域」だっけか?何なんだそれは??そもそも本気で言ってんのかそれとも冗談なのか・・・
俺があれこれ考えていると、俺の頭の上に多数のクエスチョンマークでも見えたのか、玲がすかさず補足説明をしてくれる。
「あのね、この学校がいわゆる「千堂グループ」によって建てられたってことは前に話したよね。そもそもなんでこんなバカでっかい建物を、それも無償で建てたと思う??」
玲が俺に尋ねてくる。
「う~ん・・・理事長が女子高生フェチだったとか??」
「・・・なにわけわかんねえこと言ってんだよ蓮。そもそもデカさ関係ないし」
「・・・っ」
健に瞬殺でツッコミを入れられる。しかし今のは冗談として、実際この建物自体建てるのにめちゃめちゃな費用がかかっているだろう。それもここは私立校だし、まあ千堂グループとやらがどの程度の規模なのかいまいちよくわかんねえけど、それでもそれなりの理由がなければ建てないはずだ。
まさか本気で教育に取り組みたかったから?う~んそれはあまりにもなんか胡散臭すぎるような。
「本当はね、このことは最重要機密事項、いわゆるトップシークレットなんだけど、この学校は元々学校として建てられたんじゃないの。元々の理由はLaboratory、つまり研究所。ここは千堂グループの科学技術部門の研究兼実験場のために作られたものなの」
「・・・・・・」
今目の前にあるものは現実か?それともドッキリか??
今この瞬間、俺は物凄く大事な、重要なことを聞いた気がする。しかし機密事項の割にはあまりにも警戒が少なく、そしてあまりにも小さく詰め込みすぎたものだったから、素直に脳に行き届いてくれない。まさに容量オーバーだ。
そもそもなんでそんなことを一般生徒である玲達が知ってるんだ??
「じゃ、じゃあこの御崎山学園ってもしかして・・・」
俺は悪い予感がした。だけどその予感は外れるが、真相はそれよりももっとタチの悪いものだった。
「ううん。その研究所はもう随分と前にある事件が起きて閉鎖されたわ。そして千堂グループの科学技術部門の中核も、撤退命令に従ってここから撤退したんだけど・・・」
したんだけど?
「一部の研究、および実験の続行のため、密かにほんのわずかだけの機材と資料を残していったの。本来あってはならないものを変わらず隠し続けた。自らの研究のために。そしてそれを隠すために・・・」
「御崎山学園が建てられた・・・か?」
残念なことに、一番繋がってほしくない点と点が繋がっていた。
「そう。こう言っちゃなんだけど、この学園はあくまで建て前、本当の目的は今から行く先にあるものを悟られないために作られたのよ」
「・・・・・・」
あ~、聞きたくない事を聞いてしまった。
この先にある、そのなんかよくわからない物のために、この学園は作られた。こんなバカげた現実があっていいのか??
この学園に入ろうと、どれだけの一般生徒が憧れて、そして努力してきたと思ってるんだ??
カモフラージュ
頑張って、苦労して、そしてやっと辿りついた先のものが、そんな薄っぺらいものだったなんて・・・
そんな理不尽なことが、本当にこの世にあっていいのか。それともなんだ??それが「大人の都合」ってやつなのか??
学校という、表から見れば堅実で、人のために役に立つようなものを釣りにして、自らの勝手な行動と、理屈のために大人数の少年少女を利用したってことか?
バカバカしい。こんなバカげたことがあってたまるか!!どんな理由があったとしても許されないだろそんなの。
だけど
みんな気付かないんだろうなあ。裏にそんな現実があっただなんて、誰も気付かず、そして時を過ごして社会の渦の中へと消えてゆくんだろうなあ。
たとえ気付いたところで、一体どうするって言うんだ??
自らの選択を悔いるのか?それともこの哀れな現実に打ちひしがれるのか??
それともこの現実に真っ向から立ち向かうか?相手が誰かもわからずに。
知らない方が幸せ、とはよく言ったものだ。だけど、だからといってなんでもやっていいわけがない。たとえそれが、どんなに価値のあるものであっても、その代償にほかの誰かを利用していいはずがない。
そんな当たり前のことを、平気で破れる人間というのは・・・本当に愚かな生き物だな。
「そういえばなんで天使・・・」
俺がそう言いかけたところで
「着いたぞ。この扉・・・ってもう開いてるし」
辿りついたのは階段を通り過ぎた先にある行き止まり。近くには掃除道具の入ったロッカーや、ゴミ箱、モップなどが置いてある。
まあ様子からして、あまり使われていないようだけど・・・
「ここが、その入り口なのか??」
俺は首をかしげる。確かに目の前にあるのは普通の、ほかのものとなんら変わらない白い壁だ。特にヒビが入っているのでもなく、どこからどうみても普通の壁。押しても叩いてもびくともしない。
「ってことは、もう工藤君達が先に行ってるってわけね」
玲がそれを見て声を上げる。
「ああ。もうパスは解除されてるようだし、後は・・・」
そう言って健は壁伝いに左方向へと手を滑らしていく。ツーッという、壁と指がすれる音がかすかに聞こえる。
「あった、これだ」
健は七歩ぐらい歩いた先の壁を触って立ち止まる。
「あった・・・ってなにもないじゃん」
健の指が触れている場所はほかの場所となんら変わらない。特に穴があいていたり、模様があったりするわけでもない。ただの「壁」。
「まあ見てろって」
健はそう言って、その人差し指で指した点を、人差し指はくっつけたまま、中指を右に45度、左に180度、そしてまた右に、今度は一度45度いった後にまた元の位置に指を戻す。
「ふう、こんなもんかな」
そして健は壁からそっと指を離すと、ゆっくりと一歩二歩と壁から遠ざかる。
・・・・・・
なにも起きない。
目の前の壁はうんともすんとも言わず、ただ目の前に呆然と俺達の前に立ちふさがっている。
「あれ~おかしいな・・・」
そう言って健が頭を掻く。
「健、またあなた最後の「シメ」をやってないでしょ」
それを見た玲が健に声をかける。
「あっ、忘れてた」
健はその言葉を聞いて急いでまた先程の地点へと向かう。
「もう~そろそろ手順ぐらい覚えなさいよ」
玲はそれを見てため息をつく。
俺がその光景に見とれていると
「よし、これでOK」
健がまた壁から離れて戻ってくる。なにかをしたようだったが、玲の方を見ていたためそれがなんであったかは確認できなかった。
・・・・・・
それでも壁はなにも変わらない。
「ちょっと~、本当にちゃんとやったの??」
「やったってやったって。今度は絶対大丈夫だから」
健が玲に慌てながらそう言った瞬間
ピシッ
「・・・!?」
突然壁の真ん中に一筋の亀裂が走る。
そして
シュー・・・
空気がもれるような音と共に、ゆっくりと左右に壁が動いていく。
「はあ~・・・よかった~。本気で間違えたんかと思ったわ」
健はほっとした表情で、その開いていく壁を見つめる。
「全く、扉開けるのにどれだけ時間かかってるのよ」
「いや~俺もこんなはずじゃ・・・。まあいいじゃん、こうして開いたんだし」
「ぶ~・・・」
玲は頬をふくらまして怒ったような表情をしている。健はそれを見てなんとかなだめようと必死だ。
しかしまあ・・・
なんなんだこれは??
その壁の先にはまた別の扉が幾重にも重なっており、その一つ一つが順序良く自動でひらいていく。
この普通な壁の後ろが、まさかこんな構造をしていたとはなあ・・・
これは夢なんだろうか。いや夢であってくれ・・・
俺は自分の頬をつねってみるが、当たり前のようにそこから痛みが走る。
ふむ、現実か。それは残念だ。
そして目の前の壁は、後一枚ぐらいにまで扉が開いた。そしてその最後の一枚も、ゆっくりと開いていき、次第にその向こうにある光景が光とともに見えてくる。
プシュー・・・
そして扉が完全に開いた。
「やあ、みなさん。思ったよりも遅かったですね」
ドアの先に真っ先に現れたのは不幸にも、というかいつものように工藤の姿だった。
「ごめんね。健が開けるのに戸惑っちゃって・・・」
「て、俺のせいかよ?」
「あんたのせい以外になにがあるっていうのよ」
「・・・・・・」
玲の一喝に健は完全に鎮圧された。さすがといえばさすがだ。
しかし今気にすべきことはそんなことじゃない。
「で、ターゲットはどこにいるんだ??」
健が工藤に尋ねる。すると工藤はいつもの笑顔のままで言った。
「ターゲットなら、そこに居ますよ」
そう言って工藤はスッと横にずれる。
「え・・・」
俺の眼に飛び込んできたのは、俺達に背中を向けたまま立っている、私立御崎山学園の制服を着た一人の少女だった。