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第六十七話 Rain of start~早朝の部室、黒い空と雲~

<6月13日>



「ふう~・・・」



 

 通学路。一歩一歩確かめるように踏み出して歩く道。アスファルトの模様の一つ一つが現れては過ぎ去り、そしてまた現れては消える。



朝でもそこそこな数の車が行き交う道路。その道路に沿って生える、鮮やかな緑を保つ木々や黄や赤などの色とりどりの花を咲かせた草花。そして学校の校門近くまでずっと続いていく微妙な傾斜の坂。それに沿って続く石垣。



入学してから毎日欠かさず通ってきた道。そこに広がる景色も、空気も、音も、全てが見慣れ、聞き慣れた道。



いつもと同じ。いつもと一緒の光景。その中を俺は、一人ゆっくりと歩いていく。




「あれ?」



 いつものように、特になにも考えずにただ歩くという動作を繰り返していると、長くゆったりとしたなだらかな坂を上った先に、いつもなら居ないはずの人影が一つ、いや二つあった。



「よっ、蓮」



「おはよう蓮君」



上った先に広がる光景には、鞄を片手に手を上げて俺に叫ぶ健と、鞄を持つ手を後ろに回して弾けんばかりの、とは言い難いが笑顔を見せながら俺にしゃべりかける玲の姿があった。



本来なら登校する時間的に会うはずはないのだが(そもそもこの二人が何時に学校に来てるのか自体が謎なんだけど)、坂を上った先にある、曲がり角のところに、俺が来るのをずっと待っていたかのような様子で二人は立っていた。



「どうしたんだ?二人とも。珍しいな」



いつもなら俺が教室に行ったころにはもう既にその二人の姿はあるのだが、ちなみに今日も特別早く来たわけでもない。だけどそこに二人はいるということは、なんらかの用があると推測するのが普通だ。



「いや~、な・・・」



「・・・?」



健は俺の言葉を聞くと、頬をポリポリと掻いて玲に視線を向ける。あれは健の戸惑った時や言いにくいことがあるときに使う仕草だ。まあそう言う時、みんな使うものでもあるんだけど、健は特にその仕草に感情が表れる。



「緊急招集よ。みんなDSK研究部に集まれだって」




「緊急招集・・・」



その言葉が今現在の状況を表すのはただ一つ。



「さあ、私たちも行きましょう。もうきっと工藤君達も待っているだろうから」



玲が俺に向けた笑顔、それがいつもの笑顔のように輝いていなかったのはそういうことだったのか。



「ま、そういうこった。てなわけで行こうぜ蓮。俺達の部室に」




「あ、ああ・・・」



そして俺は二人についていくように学校目指して走り出した。




 いつものように気さくに話しかけてきた二人。だけどその声の裏に不安と恐怖が入り混じっているような気がしてたまらなかった。



今日の空はどんよりと重苦しいくもり。天気予報によれば今日は久しぶりの雨、梅雨という本来の姿に戻ったわけだ。



だけどなあ天気さん。



こんなときにそんな気持ちまで暗くなりそうな天気にしないでくれよ。ただでさえ、おそらく多分今からあまりおもわしくない事態へと発展するんだろうから。こんな時こそ、今までのようなとんちんかんな天気にしてくれよ。



でないと、俺達は運命の闇へと消えてしまうかもしれないんだから。




 見上げた空は、見た者の心の沈みをさらに助長させるような、そんな真っ暗なものだった。そんな空の下で、テンションを上げろってのが無理な話なんだ。自然と事態はどんどんと悪い方向へと進んでいく。いわゆる負のスパイラルだ。



だけどその考えは間違っていた。



テンションを上げる、なんとか気分を高揚させる。そんなことは全く必要なかったんだ。



その空が、どんなに真っ黒で、重苦しくて、どんよりとしていても、あの蒼い、澄み切った色で俺達を出迎えてくれるあの空と、同じソラであることには違いなかったんだ。



違い、なかったんだ・・・




<DSK研究部部室>



ガチャッ



「うぃーす」



「ごめん遅くなった」



 急いで校舎に入り、一目散に部室を目指して辿りついたこの場所。途中、本来朝には出入りが無いといっていいほどの文化部の集まるこの棟目指して走っている俺達は、少し変な眼で見られたかもしれないが、そんなことはどうでもいい。



「いえいえ。突然呼び出したのはこちらですから。まあとりあえず座ってください」



ドアの先に真っ先に出迎えてくれる工藤の姿。その一言と共に、工藤の姿には目もくれず、ただ自分の席目指して歩いた。



ドサッ



荷物を置いて乱暴に席に座る。工藤の後ろにある、大きな窓を見つめると、先ほどよりもさらに辺りは暗くなっているような気がした。いつ雨が降り出してきてもおかしくない。むしろよく留まっているものだ。



「それで、なんでまた急に招集したんだ?工藤」




健は座ると真っ先に工藤に話を切り出した。



「ええ、まあ言わなくても大体は想像はできているとは思いますが・・・」




「ターゲット・・・か」




 あの屋上での約束からもう3日も立っている。その間、いつなにが起きてもおかしくない状況が続いていた。そのせいで目の前にあるものに全く集中できなかった。授業もまたしかり・・・



それに反して、事態は何も動かなかった。ターゲットがそんな俺達を見て楽しんでいるんじゃないのかと思ってしまうほどだった。もしそうなら、相当趣味悪いな・・・




そんななにが起きてもおかしくない日々の中で、何も起きなかった日々に比べたら今日という日はあまりにも浮き立つものだった。朝、登校途中の道で玲や健達が待ち構えていたり、そして緊急招集であったり、そこから導き出される答えを、間違おうとしても間違えられない。



間違いであったら嬉しい・・・と、思わなくもないけどな。



いつもならそう思うんだが、こんな緊張に包まれた日々を、長く続けるのは体にも精神的にも辛い。不覚にも、俺は事態が動くことを待ち望んでいたのかもしれない。



「そうですね。では、少し説明しましょうか」



そう言って工藤はスッとその場で立ち上がる。



「今朝方、情報部から通達がありました。一瞬だけですがこの学校敷地内で、未確認の魔力を観測したとのことです」



「一瞬・・・?」



 玲が工藤に尋ねる。



「ええ、本当に一瞬です。観測できるかどうかギリギリでしたが、確かに反応があったようです。ですが、本当に一瞬だったので、場所、時刻、そして目的など、詳細なデータはいまだ不明とのことです」




この敷地内で魔力を使えるのは俺達だけ。ゆえにそれ以外での魔力の観測はターゲットの存在、もしくはそのターゲットが放った魔法を示す。



しかも今回のターゲットは空間超越なんていう魔法を使う化け物だ。なにをしでかすかわかったもんじゃない。



「時刻はともかく、場所もわからないなんてな・・・。魔力を観測した場所をさかのぼることってできないのか??」



俺は工藤に尋ねた。



「はあ、それなんですが、どうやら相手はいたるところで微弱な魔力を分散、一種のジャミングのようなものをかけているようで。時刻はともかく、場所の特定をするのは難しいとのことです」



「ふ~ん・・・」



 ジャミングねえ。今までのターゲットはそんなこと一切してこなかったしなあ。今回のターゲットがえらく手慣れているかがわかる。それだけで、今回のターゲットが今までのターゲットとは別格、というのが嫌でもわかってくる。



「ですが、問題はそこではなく、一番注意すべき点はその「目的」が、今だつかめないことです」



そう言って工藤は一度自分の席を離れると、後ろにある窓から外をみつめる。



「正直、今回は少し不気味な感じがありますね。なんというか、嵐のまえの静けさといいますかね」



工藤はその外の世界を見つめながらそう言った。外の景色は暗く、じめっとしていた。それでもまだ、空は雨を降らすのを我慢していた。そこになにか意味があるわけでもないのに、なぜか意地を張っていた。



「珍しいな。工藤がそんな感傷に浸るなんて」




「おやおや、私だって一人の普通の人間なんですから」



お前が普通だったら俺らは一体なんになるんだ?



「そう言う一之瀬さんこそ、いやに落ち着いていますね」



「え、ああ、えっと・・・」



俺は急に工藤に言われ意表を突かれてしまう。



だけど残念ながらそれは間違っていた。俺は今落ち着いているんじゃない、まだ見ぬ脅威を前にして、その姿が見えないこと、そしてどんな相手かわからないことで、恐怖と不安は増幅され、もうなにがなんだかわからない状態となっていた。



相手がなにをやってくるのかわからない。それがこんなに怖いものなのかと、俺は改めて実感した。それに・・・



俺は辺りを見渡す。



・・・・・・



(やっぱり・・・変、だよな・・・)



みんな、雰囲気がいつもとは違う。それはただ天気が悪く、そして朝だからではない。玲のぎこちない笑顔、そして工藤の感傷的な行動。そのどれもが、目の前の脅威に対するものであると思うと、気が気でなかった。そう思うと、どんどん目の前の光景がおかしく感じてくる。



「それで?なにか作戦はあるのか??」



その中でも、健はいつもの調子だった。それはこの場の空気から考えれば変、と言ったらそれまでだけど、そんな健の姿は、少し羨ましいものでもあった。



どんな時でも動揺しない。それはとても大切なことであり、誰にでもできる事ではなかった。




「作戦、ですか・・・」



そう言って工藤は窓の外に向けていた視線を戻し、冷たく、冷酷な視線をこちらに向けて言った。



「作戦はありません。残念ながら、小細工が通じる相手ではありませんしね」



「・・・?」



 その時、俺は工藤にある違和感を感じた。



「工藤、今日のお前、なんかおかしくないか??」



「・・・!?」



俺の一言を聞いて、工藤は一瞬眉を歪ませた。




「いいえ、なにも・・・」




そして一言だけ、重苦しい口調でそう言った。



「・・・・・・」



おかしい。



なにかおかしい気がする。それがなんなのか説明しろと言われたら難しいが、今日の工藤はいつもと違うような気がする。



それはさっきの感傷的な工藤を見たからか、それとも今の冷酷な視線を見たからか、それはわからなかった。




だけど一つ言えるのは、多分だけど、こいつはまた、俺達とは違うフィールド、世界に居る気がする。




目の前に潜むターゲットとは別に、なにかほかのそれとは違うなにかと直面している。




それはもちろん俺達が知る由もない事だろうし、工藤から言うこともないのだろう。



たとえそれが、俺達に深く関わる事であっても・・・




キーンコーンカーンコーン



 その時、この部室内の空気に新たな風を吹き込むかのようにチャイムが鳴った。その音を聞いて自然とみんなの顔があがる。



「おっと、もうこんな時間ですか。それでは教室に戻りましょう」



そう言って工藤は荷物を持つ。



「おそらく、ターゲットは今日動くでしょう。くれぐれも注意と警戒を怠らないように。そして気を引き締めるように」



工藤は一言だけそう言うと、俺の後ろを通ってドアに向かい、そのままこの場を後にした。



(なんなんだ?あいつ・・・)



「よし、それじゃあ俺達も行くか」



そう言ってみんな一斉に立ち上がる。




「そうね、授業も始まるし。有希も行こう」




「・・・・・・」




玲がそう言う前に、伊集院さんは荷物を整理し、無言で独りでに出口目指して歩いていった。






<渡り廊下>




「は~あ~・・・。結局なんのために集まったんだろうなあ~」




 健の言うとおり、今回朝に集まっても、結局話されたことは今日、おそらくターゲットが動くだろうということだけ。作戦を考えたり、各自に役目を与えたりと、そういう戦闘に向けての細かな打ち合わせは皆無だった。



「実際、俺達って今回のターゲットに勝てるのか・・・?」



健は無意識にか、それともあえてなのかわからないけど、ぼそっと、そう呟いた。



「な~に言ってんのよ。勝てるのか、じゃなくて勝たなくちゃいけないんでしょ。戦う前からそんな弱気になってどうすんのよ」



「・・・・・・」




勝たなくちゃいけない、か・・・




もしかすると、その呟きは健なりの不安の心を表していたのかもしれない。だけど、健の言うとおりだ。



今までターゲットと戦って、そして勝ってきたけど、それが当たり前のことではないということを、知っておかなければならない。そして後・・・



「あら、雨が降ってる・・・」



玲の声と共に自然と視線が窓へといく。外では雨がしとしとと、静かに音を立てながら地を目指して降っている。



「まあ、今日は雨だって言ってたしな。大雨洪水警報まで出てたし、これからもっと降ってくるだろ」




(雨か・・・)




 また、今日という日がこれから始まる。雨が降り注ぐこの学校、この世界で、また俺達は、なにかと戦わなければならない。



その戦いがどんなもので、なんの意味があるのかを知らないまま、俺達はただ戦いの場へと足を運ぶ。



俺達は戦う。それがどんな相手でも、どんなに強くて敵わない相手でも、俺達は戦う。




それは誰かのために?それとも自分のために?




その時俺は気付いていないだろう、いやもし気付いていたとしても結果は変わらなかっただろう。




いくら最強の力を持っていたとしても、それでもそれは一人の少年。戦いの先にあるものを知るには、まだ早すぎたのかもしれない・・・





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