第六十三話 例の件を~それが思えば入り口だった~
<6月7日 同じ頃、竜族本部>
「失礼します」
金色のドアノブに、黒色のドアの上に黄金の龍が二匹描かれた、重く、そして大きなドアを開ける。何度もここに足を踏み入れているが、それでもこのドアからも感じとることができる圧倒的な存在感には慣れない。
ギイイ・・・
ドアを動かすたびにドアが擦り切れる音が響く。その音は、ドアを開けようとする者に一層強い緊張を走らせる。
少しずつ広がっていく光景。できるなら、あまり来たくはない空間ではあるが、それを拒むほど、自分には権限がない。開けることが必然、こうして自分が訪れることを、きっとあの方はずっと前から知っていたことだろう。
竜王の間。そこに足を踏み入れるということ、それはすなわち竜王と会うということ。
ドアを開けた正面にギロリと覗く鋭い目。入った瞬間から強烈なプレッシャーが襲ってくる。
その光景の威圧に耐えることができなければ、話すどころかその領域に入ることさえも許さない。それがこの竜王の間。竜族をまとめ、その頂点に君臨するシリウスがいる場所。
「よう、工藤。久しぶりだな」
「はい。二か月ぶりぐらいでしょうか」
気さくに話しかけてくるシリウス。しかしそれに惑わされてはいけない。彼が竜王であり続ける所以、それはこの会話に隠されているといっても不思議ではない。
シリウスはその時の反応で全てを見極める。自分の心に純粋に、素直にならなければ対等に話すことなどできない。いや、それでも対等なんて言葉はもったいないぐらいか。
「で、今日は何の用だ??」
ここよりも少し高い位置にある、赤いシートがひかれている、金色のイスに座りながらシリウスはこちらを見下ろす。イスに刻み込まれている竜の赤い目が、こちらを不気味に睨みつけているような感覚を覚える。
「言わなくてもわかっているとは思いますが?」
先程にも記したが、竜王様は大抵この空間に足を踏み入れる者の用件、理由などは既にわかっているはずだ。
「ふう~・・・わかっちゃいないな工藤。こういう会話の積み重ねが重要なんだよ。そこから生まれる感情、そして気持ちを感じ取ることで繋がりというのは・・・」
「わかりました。ではご説明いたします」
こういう場合、シリウスは律儀にもっともらしい言葉を並べてくる。そうなると話が半端ないぐらいに変な方向に膨れ上がる。最終的に辿りつくのは宇宙の真理と誕生、その成り立ちについて。たしかにほかの人からみればそれは貴重な話なのだが、ここに来るたびそんな感じなので、その話はもう嫌というほど聞かされた。だから申し訳ないが時間を割いてまで聞く必要はない。
「ふんっ・・・せっかく人が親切に人間の道徳について語ろうとしたというのに。まあいいだろう。言ってみろ」
「はい。もうそちらにも情報はいっているとは思いますが、今回我々が直面した出来事についてご報告します。今回の戦闘に至るまでの過程に、空間超越という非常に高度な魔法、魔術を使った者がおりました。その者はこちらに全く感付かれず、その力を持て余すかのようにその力を行使し、新たな脅威をその魔術で召喚した模様です。今回の戦闘では、その召喚されたターゲットを撃破、事態を収集することができました。そしてそれから・・・」
「ちょっと待て」
次の言葉を言いかけた時、シリウスが突然口を挟む。
「さっきから教科書みたいに正しい情報を口にしているが、そんなものこのお前が作った必要以上にボリュームがある報告書をみればわかる。だからそんな前置きはいいとして本題から話せ。そのためにお前はここに来たんだろ?」
「・・・・・・」
全て怖いぐらいにお見通しか。まあわかっていてはいたが、一応順序に沿ったまでだ。あちらがそう言うなら本題に入らざるを得ない。
「はい、ではお話いたします。今回の一連の一件。何者かが裏に潜んでいることはあきらかです。それも空間超越などという魔法を使えるなにかが。もしそれが我々を襲ってくれば、我々に対抗手段はなく、事態は極めて緊急を要する事態に・・・」
「はいはいちょっと待とうか?工藤君」
またしてもシリウスが口を挟む。そして例によってこちらの話もそこで中断される。
「お前、なにを俺の前でもったいぶってるんだ?お前が話したいのはそんな表面のことだけではないだろう。いや、むしろお前はもう感付いているんだろ?あのことを」
「・・・・・・」
ふう~。ここまでお見通しならわざわざこっちが話すこともないような気がするのだが。しかしその先を求められている限りこちらは話さなければならないのだろう。しかし、ここまで心を読まれると、さすがに話す気にもならなくなる。
おそらくこちらが言うことをあちらは知っているはずなのだから
「ええ、まあそうですね。今回倒したターゲット、それが全くの子供騙しだった、ということは」
「最初からそこから話せバカ者が。時間がもったいないだろ?」
「はい、すいません。何分かなり機密情報なため、少しぐらい余興があった方が楽しいと思いまして」
「ふう・・・まあいい続けろ」
シリウスの大きなため息がこの空間に響き渡る。まあいつもの恒例行事といえば行事なのだが、ここは素直に話を進めるのが得策か。
「まあ言うなれば、今回倒したのはその空間超越で生み出されたものではない、ということですね」
「ふう・・・やっとそこまでいったか・・・」
そう言ってシリウス様は肩を下ろす。それに合わせて座っているイスがギシリと音を立てながらきしむ。
「で、どうするんだ?」
「・・・・・・」
シリウスがそう言った時、工藤の動きが止まる。なにかをためらうように少しうつむいてなにも言わなくなる。シリウスもそれに対して何も言わず、ただ無言の会話が二人の間で続いた。空気が締め付けられるような緊張感が辺りにまとわりつく。
そして、工藤はその重い口をこじ開け、あるひと言を口にする。
「例の件を、進めてみたいと思ってます」
「ほう・・・」
辺りの空気がその一言で一変する。先程までの緊張感に変わりはないが、確実に新しい空気がこの場に吹き込んでいた。
「慎重派のお前にしては珍しいな。そんな大胆なことするなんて。あれは机上の空論なのであってもし実現したとしてもそこには破壊と絶望しかないんだぞ?それをわかってての結論か?」
「はい。もちろんです」
工藤は即答する。その一言にどんな意味が隠されているのかはこの二人にしかわからないことだが、しかし、それは確実に、間違いなく重要な意味が隠されていた。
「そうか・・・お前がそうまでして言うなら私はなにも言わんよ。お前の好きにしろ」
「よろしいのですか?一応ご自分にも関係することですが・・・」
工藤がそう言うと、シリウスはフフッと微笑み、足を組み直して工藤に言った。
「い~や。俺もそれには少なからず興味はあったからな。まあお前がそれを口にするとは思っていなかったが・・・」
そしてシリウスは、顔の前に組んでいた手をスッと崩すと、工藤に向けて真剣な眼差しを送って言った。
「工藤、お前に例の件に関しての全ての権限を与える。そしてあれを進めろ。竜王の名のもとにおいてそれをお前に命じる」
「はい、了解しました。それでは失礼します」
工藤はそう言って、くるりとその背中をシリウスに向けると、その足をその場から一歩動かそうとする。しかしその時、シリウスに一言かけられる。
「おい、工藤!」
その言葉と共に工藤は後ろを振り向く。
「なんだか楽しそうだなあ」
その言葉を聞いて、工藤は一瞬下を向いた後、くっとまたシリウスに視線を向けて言った。
「ええ楽しいですよ。少なくとも以前よりは確実に、ね・・・」
<6月9日 放課後 部室>
「はあ~楽しかったなあ~この前は・・・」
月曜。週末の休日も終わり、休みから抜けた後の気だるさというか悲壮感に俺達は打ちのめされていた。
それは週末に良い事があればなおさらだ。今の現実とその時の場面との温度差を比べれば、その違いは歴然だ。
それほどに、この前のみんなでお出かけは楽しいものだったらしい。
「そうね、ああいう感じみたいにみんなでお出かけするのって楽しいものよね。この前は本当に楽しかったわ。またいつかこの前みたいにみんなでどこか行こうね!」
「ああ、まあいつになるかはわからないけど機会があったらな」
この前のお出かけから二日は経っているが、それでもあの時の楽しさは体から離れようとしない。それはもちろん俺も例外ではない。
あっちこっち体力的に瀕死の状態で振り回されたけど、なんやかんやでやっぱり楽しかったなあ・・・。
玲の買い物の付き添いもたしかに半端じゃなく疲れたが、それでも、そのたびに色んな玲の姿が見れたのは良かった。服を着るたびに変わる玲の印象。あれは凡人にとってはかなり羨ましい状況だったのかもしれない。
それに伊集院さんも・・・
「う~ん、今度はどこに行くかなあ~。やっぱりもうすぐ夏だから海とかが定番かなあ~」
「ちょっと気が早すぎじゃない?まだ六月よ?でも海か~・・・確かにいいかも~・・・」
「だろだろ。いっそのこと泊まり込みで行ってさ、みんなで遊びまくろうぜ!!」
玲と健のあきらかに気が早い話が響き渡る。だけど、確かにこの前のお出かけで、部室、というかみんなの雰囲気が明るくなった気がする。ターゲットとの戦闘や争い。常に俺達はそのことを気にして日々を過ごしていたが、今回はそんなことも忘れてただ純粋に遊んだりショッピングができた。(まあ正確にいえば俺以外は、だけど)それはとても貴重なことで、確実に俺達の心の中というか見えざる疲労が取れたきがする。
やっぱりみんなでお出かけというのは楽しいものだ。あの一時をもう一度、ということに関しては俺も大賛成だ。
そしてそんな感じでわいわいと楽しく騒いでいると
「あ~お楽しみのところ申し訳ありませんが、ちょっといいですか?」
工藤の一言がその楽しい一時から俺達を現実へと連れ戻す。一変して部室に緊張が走る。
まあこのテンションの高い会話の中でそんな温度差の激しい一言を言われたら、誰だってそうなるとは思うけど・・・
「どうしたの工藤君?」
不思議そうに、それでいて不安そうに玲が工藤に尋ねる。その言葉を聞いて、工藤はスッとその場で立ち上がる。
「実は・・・」
工藤が落とす水滴で広がる波紋。その波紋に巻き込まれていく俺達。楽しい一時から一変して、事態は急速に、複雑に変化していく。
それがこれから始まる苦難と、絶望の入り口だったということに、誰が想像できたであろうか・・・