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第五十七話 竜と魔族の交錯~死なれたら困る、ただそれだけ~

「どうすんだ・・・これ・・・?」



 屋上まで後少しというところで俺達はいきなり窮地に立たされる。突然現れた魔方陣によって、俺達は完全に魔族達に囲まれてしまった。



 今は俺達を囲んでいる魔族達はおとなしくしているが、それはすんでのところで保たれている偽りのバランスだ。今は落ち着いているが一歩でも動けばたちまち積み木が崩れ落ちるようにそのバランスは崩れ、魔族達は俺達を襲ってくるだろう。



前にも魔族、後ろにも魔族。完全に八方ふさがりの状態だ。



「さあてどうしましょう。これだけ囲まれると身動きもとれませんね・・・」



 後ろで俺と同じく静止している工藤が呟く。しかしその様子はこの状態ではいやに呑気な感じだった。



そもそもこいつが慌てる状況ってこの世に存在するのか?



「しかし、これはどうする?ここを抜けないとターゲットには辿りつけないぞ」



一番前の場所にいる健が体はそのままで顔だけをこちらに向けながら話す。




今の状態をみるかぎり、どうやらこの魔族達は俺達が行動することによって反応するらしい。行動といっても顔を動かすぐらいはできるようで、こうして話すぐらいは許してくれるようだ。しかし一歩でも動けば、たちまち魔族の刃が飛んでくるだろう。




一歩も動けない状態、辺りに凄まじい緊張が張りつめる。



「工藤、お前・・・実はこうなることを知ってたんじゃないのか??」



俺は工藤に尋ねる。今のところの工藤の行動はこんなピンチでも臆することなく対応している。いきなりこんな状態になれば驚かないはずがない。まあ伊集院さんはわからないけど。



それに、今日の工藤の行動を振り返ってもそれが当てはまる。今までなんの動きもなかったのに今日になっていきなり学校に足を踏み入れるだけで感じるほどの気配がすることに対する不自然さに、工藤が感付いていないわけがない。なのに、今回はそれをもろともせず、ただひたすら真っ向勝負を仕掛けている。作戦も全く立てていない。あきらかにいつもと状況が違う。



今までの全ての行動がこれが「わざと」であるということに結び付く。しかし工藤は



「いえいえ。わかっていたらまんまとこんな風に引っかかりませんよ。わざわざそれが罠であると知っていて、自分の身に危険が襲うことを知っているのに自ら飛び込むなんてそんなバカなことはしませんよ。そもそも飛び込んだところでなんの利益もありませんからね」



「・・・・・・」



相変わらず工藤は俺の言うことを否定する。そしてそれに合わせて真っ当な意見を付けたして強調させる。



たしかに工藤の言うとおりだ。それはわかってるんだが・・・



今は素直にその意見を認めることができない。しかし、もしこれが「わざと」だったとするとなおさらそれに何の意味があるのか分からなくなる。



わざわざ自ら罠にはまることになんの意味がある?そもそもなんのためにそんなことを?




 この問題は解決させる必要があるのだが、なんにせよ今はそんな時間がない。



この状況をどうやって打開するか、それが今の最重要課題だ。工藤の行動に関する問題は二の次だ。それはいつでも解決できるが、この問題は今しか解決できない。



解決できなかった先にあるのは「死」、なのだから。




「しっかし、ここまで見事に囲まれると手の打ちどころがないな・・・」




 俺は俺達を囲むように周りにいる魔族を見つめながら呟く。すると工藤が




「手なら一応ありますよ。聞きたいですか??」




無駄に意味深な言葉を口にする。この場面でこの解決策を隠すことになんの意味があるのかわからないが、今はそんなことを言っている暇はないな。




「よ~し言ってみろ」




俺がそう言うと、工藤はすうっと空気を吸い込むと、自信たっぷりに答えた。




「ズバリ、各個撃破です」




その瞬間、この場の空気が凍りついた。緊張で張りつめた空気が一気にほどけ、今度はそれに対するいでつく氷のような糸がピンと張り詰める。



そもそも、それを作戦と言っていいのか??



もしそれが作戦というのならぜひとも作戦というものをもう一度学び直して欲しいものだ。きっと作戦というものの偉大さに気付くことができるだろう。




それはともかく、このピンチで、この窮地で選択したのが各個撃破。それはあまりにもアバウトすぎないか工藤。



「そ、そんなんでこの状況を打開できるのか??」



健が不思議そうに工藤に尋ねる。そりゃそうだろう。この場面でそんな作戦が提示されたら誰だって耳を疑うだろう。俺だって呆気にとられてるんだから。



そもそも工藤ってそんなキャラだったか??



「いや~こんな切羽詰まった状態では無理して斬新な作戦を実行するより、堅実に、基本に忠実にいったほうがいいと思いまして。そう意味でも、今のこの状況を打開するにはこれが一番良い方法だと思いますがね」



そう言って工藤は伊集院さんの方向に視線を向ける。



「伊集院さんはどうですか?」



工藤に聞かれた伊集院さんは、全くの無表情で静かに答えた。しっかし、こういう体を動かせない状況で長時間体を静止するのめちゃめちゃ上手だな伊集院さん。



普通動かさないようにと思っていても、そう思えば思うほど動いてしまうものだが、伊集院さんは完全にピタリと、奇麗に止まっている。こうしてみると、本当に人形のように見えるな。



「・・・私は別に構わない」




(え~・・・)




 まさか伊集院さんまでこの作戦に同意するとは。しかし、伊集院さんまで賛同ということになると・・・




「う~ん、有希も賛成なら仕方ないのかな・・・」




「まあ仕方ない。ほかにこれといって思いつかないしやってみるか」



とまあこうなりますよね。伊集院さんの取る行動をみんながどれほど信頼しているのかがわかる。そうなると、俺に残された選択肢はもう一つしかない。



「一之瀬さんもいいですか?」




「ああ。どうなるか知らないがやれるだけのことはやってみよう」



 みんなの同意が得られた瞬間、この場にまた緊張が張りつめる。そしてみんなそれぞれの武器を強く握り直す。



俺の剣を持つ手にも力が入る。そして、今から始まるであろう激しい戦いを前にして手に汗がにじむ。



「では、私が3つ数えた後各自魔族を攻撃、殲滅を開始します。いいですね?」




一之瀬・玲・健・伊集院「了解!!」




「ではいきます。3、2・・・」



工藤のカウントダウンと共に俺の心臓の鼓動が速くなる。剣を握る手に力が入る。




「1、0、 初め!!」



バッ!!



そして工藤の声と共に俺達は一斉に魔族達に攻撃を開始した。






「くそっきりがない!!」




 攻撃開始から二十分。あれからずっと攻撃、魔族を倒し続けているが一向にその数は減らない。



それどころか、むしろ増えていく一方だ。倒せば倒すほどに新しい敵が現れ、その数は増えていく。



どれだけ倒しても、その先にはまた魔族の大群が待ち構えていた。



「はあ・・・はあ・・・くそっこのまま戦い続けるのはさすがにきついぜ・・・」



銀の二丁銃を巧みに使い、魔族を倒し続けている健が息を切らしながら声を上げる。



この二十分間。みんな全力で戦い続けている。そして常に魔力を消費している。



魔力を使うにはそれ相応の体力が奪われる。そしてそれは大きな魔法を使うたびにそれに比例して体力は奪われていく。



 今現在は、そのような大きな魔力を使うほどの状況ではない。襲ってくる魔族もターゲットに比べればその魔力は圧倒的に劣っているし、倒しても倒しても出てくるこの魔族に大きな魔法は使うだけ無駄だ。



そもそもこの廊下自体、そんなに広いものではないから大きな魔法を使おうにも使えない。



 しかしどれだけ魔力の消費の少ない魔法を使っていても、その魔法は確実に体から体力を容赦なく奪っていく。疲労も蓄積していく。



どれだけ体を鍛えていても、持続的な激しい運動は辛いものだ。ましてやその状態を常に維持されればおのずと疲れは嫌でも溜まっていく。



あの体力だけは自身がある健でさえ、もうかなりきつい状況になっている。




なんとかしなければ。このままではやばいかもしれない。



「はあ、はあ・・・倒しても倒してもきりがねえ。一体どんだけいるんだよこいつらは!!」



 息を切らしながら俺は叫んだ。竜の刻印のない俺はみんなと違って戦闘に魔力を使うことができないが、それでもこの重い剣をずっと振り回していれば息も上がる。剣をもつ手も、既に疲れきっていて、柄をもつ力がだんだん弱くなっていく。



くそっ、これ以上はもうきついかも・・・



ブシャッ!!



俺は必死に力を振り絞って魔族を切り裂いた。魔族達は声も出さずにただ黒い煙を発して消えていった。さっきからこの動作をずっと繰り返している。そしてどれだけ倒してもその先にはまた魔族の姿。次から次へと魔族は襲ってくる。



「くそっ・・・どんだけいんだよ・・・」



俺が魔族を倒した後、息を荒げながらそう言った時



「蓮君、後ろ!!」



突然の玲の叫び声。そして俺がその方向を振り向くと



「・・・!?」



そこには俺に向かって剣を振りかざす一体の魔族。




やばい、間に合わない・・・




「くっ!!」



俺が覚悟をして目をつむった時



「Holy bloodshed]



突然、目の前の魔族に眩い光を放つものが突き刺さった。




そしてその魔族は黒い煙とともにその姿を消した。



「なっ・・・これは一体・・・」



俺がその光景に呆気にとられていると



「・・・大丈夫?」



後ろから声がした。



「い、伊集院さん!」



俺が振り向くと、なんとそこにいたのは伊集院さんだった。



「もしかして、さっきの伊集院さんがやったの?」



「・・・・・・」



俺がそう聞くと、伊集院さんはなにも喋らずに一度だけこくりと頷いた。



「そうなんだ・・・ありがとう伊集院さん。おかげで助かったよ。さすがにさっきは本気で死を覚悟したからさ・・・本当にありがとう!!」



また伊集院さんに助けられてしまった。そういえば、いつぞやの時もこうして助けてもらったような。



俺が感謝の意を込めてそう言うと、伊集院さんはスッと顔を上げて言った。



「別に大したことはしてない。ただ、ここであなたに死なれたら困るから助けただけ」




「え・・・?」



伊集院さんは一言だけそう言うと、くるりと反転して周りにいたほかの魔族を一掃し、また魔族の群れへと姿を消した。




「今のは一体・・・」




今の状況を考えると、さっきのは伊集院さんの照れ隠し、と言いたいところだったが、さっきの伊集院さんの様子はそんなことではなかった。



「ここであなたに死なれたら困るだけ」



強く大きく俺の心に響いたその言葉には、なにか、俺では計り知れないような想いというか意味が隠されているような気がした。



ピキーンピキーン



剣と剣がぶつかる音が聞こえる。そして健の二丁銃のものなのか、銃声も遠くから聞こえる。



「やべっ、こんなところで座ってる場合じゃないじゃん。早く戻らなきゃ!!」



こうして俺が座り込んでいる時にも、ほかのみんなはもう限界が近づいているはずなのに、それでも必死に戦っている。そんなときにこんなところで一人座っていていいはずがない。



「くそっ!」



俺は重い腰を上げた。剣を支える腕がズキズキと痛む。



(俺だけが苦しいんじゃないんだ。ここで見ているだけなんてかっこ悪いことできるものか)



 そして俺はまた、竜族と魔族とが交錯する、戦場へと戻っていった。





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