第六十話 名無しのターゲット~閃光の剣と天使~
<屋上>
バタン!!
屋上へと続く廊下を駆け抜け、階段を上った先にあるドアを開ける。
それと同時にフワァ~と外部からの空気が吹き込む。
本来ならそこで気持ちよさというか心地よさを感じるんだけど、この状況ではどんなにとんちんかんな奴でもそうはいかない。
「ほう・・・これは大きいですね~」
ドアを開けた先に広がる光景
それは今まで見たことがないような巨大な魔族、ターゲットの姿だった。
高さは3、4階建てのビルぐらいを誇り、頭には鋭く反り返った大きな二つの角、顔は目のところだけに穴が開けられている不気味な形をした仮面みたいなものをはめている。そのため、顔自体は詳しくはわからないが、仮面の下からなにやら透明な液体がだらーと垂れている。
まあおそらくとは思うがよだれ・・・なのかな。
そこはともかく、その目のところに開けられた穴からは赤く不気味な光が覗いている。
そして手には、大きな大きな鎌のようなものを持っている。そいつが動くたびにガシャンガシャンと金属が揺れる音が辺りに響く。パッと見、あきらかにあれがめちゃくちゃやばいものというのは言うまでもない。
あれを一撃食らっただけで、体はいとも簡単に吹っ飛ぶだろう。
その巨大な体をこれまた太い二本の足で支えながらゆっくりと屋上を徘徊している。そいつが歩くたびにドスン・・・ドスン!!と、波打つように衝撃が辺りに走る。
はっきり言って、ここまで大きなターゲットを見たことがない。そもそもこんなけ大きな奴がこの屋上にいれることが相当奇跡的な気がする。
まあ屋上でないとあの図体は収まりきらないと思うが・・・
「あ、あんなにでかい奴を相手にするのか・・・」
俺はその光景を健の肩に支えられながら見ておもわず口に出す。
この光景を前にして驚いていないのは工藤と伊集院さんだけ。それ以外はみんな目の前に広がる光景に対して呆然と見つめている。
そもそもなんであの二人はなにも驚かないんだ??逆にそっちのほうが怖いんだが・・・
それとも、二人にとってこれはそこまで驚くようなことじゃないのか?
実はこれよりも大きな、そして強力な敵と戦ったことがあるとか・・・
「本当にあれを二人だけで倒すのか?」
健が今だその驚きの表情を表に出したまま、視線をその巨大なターゲットに向けながら前にいる二人に尋ねる。
「そうですよ?これが今回のターゲット、あの時空の超越というとんでもない魔法から送り込まれたターゲットです」
「・・・・・・」
伊集院さんは何も言わなかったが、工藤はその健の質問に対して、いつもと変わらない口調ですらすらと解説を始めた。
しかしまあ、あれとやり合おうとする本人が冷静で、見学の俺達が騒いでるっていうこの状況はなんなんだ?これじゃあ俺らがピエロみたいじゃないか。
いや、あっちが非常識なんだ。俺達の反応が普通なんだ。そうに違いない。いやそうであってくれ!
「さて、ではそろそろ始めるとしますか。結界の効力もそろそろ限界でしょうし。伊集院さんはどうですか?」
工藤は一通り喋り終えると、隣で仏像のように固まっている伊集院さんに話しかける。すると伊集院さんはそれに反応して硬直がとけ、少し体を動かしてから前をみたまま答えた。
「問題ない」
伊集院さんの殺風景ながらも意味のある答えを聞いて、工藤はスッとターゲットの方を見つめる。
そして笑顔からガラッと変わって真剣、いや相手を刺し殺すような目つきで言った。
「では、始めましょう。狩りの時間の始まりです」
工藤の一言に便乗して、伊集院さんは目をつむった。
「我に翼を、大空を舞い上がり、風と共に唄を歌い、空駆ける天上のごとき白き翼を、我に与えん・・・」
「Angel white song wind of wing・・・」
シュワーンン!
「こ、これは・・・」
伊集院さんの詠唱と共に眩い光が俺達を襲う。いきなりの光で防御できず、もろに食らってしまった。
周りの景色がなんにもみえない。おさえた手の中で目がちかちかする。というよりこうなるんならできれば一言言ってほしいです伊集院さん・・・
一歩間違えば危うく失明するところだった。
「ん、んん・・・」
少しずつ視界が回復する。全く見えなかった景色がおぼろげながらうっすらと見えてくる。
しかし、俺の視力が回復して周りを確認できた頃にはもうすでにそこに伊集院さんの姿はなかった。
「ではいきますよ伊集院さん。まずは私が拳制、とどめは・・・」
「わかってる」
工藤の言葉を最後まで聞かずに伊集院さんは即答する。
「そうですか。ではいきますよ!」
そして工藤はターゲットに向かって走り出した。巨大な鎌を持ち、俺達の存在を捜すターゲットの元へ。
「さて、まずはこちらに気付いてもらいますか」
工藤は円描くようにターゲットの周りを走った。どうやら、ターゲットはその大きな体が幸いして、こちらの存在を把握できていないようだった。その姿の割には随分とアホな奴だな。
「風の化身よ、その力を我が弓に宿りて閃光を降り注がん」
「Incarnation of wind flash arrow・・・」
その瞬間、工藤の持つ弓が閃光を放つ。そしてその光はみるみる収縮されていき、最後には矢そのものだけにその光が宿る。
そして
ピシュウ・・・
その一本の矢は天高く放たれる。ヒュルルルという風を切る音を立てながらその矢はある一点目指して飛んでいく。
やがてそれはターゲットの上空に辿りつき、次の瞬間
バシュッ!!
「わっ、くっ・・・」
その矢に宿っていた光はつまった水道管にたまっていた水が我慢できずに破裂するようにその光は空で炸裂した。
キーンという一種の耳鳴りのような音が周囲に鳴り響く。さっきの伊集院さんから光を受けてようやく今回復したところだというのに、俺はまたその光で目をやられた。
なんなんだ一体。そうやってサプライズでフラッシュさせるのが今の流行りなのか?
真剣にくそ真面目に目が失明するぞ。
「な、なにが起きてるんだ??」
俺は目を手で覆いながらも、一緒に戦闘を見学している玲や健に尋ねる。
そういえば、さっきから俺だけがなんか騒いでいるな。なんで二人は悲鳴とかあげないんだ??
「今のは工藤君が放った、そうね・・・一種の閃光弾みたいなものかな。まあそれとは少し違うんだけど原理は一緒よ。突然強い光を放つことで相手の視覚を奪う、まあいうなれば基本的な戦術かな」
閃光弾ねえ、別に使うなとはいわないが味方のこっちの視覚まで奪わなくても・・・
「そういえば、二人は平然としてるけど平気なのか?この光」
俺はようやく徐々に回復してきた目をうっすらと開けながら聞いた。
「え、あ、うん。一応工藤君の放つ魔法の流れというか気配は感じれるから目を隠すぐらいはできるんだけど・・・」
(ああ、そうか・・・)
な~るほど。そういえば前に誰かが言ってたな。魔法を放つ前にはその人特有の魔力が流れると。そしてそれが流れるイコールそいつが魔法を放つってことか。そして工藤の戦法というかやり方を知っているこいつらはなにもかも知っていたわけだ。
くそっ、それを先に言ってくれ。それならそうと言ってくれれば、俺はこんなに無駄に視覚をやられることだってなかったのにさ。
ウオォォーンン!!!
閃光と共にターゲットがけたたましい声を上げる。声だけでこんなに大地を揺らせるものなのか。
たしかに音というのは波だが、ここまで揺らす規模の声なんて普通有り得ないだろ。
ターゲットはその様子からして、おそらく俺と同じように目をやられただろう。それもあんな至近距離でだ。目そのものがつぶれた可能性もある。
ウガァアア!!
ターゲットは視界を奪われ右往左往した後、その大きな大きな鎌をなりふり構わず振り回した。
ブウォン!!
「わあ!?」
その一振りだけで風速何メートルだろうか、台風並みの突風がこの屋上に吹き荒れる。
俺も健の体にがっしりとつかまってないと吹き飛ばされそうだ。
「さあて来るぞ、蓮。こっからがおもしろいところだ」
必死に肩にしがみつく俺をよそ目に、健は一人興奮している。
「な、なにがおもしろいんだ??」
俺がそう聞くと
「まあ、見てろって。あいつらでいう「本当」の倒し方ってのをさ」
ウォォォオンン!!!
なりふりまわず武器をふるい続けるターゲットをよそ目に、工藤はそれをもろともせず、攻撃を続ける。伊集院さんもそれに合わせて攻撃を加えていく。それも右に左に旋回しながら攻撃していく。
それはまさしく相手を惑わす戦術だった。あえて決定打を打つのではなく、視界を遮られた相手をさらに混乱させる戦術。
完全にこちら側がこの場をコントロールしていた。
「さあてターゲットもいい具合に混乱したようですし、そろそろフィナーレといきますか」
そう言って工藤はいきなりそれまでの円を描くような動きから、グイッと直角にその進路を曲げ、ターゲットに近づく。
「では伊集院さん、頼みますよ」
「了解」
工藤の問いかけに伊集院さんは応えると、その姿を突然この場からくらました。
「あれ、伊集院さんはどこに・・・」
俺がそう言う前に、工藤はその弓を天に掲げ、詠唱を始めた。
「我は風、その身を切り裂き、闇をも切り裂く疾風の風。その風を光となして汝を統制し、我の前においてその身を光の牢獄と化せ」
「Wind lite foolishness bird of capturing prison・・・」
その瞬間
ピュルルルル・・・
一本の矢が放たれる。そしてそれは先程の閃光弾と同じくターゲットの上空へと辿りつくと
シュウゥゥ・・・ゥゥイイ、パーン!!!
突如その矢は炸裂して幾つもの光の矢と変化し、ターゲットを円に取り囲むかのようにそれぞれの矢は捻じ曲げられながら柱となってターゲットの身動きを完全に封じる。
その様子はまさに自由に空を飛べる翼を持つ鳥を捕える「鳥籠」。
鳥籠に入れられた鳥は二度と空へは飛び立てない。
「す、凄い・・・」
その光景を見た玲が驚きの声を上げる。
「あれほどの大きさのターゲットをいとも簡単に動きを封じるなんて・・・」
工藤によってターゲットは完全に動きを封じられている。その巨大なターゲットは指一つ動かすことができない。
やはり、あれだけ大口を言うだけの力は持っているということか・・・
「それでは、伊集院さん。とどめはお願いします」
工藤が空を見上げた先に、一つの光に包まれた存在があった。
「あ、あれは・・・」
天高く舞い上がった一人の存在。背中に大きな純白の翼を羽ばたかせ、眩い光と共にターゲット上空へと舞う。
「て、天使・・・」
そうそれはまさしく天使。そこに確かに、一人の天使の姿があった。
「我に聖なるご加護を、その光を剣となして愚かなる罪人へ一筋の制裁の光と罰を与えよ・・・」
「Holy sword punishment of Judgment・・・」
唱えた瞬間
シュィィィィンン!!
伊集院さんの掲げる両手に、鋭い閃光を放つ巨大な一つの光の剣が現る。
そして
伊集院さんはそのまま工藤のつくりだした鳥籠ごとその剣で切り裂く。
バリーーン!!!
そしてその剣はターゲットを真っ二つに切り裂いた。
ウォオオオオオオオ・・・
けたたましい悲鳴と共に、ターゲットは黒き煙と共にこの世界から消え去った。
「ふう・・・まあとりあえずこんなものですかね・・・」
そして工藤と伊集院さんが俺達のもとへと帰ってくる。
俺達は今の光景を目の当たりにして開いた口が塞がらない中、工藤が俺の元へ歩み寄ってくる。
「結局、あのターゲットの名前はわかりませんでしたね。なにしろ具現化された言葉がありませんでしたからね。名無しのターゲット、というところでしょうか。それはそうと、はい、どうぞ」
工藤は今だ自分の体を動かせないでいる俺の右手に、一つのカケラを手渡す。
「これで三枚目ですか。まだまだ先は長いですね」
俺の手に握られた一つの「ソラノカケラ」。それはキラキラと、戦場の傷跡が残るこの屋上でひときわ強く、不気味に光っていた。