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第六十八話 約束という名の覚悟~行こう、俺達の戦場へ~

「はあ・・・」



 な~んにも意欲がわかない。



授業の時も、一見ちゃんと受けているように見えるがそれはまやかし。一応ノートと教科書は開いているが、先生の熱い言葉は何一つ頭、それにも届かず耳にさえ届かない。



先生の喋る言葉は前から後ろへスーッと俺の横や上を通り過ぎてゆく。



俺はいわば魂の抜けた抜け殻みたいになっていた。




キーンコーンカーンコーン



あ、チャイムだ。



室長の号令と共にみんな立ち上がる。俺もそれに合わせて無意識に立ち上がる。俺は結構先生からみて結構目立つ位置にいるから、こうしてちゃんと立っておかないと色々と面倒なことになる。こんな状態で説教なんて食らってたら、それこそ俺は意気消沈して溶けちまいそうだ。



「ふう・・・」



特になにかしなければいけないことは何もない。ただひたすら休み時間の間ボーッとしている。今までの時間、俺はずっとこの行動を繰り返している。授業を聞いているフリをしては休み時間にボーッとする。そんないわば駄目人間みたいなことを俺は自ら進んでやっている。



だってさあ



 いまから物凄く強くて、勝てるかもわからない相手との戦いがいつ始まるのかわからないんだぜ?そんな大変な事態を前にして、いつもどうりの行動をしろってのが無理だよなあ。



俺は戦闘の前に漂う、不安と恐怖の威圧に酔いしれっていた。




キーンコーンカーンコーン



またチャイムだ。



え~と、確か次は現代文だったな。やれやれ、また俺は一人自分の世界へといざなわられなきゃいけないのか。



机から教科書を出そうとする、自分の右手が重たく、脱力感にあふれていた。





「ふああ・・・疲れた・・・」




 やっと昼飯タイムに突入だ。午前の授業がこんなに長く感じたことはない。もしや時空のゆらぎでも起きてんじゃないのかと、疑ってしまうほどだった。



外に目を向ければ、空は真っ暗で、雨も朝に比べさらに増して強くなって窓に打ちつけている。



はあ・・・だりい・・・



今日はだらけるには最適な空間だ。しかしターゲットもなにもこんな日を選ばなくてもなあ。それとも、これも作戦のうちなのか?そうだったらなおさら趣味悪いぜ・・・




「どうしたんだい?今日はいやに静かだねえ」



 机にうつ伏せになってだらけていると、突然後ろから声をかけられる。



「んあ~?ってなんだ。Mr.GBか・・・」



俺が視線を向けた先に立っていたのは、ひょろっとした体格に相変わらず趣味の悪い度の強そうなメガネをかけた及川の姿があった。右手には律儀にさっきやった現代文の教科書を抱えている。



「その呼び方はやめてほしんだけどなあ・・・。まあそれはいいとして今日はどうしたんだい。後ろの二人もさっきからぐったりしてるし・・・」



そう言って及川は後ろの席に視線を向ける。



見ると、後ろの席にいる玲と健は机にうつ伏せになって、その・・・寝ていた。




 これにはわけがあって、今日戦うターゲットは最高のコンディションでも勝てるかわからない、そんな状況でコンディションが少しでも悪ければ悪いほど著しく戦闘においての勝利の可能性は低くなっていく。なので戦闘で魔力を使う者は極力動かず、ましてや魔力なんて使わず、できるかぎり体力の温存に尽くしてくださいと、工藤に言われたのだ。



まあ最後に、一応一之瀬さんもよろしくお願いしますと、なんか微妙に嫌味が入った感じで俺も言われたけどな。



まあなんにせよ、今の状態は仕方ない事だ。でもまあ、あからさまな行動は逆に怪しまれると思うけどなあ・・・




玲はそうでもないけど、いつも授業中によく喋る健が今日は静かだ、っていうのはそこそこに珍事らしく、一部の人間にはなにがあったんだ?という風に疑いの目を向けられている。



今だってせっかくの昼休みだというのに、玲はスースーと、健はスピー、ガーと寝息を立てながらこう、まあ平和に寝ている。




 まあそんな理由があるだなんて及川を含め一般生徒には知る由もないだろうが、ここは一応フォローしておくべきか。



「いや~さ、昨日ちょっと遅くまで遊んでたらはしゃぎすぎちゃって。だから今日はみんなグロッキーなんだよ。俺も眠くて眠くて・・・」



そんな風に、あくびをしながら及川に言うと



「お、遅くまで?それは、その、どのくらいの遅くまで??」



いやに及川が変な所に食いついてくる。




あれ?俺変なこと言ったっけ?




「いや遅くって言ってもそんなに遅くじゃ・・・」




俺が頭を掻きながら工藤にそう言った時




ガバッ!!




 突然後ろの二人がなにかに取りつかれたように起き上がる。



「来る・・・」



健がなにかを悟ったようにそう呟いた。



「来るってなにが来るん・・・」



俺がそう言いかけた瞬間



・・・バシュッ!



 カメラのフラッシュのように、一瞬にして世界の時が止まった。



いや、正確に言えば止められたのだ。



「結界・・・」



この湧き立つような気配、そして時が止まった空間。それはまさしく、工藤達の張った結界そのものだった。



結界が張られたということは・・・



「ターゲットが現れた・・・ってことか」



そう言って俺は玲と健を見ると



「・・・どうした?二人とも」



突然起き上がった二人は、そのままの体勢でなにかを見つめるように、天を仰いでいた。



「い、今のは一体・・・」



健と玲は、顔面蒼白といった感じでキョロキョロと辺りを見渡していた。




やっぱり、さっきのあの時、俺には感じ取れないなにかがあったのだろうか。




 そして俺が不思議そうに、半ば一人状況がわからず立ちつくしていると、それに気付いた玲が慌てたように声を上げる。



「と、とにかく行きましょ。こんなところでボーっとしている暇はないわ」



そう言って玲は慌てて立ち上がる。しかしその反動で、机に置かれていた筆箱が音を立てて落ちた。



そしてそれを玲は慌てて拾い始める。しかし急ぎすぎてスムーズに筆箱の中に散らばったペンや消しゴムなどを入れることができない。



「大丈夫か?玲」



「だ、大丈夫大丈夫。私のことはいいから蓮君と健は先に行ってて・・・」



「いやだからその・・・行くってどこに??」




 そう俺が言った瞬間




この場の時が止まった、と、いっても本当に時は止まっているか。まあとにかく、今ここにいる三人の間に流れていた会話が、一瞬にして止まった。そして健と玲は驚いたように顔を見合わせる。そして不思議そうに俺の顔を覗き込む。



「な、なに・・・?」



俺はおもわずたじろいてしまう。



「そっか。あんなに強い気配だったのに蓮君は感じ取れていないのか・・・」



「まあ確かに、蓮はそういうのには反応しないけど、さ・・・」




・・・・・・



「・・・プッ」



「ククッ、アハハハ」



「・・・?」



 突然二人が笑いだした。俺は全く意味がわからず、ただその様子を眺めているだけだった。



「な、なんなんだ?」



俺はたまらず尋ねた。



「あ、いやごめんね。笑っちゃ失礼だよね。でも・・・」



「でも?」



俺がそう聞き返すと、健は俺の肩に手をポンと置いた。



「いやな。さっき突然すげえデカイ魔力の反応というか気配があってな。おもわずビビっちまったけど、今の蓮の反応で少し冷静さを取り戻せたかなってことだ」



俺は辺りを見回す。確かに、先程に比べれば少し雰囲気も和らいだような気もする。



ピンと張りつめた緊張と不安、幸いにもそれは俺の発言で少なからず緩んだようだ。



まあなんか少し傷ついたような気もしないわけでもないが。




「さて、じゃあ行きますか。ターゲットの元へ」



健の言葉を合図に、みんなそれぞれ武器を精製する。



「リファイメント!!」



健は銀色に光る二丁銃、玲は動かすたびにシャリンシャリンと不気味な音を奏でるくさり鎌。



そして俺は毎度おなじみ、これが放つ不気味な気配にも慣れてきた、漆黒の剣。



「さあ行くか!」



健が意気込んで一歩を踏み出そうとした時



「待って!」



 突然玲が引き止める。



「なんだよ、せっかく気合いが入って・・・?」



健はその時気付いた。今、ただならぬ雰囲気が玲の周りに漂っていることに。




そしてそれを前にして、健は思わず最後まで言う前にその言葉を引っ込めてしまう。



「どうしたんだ玲?」



俺が俯く玲を覗き込むようにそう言うと、玲はスッと顔を上げて言った。



「約束しよう。絶対に死なないって。そしてまた、生きてここに戻ってくることを」



「必ず、必ず生きて帰ってこよう。なにが起きても、なにがあっても・・・」




 玲の言葉は強く、そして切ないほどに気持ちが込められていた。



そしてそれを聞いた俺と健は、互いに顔を見合わせて一度だけ頷く。



「な~に言ってんだよ。そんなの当たり前じゃないか」



「そうだな。こんなところで死んじまったら「夏」という一年で色んな意味で一番熱い季節を感じる前に消えちゃうんだもんな。それだけは勘弁だ」




俺達の言葉を聞いて、玲がピクリと反応する。



「そうか。蓮は夏を体験したことがないのか。いいぞ~夏は。俺は一年で一番好きだね」



「まあ健は完全に夏男、って感じだからな。色んな意味で」



「なんだ?その「色んな」意味って・・・」



健と俺の二人で、そんな感じにとりとめもない話をしていると




「海・・・」




「ん?」



突然玲がなにかを呟く。そして今度ははっきりと、その言葉を口にする。




「一緒に海、行くって約束したもんね」




その言葉を発した時、玲にいつもの笑顔が戻っていた。



「ああ。そのためにも、こんなところで負けてられないな」



「そうだなあ。海と言ったらやっぱり水着。これを拝まないうちに死ぬのはまっぴらごめんだぜ」




「ウフフ、ウフフフ・・・」




玲の笑顔がこぼれる。その眩しく、そして優しい笑顔を、一生見れなくなるのは残念すぎる。




その笑顔を、失わせるわけにはいかない。




それが俺達男の役目であり、宿命だ。




「・・・・・・」



 俺と健は再び頷いた。そして玲に向けて手を伸ばした。




「さあ、行こう玲。俺達と共に、そして俺達の戦場へ!」




「うん!」




そして今度の「行こう」には、玲は力強く手を伸ばし、そしてしっかりと俺達の手を掴んだ。




 約束というのは時にはかない。そして切ない。




だけどそれは、確実に心へと、刻み込まれるもの。




「さあて今度のはどんだけ強い奴なのかな~」



「な~に期待してんだよ。相手が強いことを考えるんじゃなくて相手が弱いことを考えろよ。行ってみたら前みたいに実はそんなに強くなかった~って展開の方がいいに決まってんだから」



「そうよ。とにかく私達は勝たなくちゃいけないんだから、弱ければ弱いほど良いに決まってるわ」



「へ~い・・・」




約束は果たしてこそ意味がある。




だけどすることにも意味がある。




この世界に、無意味な約束など存在しないのだから・・・






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